連載 #3902の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
私は今までに、他人にお金を貸して、なかなか返してもらえず困ったことが何度も あった。以下それらの経緯を述べてみよう。 【1】 昭和27年から28年(1952〜53年)頃、私は中学3年生だったが、同級生 のBYに250円ほど貸したことがある。当時SPレコードが180円・きしめん1 杯が20円くらいだった。 私は彼と毎晩のように寄宿舎から外出して、働き口を捜し歩いたもので、その折り 少しずつ貸した金を、彼は結局返さないまま学校をやめて行ってしまった。この時の 話は、私の回想録〈苦学生時代〉に詳しく書いてある。 最終的に幾らだったか忘れたが、BYの妹が盲学校の小学部に在学していたので、 LBという先輩が掛け合ってくれて、彼女の手から無事返済してもらった。 その後、BYの勤め先へどうしても行かねばならない用事ができ、彼と顔を会わせ たさい、私は極力無愛想な態度を取るつもりでいたのに、彼が人なつこく話し掛けて 来て、冷淡にできなかったのを覚えている。 さらに数年後、彼が治療院を開業したと聞き、友達二人と遊びに行って、コーラス をしたりして友好を回復したが、以後40年、彼とは会っていない。 【2】 東京の教員養成校時代、VV県立盲学校出身のSJという男が、2万円貸して欲し いと頼みに来た。彼は私より4歳年上で1級後輩だった。 「僕は郷里の旭川に60万円の預金があるんです。けれど今直ぐの間に合わないの で、どうかひと月間だけ貸してください。あなたが卒業するまでにはきっと返します から…。」 当時6千円あれば、学資を納め、切り詰めて1か月の寮生活ができた頃である。 私は彼の言う通り2万円を貸したが、この金は高校時代に、血の滲むような苦労を して蓄えた私の大切な財産だった。 一ケ月たった時、彼は1万円だけ返しに来て、 「すみませんが、残りはもうひと月だけ待ってください。あなたが卒業してQQ盲 学校へ赴任したら、そちらへ必ず郵送します。」 そう言ったきり、1年過ぎても送って来ない。 私は結婚して、祖母と三人でQQ市に住み、馴れぬ雪国で、貧しい生活を続けてい た。初任給は16200円、家賃が6千円だったから、食費にも事欠く始末で、そこ へ祖母が病気になり、保険が効かず医者料がかさんだ。 思い余って、私は市役所の福祉係りへ生活扶助を受ける相談に行ったほどである。 給料は低くても公務員であるから、生活扶助をもらうことはできない。 私はSJに手紙を書いて、是非1万円を返してくれるようにと催促した。折り返し 彼から、 「困っているのはあなただけではありません。僕も今、大変苦しいのです。」 と言う返事が来て、そのまま到頭7年間一言の挨拶もなかった。同僚の一人が私に、 「俺はあいつの奥さんから預かった金を持っているから、借金を取り立ててやろう か?」 と言ってくれたが、私は遠慮した。 そして7年後、QQで研究会が開かれることになり、SJから手紙が来た。 「今度僕が出張でQQへ行くことになりました。もし差し支えなければ、お宅で一 晩泊めていただけませんか?その時に借りた金をお返ししたいと思います。」 私は彼を家に呼んで、夕食と一夜の宿を提供し、やっと1万円を返してもらった。 無論利息を取る分けにもいかないから、金の価値は半分以下になってしまっていた。 SJはスキャンダルの多い男で、その後もあちこちで不義理を重ね、次第に信用を 落としていったが、彼は人当たりがよく不思議な魅力があるのか、ことに私など人物 を見る目がないから、つい好意を持ってしまい、簡単に騙されてしまうのである。 【3】 QQ盲学校に勤めて、最初の給料をもらった時のこと、CSと言う中年の教員が給 料袋を開きながら独り言のように言った。 「誰か、来月まで3千円ばかり貸してくれないかなあ。」 「よかったら貸そうか。」 私が何の躊躇もなくそう言ったのは、相手が仮にも先生と呼ばれる身分であり、十 分信用できると思ったからである。 「本当にいいのかい?」 彼は信じられないという様子で、私から3千円受け取ると、嬉しそうに帰って行っ た。 ところが、ひと月たち、ふた月過ぎても一向に返す気配がない。私がそのことを年 輩の女の教員に話したら、彼女が次のように教えてくれた。 「Sさんなんかに金を貸しては駄目よ。私の所にも借りに来る時があるけど、ちゃ んと借用書を書かせるのよ。それでもなかなか返さないから、職員室に皆が大勢いる 前で、『Sさん、あんたお金を早く返してちょうだい』って大声で請求してやるの。 そうでもしなきゃ、あんな人いつまでたっても返さないからね!全部お酒を飲んでし まうのさ。」 結局、その気の強い女子教員に掛け合ってもらって、夏休み過ぎにようやく返して もらった。 【4】 新任当初、全盲の私は家族と離れて一人QQで生活していた。知らない土地・馴れ ぬ北国の暮らしも、周囲の人々の親切があったればこそである。 特に、同じアパートのMR先生一家の御好意は感謝に堪えない。MR先生は当時 50歳のベテラン教師だったが、全盲者で一人歩きができないので、盲学校の直ぐ近 くのこのアパートに住んでいたのである。公私両面に渡って面倒をみてくださり、奥 さんには買い物やストーブの薪割りまでしていただいて、今でもありがたく思ってい る。 夜、一人で退屈していると、隣の部屋のMR先生が、 「お茶でも飲みに来ないか?」 