連載 #3873の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
はじめに 久々に私の小理屈を述べたいと思うが、これも『我が矛盾論』と同じような結論に なりそうな気がする。 [1994年11月3日] 1 ニュー ミュージック NHKの『ラジオ深夜便』という番組を私は好んで聞くが、聴取者や投稿者は私く らいから上の年代の人たちが多いようで、放送の中身も雰囲気もしっとりとして味わ い深い。 昨夜も午前3時に目が覚めたので、ラジオのスイッチを入れたら、この時間として は珍しくニュー ミュージックを放送していて、曲目は以下の11曲だった。 1 堀内孝雄 「終止符」 2 紙ふうせん 「冬が来る前に」 3 吉田みな子 「扉の冬」 4 竹内マリア 「駅」 5 大滝詠一 「…のスケッチ」 6 寺尾聡 「ルビーの指輪」 7 かぐや姫 「赤提灯」 8 9 五輪真弓 「恋人よ」 10 オフコース 「さよなら」 11 小涼桂 「シクラメンの香り」 8番目はなかなか良い曲だったが、残念ながら題名を覚えていない。他の曲や歌手 の名前についても当て字が多いと思うので修正して頂きたい。 バッハやモーツァルトの音楽が好きで、ニュー ミュージックのことは何も知らな い私であるが、印象の新しい内に一言書いておきたい。 上の11曲を、耳慣れた方から順に並べてみると、9 11 6 10 2 7 1とな り、他の4曲は今回初めて聞く歌だった。 曲を知っていると言っても、私の聞き方は、メロディーと・歌手の声や発音の善し 悪しにのみ注目し、歌詞をほとんど聞いていないから、歌について論ずる資格など無 いとも言えるが、そのような私の好みで言うと、4 5 6は退屈な歌という感想であ る。 同じ理由から、例え曲が素晴らしくても、井上陽水・松任谷由美・ビートルズ…、 彼らの歌声を私は好きになれない。関係者やファンの方々には申し訳ないが、「芸術 は良いか悪いかではなく、好きか嫌いかである。」という論法に立つ限り致し方ない。 ところが、個人の好みというのも絶対不変ではなく、状況により変化することはい うまでもない。 15年ほど前、盲学校の文化祭で、私の担任のクラスが舞台演奏をすることになり、 毎朝音楽室に集まって練習した。結論から言うと大成功だったのだが、その時生徒た ちが選んだ曲目は次の11曲で、それまであまり身を入れて聞いたことのない歌ばか りだったのに、実際に演奏してみると、いずれも名曲であるのに驚いた。 遠くへ行きたい(ジェリー藤尾)、竹田の子守歌(京都伏見民謡)、心模様(井上 陽水)、岬めぐり(フォークソング)、名残雪(イルカ)、帰れソレントへ(イタリ ア民謡)、六段の調べ(邦楽)、北の宿から(都はるみ)、神田川(南こうせつ)、 精霊流し(さだまさし)、さらば青春(小涼桂)。 今もその時の録音テープが保存してあり、編曲と指導とヴァイオリン伴奏にたずさ わった私にとって、若き日の懐かしい思い出となっている。 その数年後の文化祭にも、生徒のピアノと私のヴァイオリンで、ビートルズのイエ スタデイを演奏したが、大嫌いな筈のビートルズに、「こんな美しい曲があったの か。」という意外な発見であった。 つまり、演奏スタイルによって曲のイメージが完全に変わってしまい、特に私の場 合、気に入らない演奏だと歌そのものの良さを見失ってしまう傾向がある。 まして近頃のニュー ミュージックには、美しい旋律が少なく、単純な音階を激し いリズムでごまかしている物ばかりで、歌い方も拙劣な物が多いと感じるのは、私の 感覚が古すぎるからだろうか? 話を少し戻すが、人の好みは年齢とともに変わる。 五輪真弓の「恋人よ」、オフコースの「さよなら」などは、当時結構ユニークだと 思って聞いたものだが、最近ではさほどの感動も湧かない。かつて大ヒットした曲が 後になって色あせて感じられるのも、時代の移り変わりや聞く人の年齢の相違による のであろう。 要するに価値観ほど当てにならない物はないということである。 2 剣豪の話(1) 私にとって音楽よりも好きな趣味といえば、もしかしたら剣豪物語かも知れない。 