連載 #3903の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
【6】 私の家に電話が付いたのは就職して9年目だった。今でこそ電話のない家庭は少な いが、当時はまだ貴重で、私はどんなに嬉しかったことか! 電話が付いて間もないある晩、教え子のJTから長距離電話がかかり、この次の日 曜日にお邪魔したいと言ってきた。彼は学生中、独身の私のアパートへよく遊びに来 たものだ。 日曜日の朝、JTが玄関を入るやいなや言った。 「先生、久しぶりだなあ。このところ忙しくて忙しくて!」 「仕事がそんなに繁盛してるんなら結構なことだ。」 「仕事じゃない、選挙ですよ。」 「選挙って誰の?」 「アレ!先生、聞いてないかい?俺、広尾市の市会議員に当選したんだよ。」 「本当か?」 「今度、議員バッヂを見せますよ。…今朝東京から戻ったばかりでね!」 「何しに東京へ行ったんだ?」 「市の代表3人で、護岸工事の予算獲得の陳情ですわ。」 「それにしても、君が市会議員になるなんて、信じられないよ。」 「そうでしょう。俺だってびっくりしてるくらいだもの。実は、これには訳があっ てね…。広尾に貝沼十郎という議員がいて、前回の選挙の時、俺が応援してやったん だ。勿論貝沼さんは当選したが、今度は俺に立候補しろって言うのさ。貝沼さんが応 援して、必ずおまえを当選させてやるからって言われ、まさかと思ってたら本当にこ うなっちまったんだ。」 詐欺師というのは上手に嘘を言うから、私は寸分の疑いも持たず、何年ぶりかで酒 を汲み交わし、テープレコーダーとマイクを使って流行歌や民謡を歌い、学生時代の 思い出話をしたりして、夕方まで過ごした。 帰り際にJTが言った。 「ところで先生、一つ頼みがあるんだが聞いてもらえないだろうか。」 「なんだね?」 「電話の債券を1週間だけ貸してもらいたい。と言うのはね。事務所の方に電話を もう1本引きたいんだが、債券が3枚有れば、四つ目の電話を引くのに債券を買わな くていいんですよ。議員なんてのは、金のある時はあるが、急に都合のつかないこと もあるものでねえ。大きな家を建ててしまって、電話がどうしても4本は必要なんで すよ。」 NTTを日本電電公社と呼んでいた頃で、電話を設置する場合、12万円の債券を 買わねばならず、その債券は割引して売却することもできたが、あるいは、10年間 保管しておけば24万円で買い取ってくれるシステムになっていた。私は幸いにも、 債券を勧業銀行に保護預かりにしてあり、日曜日は銀行が休みである。 「駄目だ。銀行に預けてあるから貸すことはできない。」 「そうか。せっかく来たのに残念だなあ。」 私はなんとなく彼を疑わしく感じたので、次のように言って予防線を張ってみた。 「以前、VVの後輩が訪ねて来て、詐欺師のようなことをして行ったが、いつか捜 し出して、しっかり脂を絞ってやったら面白かろうなあ。」 その時の模様を詳しく語って聞かせると、彼は言ったものだ。 「先生、どうして今そんな話を俺にするの?VVのその後輩もよほど困ったんだろ うから、あんまり可哀相なことはするもんじゃないよ。」 「いくら困ったからといって、人を騙すのはよくないよ。悪いやつを許す訳にはい かないね。」 「そうは言っても、人間どうしようもない時があるもんさ。…サア、ボツボツ帰ろ うかな!」 彼は急に元気をなくして立ち上がり、私はバスの停留所まで送って行った。 その後の噂によると、JTは同級生たちから借りた金を踏み倒し、新築の大きな家 と奥さんと4人の子どもを捨てて、どこかへ夜逃げしてしまったと言う。市会議員の 話は勿論大ぼらであった。 【7】 私はQQ盲学校に11年間勤め、母校のVV盲学校へ転勤して来た。 苦心の末、県営住宅の管理人として入居することができたが、6人家族に2Kの家 ではまことに狭い。県庁の住宅管理課の許可を得て、裏庭に六畳の部屋を建て増しす ることにした。知り合いの世話で格別安く見積ってもらい、35万円で建てるはずの ところ、それでも最終的には結局48万円支払うことになった。 工事が終り、大工さんに金を納める時になって、妻が困ったことを言い出した。貯 金の内から25万円を、私の叔母に貸してしまったと言うのである。 「そんな馬鹿な!大工のOさんに支払う金はどうするんだ!そんな大金を俺に無断 で貸すなんてとんでもない。まさかつまらぬことに金を使った訳じゃないだろうな あ。」 つい私は妻を疑いそうになったほどである。 「叔母さまに貸したのは間違いないわ。『ほんの1週間だけ内緒で貸してくれたら、 期限までにはきっと返す』って言うものだから…。あなたが大学生の頃、叔父さまや お兄さんやお姉さんたちが皆で学資を出し合ってくれたと聞いてたので、断り切れな かったの。直ぐに返済してくれるものとばっかり思ってたのに…。」 約束の1週間はとっくに過ぎている。私は早速請求の電話をかけた。 「アア、そうねえ。明日の夕方持って行くわ。」 と、叔母がこともなげに言ったので、1日中待っていたが現れず、コールをしてみて も留守らしかった。 金の催促は嫌なもので、そこが相手側の付け目なのだ。私は翌日も翌翌日も請求の 電話を入れ、その都度適当にごまかされた。 「明後日の午後、タクシーで持ってくわ。」 