連載 #4034の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
7 私はふらふらと昼なお暗い廊下を歩んでいた。彼女に会って話したい。今 はそれだけが私の望みだった。 ようやくたどり着いた地下牢は静まり返っている。幾重にもかけられた鍵 と鎖を再び解き放つと、私は扉を開けた。 「エセル」 エセルは竪琴を傍らに置き、物憂げに小首を傾げている。 「来てはいけなかったのですよ。」 「君の罪とは何だ。」 「ご存じなのでしょうに。」 「君の口から聞きたい。」 エセルはつかの間視線を彷徨わせた。 「話してみても詮無きことです。黙ってお国にお帰りになった方がよろしい のではないでしょうか。」 「今更全てを忘れろというのか?」 「あなたに信じられる話ではありませんよ。」 「そんな事は私が決めることだ。」 エセルは傍らの竪琴を爪弾いた。 「信じられますか?恐ろしい災難が私達の未来に待っているのです。私と父 の子のみが全てを変えられたのに。」 「馬鹿な...君は正気か?」 私はまじまじとエセルの陰った瞳を見つめた。彼女の顔に狂気の印を探し たが、私には深い悲しみと挫折以外は見いだす事は出来なかった。 「3年前、私は父との子を得ようとしました。ふしだらですが、しかし罪の ない侍女に叶わぬ恋を実らせたいと言うと、町の片目の占い師を紹介してく れました。私は、陛下を私が望む間夢の中に留める粉薬をその占い師から買 ったのです。」 「その粉薬は確かに効果がありましたが、私が望むだけの時間は得られなか ったのです。私の下で目覚めた父は叫び声をあげると、半狂乱になって夜の 闇にさまよい出ていきました。後はご覧の通りです。」 「誰が君にこんな狂った考えを植え付けたのだ。」 エセルは悲しい目で私を見た。 「翼を持った人達です。」 私は一瞬言葉を失い、教会の聖堂に描かれた美しい壁画を思い浮かべた。 「君は...天使がそんな事を言ったというのか。」 「彼らは自分達を衛士と呼んでいます。彼らには何の力も無いのです。この 世界への干渉は許されていません。そこで私が必要とされたのです。」 「エセル、君は....」 「闇が目覚めます。私達はもう先に進むことは出来ないのかも知れません。」 「ジェノールの若き王よ、これで解ったろう。この女は魔女なのだ。」 私が振り向くと、牢の戸を塞ぐように少女の父、マイセン3世が立ってい た。 その老人の顔には深い皺が刻まれ、頬はそげ落ち、目だけが強い意志を宿 して光っている。強すぎる意志という物は、あるいは狂気と呼べはしないだ ろうか。 「戻りなさい、客人よ。ここはおまえの来るべき所ではない。」 「では誰にふさわしい場所なのですか。」 「おまえは何がしたいのだ。他人の家を嗅ぎ回り、隠された物を引きずり出 す。野良犬の様ではないか。おまえの望みは何だ?」 「私は...彼女を我が城に迎えたい。」 「戯れを。」 「私は彼女を后として迎えたいのです。」 その考えはこの時初めて私の脳裏に浮かんだのだった。エセルを救うとい う考えは私の心の中に幼い頃から刷り込まれた騎士道の現れなのかもしれな い。長く辛い、けっして正義が我が元にあったとは言えないアッコンへの遠 征で、傷ついた私の心を癒すために必要な事なのだろう。幻想に捕らわれた この少女を后とするという思いつきは、既に私の心の中に強固に根を張って いた。 「愚かな、自ら進んで災疫を呼び込もうと言うのか?」 老人は乾いた声をたてて笑った。 「何と愚かな、市場で漆黒に塗られた老馬を買いようなものだぞ。その顔の 下に忌まわしい老婆の顔が潜んでいることがなぜ解らぬ。一国の王たるもの が....