連載 #3875の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
5 相手を知り自分を知る 講談本に話を戻す。 柳生十兵衛が全国武者修行に歩いていた時のことである。(この武者修行というの も真相は不明で、十兵衛は一時精神分裂症を患い放浪していたとか、そうではなく、 徳川幕府の隠密として諸国を巡り歩き、外様大名の取りつぶしを工作していたとか…、 真偽の程は定かでない。) さて、講談本のあらすじはおよそ次の通りであった。 『広場には柵が設けられ、その中で、自ら「天下の豪傑」と名乗る男が、3人の侍 を打ち負かして、今や鼻高々だった。 4人目に出てきた柳生十兵衛は、その豪傑と暫く立ち合った後、わざと負けたふり をして刀を投げ捨てるや、 「まいった・・・。まいりました。とても私ごときの及ぶ所ではございません。私 は伊勢の住人何の何助と申します。貴方のお名前をお教え下さい。」 と言うと、相手は、 「わしは天下の豪傑じゃ。豪傑という名前にしておこう。」 と言いつつ、意気揚々引き上げようとした。 そこへ若い武士が現れて立ち会いを申し込み、たちまち「天下の豪傑」を打ち負か してしまったのである。 すると柳生十兵衛が、今度は若い武士に向かって、 「拙者にも一手ご指南願いたい。」 と申し入れた。 互いに刀を抜いて睨み合ったが、たちどころに若い武士が刀をガラリと投げ捨て、 「まいった・・・。恐れ入りました。到底手前などの及ぶところではございません 。私は何処そこの住人何のなにがしと申す者です。先ほど貴方がおっしゃったのは世 を忍ぶ仮のお名前でございましょう。どうかあなた様の本当のお名前をお聞かせ下さ い。」 と言ったので、 「いやいや、ご謙遜には及ばぬ。貴殿もなかなか良い腕前だ。拙者は柳生十兵衛 光義と申す者。」 と答えると、 「エッ!それでは貴方が天下の名人柳生十兵衛先生でしたか!知らぬこととは言え、 お恥ずかしい所をお目にかけました。」 と若い武士は恐縮して深々と頭を下げた。』 話題を突然カラオケに移す。 カラオケの効用も色々あるが、 「下手なカラオケにつきあわされ、一応のお世辞を言ったり拍手を送ったりしなけ ればならないのは面倒なものだ。」 と言う人がいる。確かに、他人が聞いて下手な歌でも本人は結構満足しているらしく 、それはあたかも、自分の話し声に普段は納得していて、テープレコーダーで録音し てみない限り自分が悪声であるのを忘れているのと似た心境であろうか。プロの歌手 の歌でさえ気にくわないのに、素人のカラオケで人に聞かせるほどの歌が歌える訳が ない。 ところが、かく言う私自身、多少はカラオケが歌えると自負しているからいい気なも のだ。その私のカラオケを、もう少し上手な人が聞いたとしたら、心の底で軽蔑しな がらもやはり、 「うむ、なかなかうまい」 などとお世辞の一つも言って、手を叩いてくれるのであろう。 何事にも上から下まで様々の段階があるもので、剣術においてはなおのこと、腕の 善し悪しは命に関わる重大事といえよう。しかるに、あまりにも技量に差がありすぎ ると、相手の実力を評価することができない。柳生十兵衛の腕前も、自称「天下の豪 傑」には見抜けなかったが、「若い武士」には簡単に見抜くことができたのである。 小説を書く場合も同じことで、パソコン通信のAmateur Writers ClubにUPされている作品の大部分を、私は理解できずにいる。 感覚的に合わないとか、文字が読めないというだけでなく、実力の差がありすぎて、 感想すら書くことができないのである。 それでもなお私は、小理屈や随筆をボードに書き込んでいるのだから、「身の程知 らず」という他ない。 おわりに 価値観というのは、時・場所・立場によって全く異なるもので、各々自分の価値観 こそ正しいと錯覚し、独りよがりに陥っていることが多い。 私の望みは、変動してしまうような価値観でなく、永久不変の心理及び日常の出来 事に対処できる柔軟性、願わくばそういうものを是非会得したいということである。 (文中、誤字や変換ミス、そして記憶違いが多いことをお含みおき下さい。) [1994年11月12日]
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