連載 #3860の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
2 「ちぇすとぉ! 」 両脚に蓄えた力をバネにして、古川がボールに飛びかかった。 難儀な局面だけに、このシュートを取り逃すわけにはいかない。しかし、フリー キックの名手エドゥーにケチをつけるだけのことはあったようだ。微妙な弾道を誠 の左足は放っていた。このままだと、ゴールマウスぎりぎり真上に吸い込まれてし まう。ゴールマウスのバーのあたりまで、古川の両手が延びた。 しかし今日の誠は、本当に調子が悪かった。 古川が「読んだ」ところにボールは飛ばなかった。 弾道は、変化し過ぎてしまった。地面に対してほとんど垂直に、古川の手前で急 降下し、そのまま古川の脚許に突き刺さったのである。異質な弾道に慌て、闇雲で はあるが、なんとかしてこいつを始末しなければならなかった。 癖球が地面に一瞬食い込んで、 その、降りた右足に跳ね返りが当たった。誠のフリーキックは、結果としてゴー ルに突き刺さらなかった。古川は渾身の力で前方にボールを跳ね返した。とりあえ ず当面の危機は回避した形となる。 しかし、笛の音を聞いたわけではなかった。 今日のアントラーズはあるテーマを持っていた。誠と渚、特に誠を封じ込めてギャ フンと言わせることである。渚に関しては、予想以上にマークをキツくして、得点 につながる状況に関しては封じ込めていた。アントラーズの組織は、法則性をもっ てして動いている。それだけに、フリューゲルスにとっては厄介ではあった。 だが、状況は混乱していた。 古川が前方に弾き返したボールは、ペナルティエリア内でフリューゲルスの手に おちたのである。 このボールを支配したのが渚であった。 渚に対するマークが外れていた。渚の邪魔をする奴はいない。誠の放った一撃が そのままゴールに突き刺さるか、もしくは古川がキャッチするものだと思い、混戦 状態が続く状況に対応が遅れてしまったのだ。 今日の渚は、ほとんどシュートを放っていない。一発だけ、誠からのパスを決め ただけ、それっきりである。 渚の久々のシュートチャンスに三つ沢の観衆は大きくどよめき、歌うことを忘れ て自分勝手に本能のままに叫んでいる。 渚にとって今までの不甲斐なさを挽回する最大の場面が訪れた。胸で受けた「古 川からの贈り物」を右脚へと運び、シュート態勢へと入った。アントラーズイレブ ンに囲まれようが、一定のスペースさえあれば、その技量はたやすく発揮される。 反則覚悟ではあるが本田の体が渚の右足をすくおうとした。だが、本田のチェッ クよりも速く、渚の脚裁きはその切っ先をゴールへと向けた。 ボン! 渚の右足から鈍い音がした。ボールの真芯を叩きつぶしたのだ。今までの鬱憤を 晴らすように、渚の右脚から放たれたシュートがゴール左隅めがけて飛んだ。 渚のシュートには癖は無い。しかしスピードは誠に比べれば桁違いである。 バシッ! ゴールネットが弾けるような音がした。古川は一歩も動けなかった。 2点目は絵になるゴール。ゴール裏に陣取るカメラマンのレンズがその瞬間をし かと捕らえたはず。 後半34分の渚の一撃は起死回生かつ、これからのフリューゲルスが進むべき目 標へと向かう大きな根拠となった。2−1、この時間帯では相手の反撃は難しい。 八割程度、勝負は決した。 菊地主審が激しく笛を鳴らした。ハマっ子達の感情は弾けて、渚のゴールシーン を目前で見たサポーター達は僅かな沈黙の後、この激しく炸裂した喜びを雄叫びに してフリューゲルスイレブン達を祝福した。 「やったァ!」 渚の少女の笑みは涙混じりであった。両腕を雲の疎らな天頂に突き刺して、これ 以上無い喜びをサポーター達と一緒に表現した。 「すげぇじゃん」 「渚ちゃんよかったな」 「よぉやったな」 前園や岩井、渡辺一平らが、渚の体を押し倒すように詰め寄り、事実その場で押 し倒した。といっても、渚がこの場で抗うことはなく、イレブン達も、単に普段ど おりに祝福しただけである。 バラバラだったサポーター達の叫びは、やがてストライカーを讃える一つの声に なった。「ナギサ」という響きのいい名前は、対岸のアントラーズサポーター達を 沈黙させ、ついでにこの試合の勝利までもを印象づけてしまった。 