王たるものがな。」 老人の顔には、歪んだ喜びと深い苦痛がない交ぜになった表情が浮かんで いた。ただその口だけが意思に反して掠れた笑いを発しているようだった。 その醜悪さに耐えられずに目を反らすと、椅子に腰掛けるエセルと目があっ た。 私は黙ってエセルの手を取って立ち上がらせた。その瞬間、背後で剣の鞘 走る金属のかん高い音が響いた。 「魔女め、地獄へ帰れ。地獄で悪魔と心行くまで交わるがいい。それがおま えの望みなのだろう。」 私は振り下ろされた細身の剣を短剣で払うと、老人の胸を刺した。倒れた 老人の喉はしばらくの間掠れた音を立てていたが、やがてそれも治まり、私 は老人が命を失ったのを知った。 私の目は俯せに倒れた老人の指に引き寄せられ、離れることが出来なかっ た。老人の指には二股の剣が百合に飾られたマイセン王家の指輪が骨のよう な指にはめられていた。 8 エセルは呆然と倒れたマイセン3世を見つめていた。 「来るんだ。」 「お父様が!」 「心配ない。胸を突いただけだ。」 細い短剣で刺した為に、倒れた老人の胸から血はほとんど流れていない。 私の体が邪魔になって、エセルからは何も見えていない事を祈った。 「さあ、行くぞ。」 私はエセルの手を引くと、引きずるように廊下を進んでいった。 地上に上がると供の者を集め、すぐさまマイセンの城を出立した。城の者 は我々の慌ただしい出立とエセルの姿に驚いたが、幸いなことにゲオルグは 不在で何の邪魔もされなかった。理由を必死になって尋ねる城の者達を振り 切ると、我々は郊外に向かって馬を走らせた。 二日間、馬を飛ばしてジェノールの城にたどり着いた私はすぐに軍を整え た。自国の王を殺されたマイセンが、このまま我々をほって置く訳が無い。 緋色の衣を纏った使者による戦線布告は、その日から10日後に告げられた。 そしてジェノールとマイセンの戦は、両国の国境で幕を上げたのだ。 戦は野山を焼き、屍の重なる悲惨なものとなった。国力の拮抗した二国の 争いであったが、雨、風、霧と天地の全てがなぜか我が軍に不利に働いた。 泥の海をはいずる我が軍の士気は地に落ちていた。 9 累々と屍の横たわる戦場で、疲れ切った我が軍の一行はある老婆と出会っ た。重く立ちこめる霧の中でその老婆は倒れた兵士一人一人の顔を覗き込み、 何やら呟いている。 「こんな所で何をしている。」 私の傍らで馬を進めていたホレスが歩みを止め、老婆に話しかけた。 「御覧の通り死者の霊を慰めているのでございます。」 「行くがいい。気の荒い兵士に危害を加えられぬうちにな。」 「私が行けば、誰がこの者達をの面倒を見るのでしょう。皆愚かな王を恨み、 我が身の不幸を嘆いております。」 ホレスは老婆の不敬の言葉に驚き、一瞬私を見た。 「黙れ、何を言う!」 そしてその老婆を剣の鞘で突き飛ばした。 「くっくっく、哀れな者達。己らに降りかかった呪いも知らずに。天はおま え達を見放したのだ。正当な裁きの刃をその身に受け、煉獄の炎に永久に炙 られるがいい。淫らな欲望で国を滅ぼすとは、なんと愚かな......」 ホレスの剣が濃い霧を切り裂き、その老婆の肩に食い込んだ。ホレスの足 が枯れ木のような老婆の体を蹴り、剣をその体から引き抜くと頭巾から老婆 の顔が覗いた。老婆は口元に笑みを浮かべており、その片目は無惨につぶれ ている。残った片目だけが見開いたまま虚空を睨んでいた。 私はこの老婆はエセルが粉薬を買ったマイセンの占い師だろうかと考えた。 しかし今となってはそれもどうでもいい事の様に思われた。 つづく by カズキ
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