「今日はお客さんがあったので、明日は間違いなく届けるから。」 「銀行の口座番号を聞いておいて、直ぐ振込むことにするわ。」 「銀行の名前を間違えてしまったので、御免なさい。」 などなど、初めの内は相手の言葉を信用していたが、こちらが恥ずかしくなるような 言い訳ばかりで、一向に返す気配がないことを知って、さすがの私も腹が立った。 大工さんの支払いを早くしないと、間に入ってくれた人に迷惑がかかるから、何が 何でも貸した金を取り戻さねばならない。私は叔母に掛け合うのをあきらめ、甥の勤 め先へ直接電話をして、 「こういう訳だから、是非返してもらわないと困るんだ。明日は勤務を休んでも、 きっともらいに行くから、用意しておいて欲しい。」 と宣言した。 翌朝早く、私は休暇を取り、中学生の長男まで学校を休ませて、電車を乗り継いで 2時間、その親戚の家へ行って、やっと25万円を取り返すことができた。 もし私の方に支払いの期限がなかったら、あのように強引な取り立てはできなかっ ただろう。同じような手口で、貸した金を叔母に踏み倒された親戚もいたらしい。 【8】 金を返してくれなかった女性が二人いる。どちらも悪気でなく単なる度忘れに過ぎ ないが、私はなぜかうまく請求できずに終ってしまった。もう15年も前のことで、 二人とも完全に忘れているから、今更私がこんな文章を書くと心外に思われるかも知 れない。しかし世の中には本人の気付かない失敗があると言う1例として、ここに紹 介する。 SR子さんは、コーラス仲間として20年間一緒に活動し、今でも大変お世話にな っている。まじめで努力家・謙虚で柔和・優しくて誠実、理想的な女性とも言える晴 眼者で、我々盲人にとって実に有り難く貴重な人である。視覚障害者と晴眼者の合同 混声合唱団で、私は長年その指揮者を勤め、SR子さんはソプラノのリーダーとして、 共にコーラスを支えて来た。まだ彼女が独身の頃には、よく演奏会やレクリエーショ ンに出掛けたものだ。 その頃、数人で京都へ遊びに行く計画を立て、私が旅費を立て替えて新幹線の切符 を購入したが、たまたま当日颱風が来たので、京都行きは中止になった。私はSR子 さんに切符を預けてVV駅で払い戻ししてもらうように頼み、その時の金額はたしか 7千円くらいだったと思う。元来SR子さんは金銭の受け渡しがきちんとしていて、 例え一円といえども支払いをおろそかにしたことはない。だから私はあえて何も言わ ずにいたのだが、ひと月ふた月と過ぎても払い戻した金については話がなく、到頭そ れっきりになってしまった。 もう一人は盲学校の教員で、私が正担任・彼女が副担任をしていた頃のことである。 休学中の生徒の内へ二人で家庭訪問に行った帰りに、パチンコ屋へ誘われて入った。 それからも何回かパチンコをしたが、彼女はなかなか上手で、私は手持ち無沙汰に ゆっくり玉をはじきながら、これも付き合いの一つだと思っていた。ある日、珍しく 私の方の調子がよく、彼女の機械は玉が出ていなかった。 「すみません。ちょっとお金を貸してください。」 と彼女が言い、私は4千円手渡した。暫くして彼女がトントンになったので、店を出 て、ラーメンを食べ、彼女の車で家まで送ってもらって帰った。 何日かして、金の話が出た時に、 「そういえば、お金をまだ返してもらってないね。」 と私が言ったら、 「先生、またそんな冗談を…。」 と笑って済まされてしまった。いつもは割り勘なのに、あの時は借金を本当に忘れて しまったらしい。どうせ遊びの金だし、彼女は全盲者の私を気軽に連れ歩いてくれる ので、4千円くらいなんともなかったが、貸した物は貸した物である。 それとは別の話だが、彼女は約束した時刻を1度も守った試しがなく、20回中 20回でも、平気で人を待たせる性格ではある。人柄が優しいということは、それを 裏返せば「優柔不断」ということにもなるのであろう。 しかしながら、上の二人の女性の場合、貸した金を請求しなかった私の側に一方的 に責任があり、何しろ本人には記憶がないのだから、返済のしようがあるまい。万一 この文章が当事者の目に止まった時、非難されるのはむしろ私の方である。 【9】 TDという後輩がいて、特に親しいというほどではないが、2か月に1度くらい電 話でしゃべる程度の仲である。 その彼が8年前のある日、 「いよいよZZ市に新しい店舗を借りたので、そこを改装して、大々的に治療院を 始めることにした。ついては保証人になってもらいたいんだが…。」 と言ってきて、私は一旦了承したが、思い直して断った。 その後も付き合は続いていて、つい1か月ほど前にも電話があった。 「今夜は気が重いよ。」 「どうしたんだ?」 「実は頼みがあって…。金なんだが…。」 「幾らいるんだ?」 「16万だ。」 私は金銭問題でこれまでに色々と気まずいことがあったので、一先ず電話を切って 妻と相談した。以前に保証人を断った引け目もあり、TDに限って不義理をはたらく こともあるまいと考え、貸すことに決めて、翌日彼の口座へ全額振込んだ。 今の私の給料は手取り35万円、昔と違って多少のゆとりはある。けれども、はた してこの金が返って来るのだろうか?
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