今までウォーミングアップを続けていた桂が、今はベンチに座っている。もう渚 と交代する必要はない。 皆の祝福から解放された渚の手が、もうひとりのジェットボーイの両手を握った。 「あと10分、頑張ろう。さっきのキック、あれは面白かったけど、サスガに誠 だね」 誠はその言葉に一瞬顔をしかめたが、すぐさま相棒に笑顔を返した。 「今度は古川の股間を狙って一発キメてみよか! 」 誠は、まだ点を取るつもりであった。 笛が再び鳴った。 アントラーズは攻撃的になった。渚にマークをつけることはなくなり、秋田や相 馬が上がり目の位置についた。 世界一負けず嫌いのアントラーズイレブンが、勝つために本来の姿に戻ったので ある。 ★ 「おおっ、誠が上がった。誠が敵陣深くまで攻め込んだ! 絶妙のドリブル、ペ ナルティエリア間近まで迫ってきたァ!」 アントラーズが攻撃重視の姿勢をとるのと同時に、誠も攻撃重視のサッカーをす るようになった。 「誠ォ、左サイドが空いているぞ! いや、直接狙って来た!」 ペナルティエリアの外から、癖のあるシュートを放つ。しかし、ゴールマウスに 嫌われてしまった。 「惜しい、ゴールを割ってしまいました。しかし、どうしてこれだけ巧いのに攻 めなかったんでしょうかね、田宮さん」 「攻めたかったんでしょうね。誠君は、今まで耐えていたと思いますよ。けど、 アントラーズも必死ですから、ここは守りきったほうが」 田宮は差し障りが無い程度に、誠の作った展開を戒めた。この展開は逆に危機を 生むのだと付け加えた。アントラーズのゴールに対する執念も含めての解説である。 そのアントラーズが縦攻撃一本で反撃に出た。誠が攻め上がったぶん、フリュー ゲルス自陣に空白が出来てしまった。 「ジーコがドリブル、ドリブルで、中央突破!」 ジーコの左足が、誠の居ない間に火を吹いた。 「シュート! ………森ィ取ったァ! 右隅のシュートによく反応しました!」 「誠君の居ないところを突かれてしまいましたね」 誠が上がると、こういうケースも考えられた。 しかしそれでも、誠の意識はゴールに向かっていた。 残り時間は5分を切っている。普通ならここは1点差を死守するためにゆっくり とボールを回して守りを固めるのが王道ではあるが、誠の発想は世の男どもよりも 更に攻撃的であった。もう一点とれば安全圏に入る、そんな発想をこのフィールド で表現していた。 誠が右側から上がる。途中で本田と競り合ったが、その本田を上半身だけの動き で簡単にあしらう。自分に対するマークがキツくならないうちに左サイドの前園に ロングパスを放り込み、そしてゴール前へと走り込んだ。 前園の足許に誠のパスは吸い込まれ、追加点を狙う体制は出来上がった。 「前園、右をチラリ、中央は人数が揃っている! 」 真ん中に、渚とアマリージャの姿がある。後方には誠や高田もいる。中央に、ペ ナルティエリア中央の密集地帯目掛けて、前園はセンタリングを放りこんだ。 「前園絶妙のセンタリング。アマリージャ、ヘッドで合わせるか?」 アマリージャが、ゴール目掛けて体を預けた。アマリージャのポストプレーはJ リーグ随一である。タイミング的には命中する。 しかし、此処で点をとられては、アントラーズに勝ち目はない。 「古川弾いた!パンチング!」 古川がアマリージャがヘッドで合わせる瞬間に、拳でボールを弾きかえした。し かし右の拳で弾いたボールは、ゴール前を転々とする。 渚の、ゴールに対する嗅覚はそれを見逃さなかった。 「井上渚ァ、シュート!」 右足で、古川の飛んだ方向と逆の方にトゥーキックを撃ち込んだ。だが、これは バーに当たり、また追加点の好機を逃してしまった。アントラーズの守備陣が、ルー ズボールに向かって密集し、危機を回避せんとする。 転がるボールの前に、今度は誠が現れた。 「井上誠、ルーズボールを拾って二人を抜いた!」 誠自慢の足裁きでいち早くボールを拾い、少ないスペースで一気に二人を抜き去 った。 時間はあと僅か。目の前にいるのはディフェンダー一人とゴールキーパーだけだ。 「井上誠、3点目へのゲットか!!」 しかし、誠がシュートを撃つ前に、後ろから誠の足首を狙った奴がいた。 その予期せぬ非常手段は、誠からマイボールを奪い取ってみせた。 