子供の頃、兄に毎日読んでもらったいわゆる「講談本」には以下のような物があっ た。 源九郎義経、楠正成、太閤記、山中鹿之助、真田幸村、木村重成、岩見重太郎、後 藤又兵衛、柳生十兵衛、荒木又右衛門、元和三勇士、笹野権三郎、寛永御前試合、大 石内蔵助、堀部安兵衛…、そして、左甚五郎から一心太助にいたるまで、かなりの数 に上った。 これらの物語は戦時中に書かれた物なのかどうか詳しいことは知らないが、子供だ けでなく大人が読んでも結構楽しめる本のようだった。主人公は実在の人物だが、話 の内容はほとんど架空で、例えば、堀部安兵衛の18人切りとか、荒木又右衛門の 36人切りなどと、いやが上にも勇猛心をかき立てる話が随所に出てくるし、当然な がら、主人公は強くて勇ましく、正義感溢れる格好良い理想的な人間として描かれて いる。 小中学生時代の私は、すっかり剣客に憧れてしまい、自分もそのように成れたらど んなにいいだろうと空想し、夢の中にもしばしば果たし合いの場面を見た。 特に私が理想としていたのは、「いつ何時どのような状態にあっても、一部の隙も 無い武士の心得」を身につけることであった。熟睡していても、敵に切りつけられた ら、パッと目を覚ますより速く、相手の刀の切っ先をかわすことができるまでに修業 を積まねばならない。もしこの技術を体得できたら、もう世の中に恐ろしい物はない のである。 私は目が見えないけれども、それは問題でない。剣豪は目で見るのではなく心で全 てを読み取り、殺気を感じて飛び退くのである。大菩薩峠の机竜之介の例もあること だし、武士は後ろを向いていても眠っていても、ヒラリと体をかわすことができると いうではないか。 ある年の夏休み、盲学校の寄宿舎から帰省した私は、いよいよ武士の修業に入る決 心をした。 精神を集中することによって、いついかなる時でも、素早く飛び起き・飛び上がり・ 飛び退くことのできる状態、一瞬のゆるみもない緊張の持続、そして機敏な反射。是 非ともこの能力を身につけよう。 そう考えて練習を始めたが、最初のうちはすぐ緊張がゆるんでしまい、ふと心が他 の考え事に移ると、油断が生じて外敵に切りつけられるような隙ができてしまう。 「こんなことではいけない。もっともっと意識を緊張させ集中させるのだ。」 40日間の夏休みは当時の私にとって退屈意外の何者でもなかったから、暇な時間 が持て余すほどあった。毎日毎日、集中と緊張を訓練して、1週間・2週間と立つ内 に、次第に理想の境地に入れるようになり、やがていつ何時でも素早く反応できるよ うになった。 それは私の独りよがりだったかも知れないが、本人としては、間違いなく柳生十兵 衛や宮本武蔵に近い「油断の無い構え」ができるようになったのである。 私の家は田舎の百姓家で、畑の隅にむしろを敷いて簡単な農作業をしながら、ある いは庭の長椅子に寝そべって考え事をしながら、周囲の変化に応じて上下 前後 左右 のどちらへでも一瞬の間に体を動かすことができるようになった。雀の羽ばたき・サ イレンの音・汽車の汽笛・蝿のうなり…、これらを敵の攻撃に見立てて、毎日の修業 を怠らなかった。 このようにして、私はある程度納得のいく反射を身につけることができて嬉しかっ た。 ところが、「隙も油断も無い構え」が備わるようになってまもなく、頭痛と幻暈と 嘔気が現れたのである。それは単なる気のせいでなく、過緊張からくる不定愁訴と思 われ、かなり激しい症状になった。 話はそこまでである。せっかく体得した武士の心得であったが、健康には代えられ ない。 「もうこんなことはやめにしよう。いつ・何処から・誰に襲われてもかまわない。 その時は死ぬしか仕方がないのだ。」 そう自分に言い含めて、私は心身の緊張を解き、むしろの上にのびのびと寝そべっ て一つ大きなあくびをした。 するとたちまち、頭痛も幻暈も嘔気も消えていき、私は元の隙だらけの人間に戻っ たのである。 こうして私は残念ながら、剣客になることを諦めたのであった。
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