と呼びに来てくださるので、お言葉に甘えてお邪魔し、四人の子どもさんたちと一緒 にテレビを楽しませてもらったものだ。 その奥さんがたった1度、私に1万円借りに来られたことがあり、よほど困ってい る様子だった。 お貸しした1万円は、きちんと一ケ月後に返してもらってよかったが、その頃は教 員の給料が非常に安かったから、毎日の暮らしに事欠く人も多かったと思う。 同じアパートに、YY大学を希望して6回目の浪人中という男子学生がいて、その 人からも時々借金をしていたようで、それが弱みになっていたのかどうか、その浪人 生が対した用事も無さそうなのに、しょっちゅうMR先生の部屋を出入りしているの を見掛けたものだった。 MR先生は、私がVV盲学校へ転勤して間もなく、この世を去られた。 「孝行をしたい時分に親は無し」である。 【5】 QQに住むようになって6年、ようやく教職にも・北国の暮らしにも馴れた頃、あ る日突然、VV盲学校の後輩が訪ねて来た。VVで、私が専攻科に在学中、彼XLは 小学部にいて、生徒会の総会でこまっしゃくれた発言をしていたのを覚えているが、 その他に彼のことは何も知らない。 XLが髪をボウボウに伸ばし、粗末な身なりで、QQ盲学校の職員室へ訪ねて来た 時、私は遠い母校の後輩を心の底から懐かしく感じた。彼は丁寧な言葉遣いで次のよ うに身の上話を語った。 「僕は学校を卒業してから暫く治療院で働き、その後仲良しの友達と共同出資して、 堺市で開業しました。仕事は順調に軌道に乗っていたのに、つい先日、その友達が、 僕の留守中に金を盗んで逃げたんです。長年苦労して蓄えた30万円を銀行から引き 出して持ち逃げしたんですね。その男は牧野という名前の晴眼者で、郷里が旭川なの で、大急ぎで彼を追い掛けて来たという訳でして…。」 私の給料が3万円そこそこの当時、30万円は大きい。 「30万円もの大金を、銀行がそう簡単に下ろしてくれるかねえ。」 私の質問に答えながら、XLは話を続けた。 「牧野は前もって銀行に電話をしておいて、窓口で僕の保険証書を見せたらしい。 悪知恵の働くやつです。」 「君は全盲なんだろう。よくこんな遠くまで来たものだ。それで牧野という男に会 えたのかね?」 「会えませんでした。」 「馬鹿な。彼が郷里へ帰ってない場合のことは考えなかったのか?」 「エエ。それも考えたんだけど他に方法はないし、うまく彼に会えたら、心情に訴 えて分かってもらうつもりでした。また、彼の両親が旭川にいるから相談することも できると思って…。ところが災難は重なるもので、旭川へ行く途中の汽車の中で、財 布をすられてしまいました。やっと辿り着いた旭川の家に牧野はいないし、年寄りの 両親は貧乏で頼りにならない。困ったあげくここへお訪ねしたのです。まことに申し 訳ありませんが、QQでどこか働く場所を紹介してもらえませんか?少しでも旅費を 稼いでから堺へ戻ります。」 「汽車の中で金を取られるとは、君も旅馴れているようで不用心なんだな。無一文 でここまでどうやって来たのかね?」 「ヒッチハイクの方式で、手を上げて、トラックに乗せてもらいQQまで来たんで す。」 「そうか。だけど堺市に自分の店があるのなら、早く帰って仕事をしたほうがよか ろう。今夜は家で泊まってゆっくり休み、明日の汽車で戻るがいい。」 「そうですか。すみません。なにしろこのところ床屋にも行ってないから、頭がボ サボサでみっともないくらいですよ。」 私は午後、学校を早引きしてXLを家に連れて帰り、妻に言い付けて貯金を下ろし、 交通公社で特急券と座席指定券を買い整え、その晩は彼と布団を並べて昔話などして 眠った。 翌朝早く、私と妻は握り飯を作り、小遣いを6千円ほど持たせて、彼をQQ駅から 特急列車に乗せてやった。 「有難うございました。この御恩は一生忘れません。家についたら早速電話をしま す。名刺はありませんが、僕の住所は、堺市寺本町……。」 学校へ出勤して、同僚に一部始終を話したら、 「そいつは怪しいな。多分あんたは騙されたんだよ。」 と彼は言ったが、案の定それっきり何の音沙汰もなく、1週間後、私の出した手紙は むなしく戻って来たのだった。 その後数年間、XLは日本全国の知り合いを訪ねて、例の泣き落としで小遣い稼ぎ をして歩いたらしい。前に【2】の項で述べたSJにも、その話を教えてやったが、 それから何ケ月もしない内に、函館のSJの勤め先へ警察署から電話がかかり、 「今XLという人がここにいて、旅費に困っている。SJさんと知り合いだから、 連絡してみて欲しいと言うことですが…。」 と言った。SJは私から話を聞いていたので、すかさず言ってやったそうである。 「その男は有名な詐欺師です。警察で煮るなり焼くなり、ご自由にしてください。」 しかしそのSJも、やがてXL同様不義理を重ねて、友達に迷惑をかけ、近頃は寂 しい生涯を送っていると聞く。 ところで、私はXLの子供騙しのような口車に乗せられたが、これは不幸中の幸い であった。もしあの時XLの言う通り、QQで働き口を捜してやったとすると、おそ らく彼は、勤め先の家から大金を盗んで高跳びしたに違いなく、紹介した私が重大な 責任を負わされることになっただろう。
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「連載」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE