連載 #3837の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
近頃では、店で売っている菓子類の包装や封印に、ビニールのような薄い合成樹脂 が用いられるが、かつてはチューインガムやチョコレートなどは、銀紙で包んであっ た。 その銀紙を集めてボールのような球にしようと考えたのは、私が新米教員として札 幌盲学校に赴任した頃のことだった。教室でその話をしたら、何人かの生徒がわざわ ざ職員室まで銀紙を持ってきてくれたりして、格好が悪かったのを覚えている。同僚 からももらったりして、いずれ子供の頭くらいの大きさにまでするつもりになったも のだ。 銀紙をまず手で程良く丸め、それをテーブルの上に乗せ、板で押さえて転がすよう にすると、非常に固くて表面が滑らかな球ができる。1毎重ねては丸めていくと、次 第に大きくなり、梅の実から李、そして桃の大きさになった。 ところが友人の一人が、 「あんまり銀紙の球を大きくすると、内部に熱が鬱積して爆発するぞ。」 と言った。まさかそんなことはないと思ったが、それよりも、ボールの直径がだんだ ん大きくなるに連れて、それを1枚で包めるほどの広い銀紙が必要になり、そうでな いと、小さな銀紙をくっつけて丸めてもすぐに剥がれてきてしまう。 もし赤ん坊の頭くらいの球にしようとすると、50センチくらいの広さの銀紙で包 まなければならない訳で、チョコレートの銀紙ではとても間に合わないことになる。 そんなこともあって、いつのまにか銀紙の球を造るのをやめてしまい、他の収集に 気が移っていった。 しかし今でも、その時造った銀紙の球は、野球のボールくらいの大きさになって、 机の引き出しにしまってある。 教え子に関連して、もう一つ思い出の品がある。 ある日、私が教卓の引き出しを開けると、5センチくらいの真四角な紙の箱が出て きた。蓋をとるとその中に箱があり、その蓋をとると、またその中に箱が入っている という具合に、順々に小さな紙の箱が重ねてあった。 「なんだ これは!」 と私が呆れていると、生徒の一人が、 「先生、それはD君が授業中に造ったんです。」 と言った。 「授業中に勉強もせず、こんな物をこしらえているのか。困った奴だ!」 と言ったものの、私はこの箱を気に入ってしまい、もらって帰って家で全部開いてみ た。すると、なんと!ノートを折り紙のように切って造った箱が、28個もきちんと 重なっていたのである。一番中の物は、ピンセットか針でも使わないと造れないほど 細かい技で、無器用な私には真似のできない工作だった。 盲学校といっても、全く見えない生徒ばかりが勉強している訳ではなく、視力0. 3以下の弱視あるいは0.3以上であっても、視野や色覚に著しい障害のある者・ま た将来視力が低下する恐れのある者は入学することができる。 Dは弱視者の中でも視力の良い方で、特にスケートが巧みだったのを覚えている。 その彼が盲学校を卒業後、車の運転免許を取ったと聞いて驚いた。眼鏡やコンタク トレンズで視力を矯正すれば、かなり見えるようになる場合があり、5年に一人くら いは、盲学校卒業者で運転免許を取る者がいるのは事実であるが、それでもやはり無 理はあると思う。 そして突然、Dの訃報を聞いたのである。夜中に車を運転していて、停車中のトラ ッ クの下へつっこみ、即死したということだった。 Dの父親が学校に来て 「息子がお世話になった盲学校のために、何かお役に立ちたい。」 ということで、お金を寄付されたそうで、その金で、臨床治療室にオーディオ装置を 備えさせてもらった。 Dはいったいこの世に何を残していったのだろう?まさか28重ねの折り紙の箱だ けという訳ではないと思うが、私の手元に明らかな記念として残っているのは、やは りこの箱ということになる。 何年か前、私は幼い末娘と一緒に、この箱の上へさらに幾つかの箱を造って重ね、 合計51個にした。同じ紙質のノートの切れ端とはいかず、新聞広告のチラシを手頃 な大きさに切って箱を造るのであるが、丁度ぴったり合うように一回り大きく造るの がなかなか難しい。 退職して暇ができたら、この箱を増やして、100個にしたいと考えている。 7 硬貨 雑談の中で収集の話になると、決まって誰かが茶々を入れる。 「そりゃあ、なんてったって一番いいのは、お金を集めることさ。」 ところが、私もお金を集めているのである。古銭とか珍しい外国の紙幣とかではな く、なるべく『お金』のかからない方法、すなわち、現在わが国で流通している貨幣 を、造幣された年号順に集め、例えば、十円玉の昭和26年の物から今年までの物を 毎年2枚ずつ揃えておくのである。 私は普段点字を読み書きしているが、貨幣の年号を指で読むことはできない。従っ て、この収集は子供の仕事のような物で、娘が時々あちこちの財布の中を調べては、 まだ揃っていない年号の硬貨を見つけると、その年号を帳面にひかえ、私は硬貨を受 け取ってポストの貯金箱に修める。そうなると、毎年の貨幣を集めているというのは 単なる心理的な喜びに過ぎず、実際にそれらの一つ一つを私が区別できる訳ではない。 しかしながら、収集という行為そのものが独りよがりな面を持っていることを思えば、 心理的な満足のためとはいえ、貨幣を揃える作業もあながち無意味とばかりは言えな いのである。 ちなみに、ここにあるリストから、昭和の後半に鋳造された貨幣の年号を下に記載 してみる。はなはだ幼稚なコレクションではある。 ---------------------------------------------------------------------------- 一円硬貨 :30〜42 44〜64 五円硬貨 :[穴なし]23〜24 [穴あき]24〜28 32〜33 36〜41 43〜55 57〜58 62〜64 十円硬貨 :26〜30 32〜60 62〜64 五十円硬貨:[大 穴なし]30〜33 [大 穴あき]34〜41 [小 穴あき]42〜54 56〜57 59〜60 63 百円硬貨 :[旧]32〜35 38〜41 [新]42〜63 [記念]39(東京オリンピック) 47(札幌オリンピック) 50(沖縄海洋博) 五百円硬貨:57〜61 63 60(エクスポ) ---------------------------------------------------------------------------- 雑談ついでに古銭の話になるが、私の子供の頃、家に一厘・一厘五毛・二厘の貨幣 があった。両親が明治30年代の生まれだから不思議はないが、この硬貨は真ん中に 四角い穴があいていて、私にとっては珍しい品だった。コレクションの趣味も案外幼 い頃の影響があるのかも知れず、友人で貴重な古銭を沢山持っている者がいて、私は それを大層羨ましく思ったものだ。後で述べる貝殻や石の収集も、兄たちの真似ごと のような気がしなくもない。 一厘貨幣でさらに連想することがある。 昔の人は、お金がないことを「無一文」と言ったが、私たちは「一銭もない」と言 う。ところが、私より30歳くらい年上の人の中には「一厘もない」と表現する人が いて、その時代の金銭の最小単位を形容詞として使うものらしい。そうすると、これ からの若い人たちは「一円もない」と言うようになるのであろうか? 8 貝殻 潮干狩りに行くといつも感心することだが、未だかつて一度も、貝と同じ形の石を 拾ったことがない。全く同じ形でないにしても、少しは似た小石があってもよさそう なのに、それが絶対に無い。天然の物がいかに掛け替えがないかという証拠である。 貝殻は色や形が美しく、収集の対象としても絶好であるらしくて、仕事そっちのけ で一生涯珍しい貝殻ばかり捜している人の話や、『世界三名宝』という一個何千万円 もするような貝殻の話などをテレビで放映したりする。 私も最初の内は、市場で買った貝や潮干狩りで拾ってきた貝の殻を、綺麗に洗って ボール箱に保管する程度で満足していた。それでも結構色々あって、シジミ・タニシ・ アサリ・ハマグリ・カキ・大アサリ・サザエ・ツブ貝・アワビ・帆立貝、その他名前 を知らない物もいくつか集めた。近頃では、熱帯産の綺麗な貝殻も割合簡単に手に入 り、例えば芋貝だのクモ貝などという可愛いのが、一個百円くらいで買える。しかし ながら、両手で持ち上げるくらいの大きさとなると、やはり何千円も出さねばならな い。 渥美半島の突端を伊良湖岬といい、島崎藤村の詩『椰子のみ』の舞台として知られ ている。余談になるが、藤村は実際に伊良湖岬の海で椰子のみを見たのではなく、彼 の友人の話から、頭の中で想像してあの詩を作ったのだそうで、いわばフィクション だった。 私は伊良湖岬へ何度か行ったことがあり、名古屋からだと車で高速道路を使って2 時間半ほどかかるが、帰りはカーフェリーで知多半島へ渡り、そこから約1時間半で わが家へ戻って来られる。 最初に行った時、みやげ物店に椰子のみが10個ばかり並べてあるのを見つけ、私 はそれらを一つ一つ持ち上げて、一番気に入ったのを千円で買った。買ってしまえば 後は物置のどこかにしまい込んで、めったに鑑賞することもしない癖に、その次行っ た時には、今度は1個5千円もする『トウカムリ』という大きな貝殻がほしくなった。 さて、そのトウカムリを買うことにして、カウンターでお金を支払おうとすると、5 千円ではなく「3千円です。」と店員が言った。正札とどちらが正しいのか知らない が、私はなんだか得をしたような気分になったものだ。トウカムリは格別綺麗という 訳ではないが、ずっしりと重たく、コンクリートの合成品かと疑われるくらい頑丈な 巻き貝である。しかし、これも台所の片隅のテーブルで今では埃を『かむ』っている。 それでも懲りずに、先日は蒲郡にある『ファンタジー館』という造形美術館へ行っ た時、数千円も出して、ラクダ貝(巻き貝)と大ジャコ貝(二枚貝)を買ってしまっ た。 今から25年も前のことだが、同僚の一人が旅行先で法螺貝のラッパを買ってきた。 吹いてみるとなかなか魅力的な音色で、当時2万円だと言っていた。私は歴史小説や 戦記物のドラマが大好きで、法螺貝の音を聞くと胸がワクワクする質だから、何時か きっと、法螺貝のラッパを買いたいと思っている。『ほら』で終らせたくないものだ。
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