態勢を崩し、しりもちをつく誠。同時に反則の笛が鳴った。 ペナルティキックだ。 誠が地面を叩き、足首のことは構わず、シュートを放つことが出来なかった悔し さを体で表した。 「井上誠、ゴールならず。しかしPKです。これは3点目のチャンス!」 誠は、自分の後方に老将の姿を確認した。 「背番号10です」 切れかかっている誠に向かって、挑発的な謝罪をしてみせた。 「ジーコどうしたんだ! そこまでやるのか、神様ジーコ!」 宮本監督、エドゥー達スタッフ一同、いや、アントラーズサポーターの方が唖然 としてる。この場面が信じられないと言わんばかりに。 世界一の負けず嫌いが、壊し屋となって誠の足許をすくった。アントラーズの背 番号10、ジーコの切羽詰まった行動は、誠自身による3点目のゲットの瞬間を見 事に阻止してみせたのである。 「ズルさも、プロ級ですね……… 」放送ブースの田宮の声も上擦っている。 ジーコの勇み足が、結果としてペナルティキックという、フリューゲルスにとっ て又とないチャンスをもたらしてくれた。 「さて、誰が蹴るんでしょうか? 」 しかし、今回はあっさりと譲ってしまった。 「エドゥー、10番が蹴るようです」 「妥当ですね。誠君よりも此処では実績を勝ってエドゥーでしょう」 エドゥーがボールに歩み寄り、ゴールを待ち望む観衆たちの手拍子に送られ、じ っとゴールマウスを見つめる。 それに対して、九割九分勝ち目の無い古川の心理状態はどうだろう。此処は、肝 を据えて自分の過去の経験と照らし合わせ、ひとつの読みだけに賭けるのみである。 「エドゥー、これを決めて勝負を決めるか?」 サポーターの怒号が古川を萎縮させ、エドゥーを力づける。 「エドゥー放った!」 しかしこの勝負、まだ簡単には終わってくれなかった。 「取った! 古川! まだ勝負は終わりません! 残り1分、速攻です!」 掴み取ったエドゥーのフリーキックを、ロングボールにして蹴りこんだ。 その位置的案配が、これ以上無いくらいヤバいところに飛んだ。 センターサークルで跳ねたボールがジーコの左足に吸いついた。 攻撃陣が揃うのを待つ余裕は無い。一気に最後の壁、森敦彦へと襲いかかった。 「油断したか、フリューゲルス! ジーコが攻め上がって1対1」 ペナルティエリア内へ、ジーコが攻め込んだ。 シュートの態勢! 「ジーコ! 延長ゴールか!」 アントラーズの勝利への執念が、最終局面でこのような劇的な演出となった形だ。 躊躇せず、ゴールを決めようとした。 だが、勝利の女神は、この勝負に幕をおろしてしまった。 アントラーズサポーターの右脳によぎったのは、落胆、驚き、悲しみ、そして怒 りだろうか。 ジーコが太股を抑えて、わめき声を上げている。しかし笛は吹かれない。 そして、誠もジーコの横に伏していた。ボールはその誠の足許に隠れていた。 誠のところに、フィールドの上の選手全員が殺到する。 「渡辺一平、なんとかして、井上誠のボールからボールを回収した!」 そしてタイムアップとなった。ロスタイムは、フリューゲルスの意味のないパス 回しによって潰された形となった。 「試合終了! フリューゲルス開幕ダッシュです! しかし、観客達の視線は二人に集まっていた。 「井上誠、立ち上がることが出来ません。ジーコも、担架が必要なようです」 ジーコは誠との接触プレーで傷を負い、誠は芝生の上で気を失っている。 「井上渚選手が誠選手をおぶさって、フィールドから消えていきます」 しかし、試合そのものはこれで終いになったようでは無かった。 アントラーズサポーターからは、ジーコとの接触プレーを巡っての不服な判定に 対する罵声、そしてさまざまな物がスタンドから投げ込まれ、それに煽られてかア ルシンドや黒崎は猛烈な抗議を繰り返し、菊地主審を逃がす様子はなかった。 「ジーコ選手、井上誠選手が無事であることを我々放送席も祈るばかりです」 開幕戦のこの結末は、次のカシマスタジアムでの試合を遺恨試合と位置づけるこ ととなってしまったようであった。 まあ何にしろ、ジェットボーイの歴史は、サッカー界に刻まれたのであった。
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