連載 #3814の修正
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第7話「紅い血潮との戦い」 −−三月十二日、横浜フリューゲルス−鹿島アントラーズ−− 「誠、大丈夫?」 渚が心配している。 「たまんないなぁ」渚までが誠の気分に染まってしまいそうである。 誠の口は珍しく閉じていた。普段もそれほど饒舌なわけではないが、この日は 起きてからずっとこんな調子であった。 「あぁあ、うざったい」 頭痛がすると言って、めずらしくピル以外の薬を口にした。 ここにいるのは誠と渚のふたりだけ。三つ沢球技場の職員がわざわざ二人のた めに、フリューゲルスの選手とは別の控室を用意したのである。 「ミズノの別注のやつ、ちゃんと出来ているかな」 誠は、長椅子に寝ころんで「試合なんかしたくない」を連発する。 「飲む? 」 憂鬱に効く薬を誠に手渡した。 薬の名前は、キクマサムネ。アルコール度35%の劇薬である。渚の用意は実 に周到であった。誠のことなら大抵のことに対応出来るのである。 「じゃ、少しだけ飲もうかな? 」 といいつつ、ラッパ飲みで一気に半分くらい飲んだ。顔が桜色に染まり、瞳が 機嫌を取り戻していった。 「ついでに、ちょっとだけ、いいだろ」 一気に酔いの回った誠の手が渚の大事なところに伸びた。 嫌な顔をする渚のことはお構いなしに、その顔は先程の不機嫌を追い払ったよ うに渚の青いパンツへとのびていく。 「ちょっとぉ、試合前よ。疲れちゃう」 渚の左手が誠のスケベ心を追い払った。 「けちぃ、けちけちけちっ! 」 誠の顔が憂鬱にまた戻った。 「これでハットトリックなんて、本当にやる気かしらねぇ」 渚はため息をつく。 誠の憂鬱の理由は二つあった。一つはさておき、もう一つはユニホームの背番 号のことであった。 ミズノ社から手渡された誠の背番号は5。渚の背番号は予定通りの9であった が、この5という背番号は、誠にとって半分の重さしかないものであった。 今日の背番号10は昨年と同じく、代表経験36試合をこなした元ブラジル代 表の肩書を持つカルロス・エドゥワルド・マランゴンことエドゥーのものであっ た。 メンバー発表の時の「約束が違う!」と怒鳴り散らした剣幕の凄さには、さす がのエドゥーも怯えていたほどであった。 10番は、誠にとって特別な番号であった。 そしてフリューゲルスの5番が点を奪うこと、これは滅多に無い。 5番の役割はそれなりに重要である。誠は守備の要所に置かれることになった のだ。悪い言い方をすれば、誠は攻めさせてもらえない。 「監督の思惑は判るけど……… 」 渚も理解しつつ、しかし納得があまりいかない様子である。 ギイッ。 扉の開く音がした。 「まこちゃん、渚ちゃん、練習始めるぞ」 トレーナーの呼ぶ声がした。 「今すぐ行きます!」 ぐったり寝込んでいる誠を右腕で引きずり起こし、左腕の時計を見せた。 プロの舞台だ。試合前の練習に顔を顔を出さないわけにはいかない。 「判ったよぉ、渚っ」 重いまぶたをこすって、練習用のミズノのジャージを着込む。 「さぁ、勝ちに行くぞ!」 誠は頬を叩いて気合を入れた。 そして、誠にさらなる気合を入れる野太い声がした。 「マコト、ウイジンだぞ」 二人の控室にルイス・ネグーロ・カルロスが顔を見せた。物騒な顔だが、よく 見ると単なる好々爺さんである。 大きな右手を誠の頭上に乗せて、思いっきりかき回した。 「オチツイテ、ガンバッテ」 「ハットトリック、キメたげるよ」 おかえしに左手の甲にキスをした。 そして、二人はグラウンド目掛けて弾丸のように走った。 「ガンバッテ!マコ、ナギサ! 」 「オッケィ」 グラウンドとは反対の方向にルイスは消えていった。 そして二人は、止まらない旋風のように関係者を押し退ける。薄暗い関係者通 路を駆け抜けると、次第に真っ白い光が強くなっていく。 「さて、いくか」 誠が、はじめて三つ沢の芝を踏みしめた。 数秒後、大観衆の叫びが誠の三半規管に刻みつけられた。 「すげぇや!」 今日の三つ沢のサポーター達は本当に凄かった。気合の入り方が違っていた。 三つ沢公園の青空と同じ色のフラッグが、鹿島アントラーズのディープレッドを 押し出すように景気よくスタンドのなかで咲き誇る。 「みんな、元気だね」 渚は歓声を素直に喜ぶ「よぉし! 」 背番号9の小柄な体がグラウンドに入り、横浜ジェッツ陣取るサポーターズシー ト目掛けて自慢の脚力を披露した。近づくたびにその歓声が益々ヒートアップし ていくのがわかる。 観衆は、二人を待っていた。 昨年のフリューゲルスは善戦したものの、同じ横浜を本拠に置く横浜マリノス の後塵をはいし、フリエ(フリューゲルス)のサポーター達は雪辱に燃えている。 誠は、先程の憂鬱が嘘のように、背伸びを一つして、そしてスターティングイ レブンと一緒に準備運動に入った。 マコ・コールがグラウンドにもはっきりと聞こえる。 風が誠のバンダナの端をふわりと揺らした。 止まらないマコ・コール、ナギサ・コールに二人は両手を大きく振る。 そして、ちらりと鹿島サイドのグラウンドの方を見た。 誠の瞳のなかにはジーコの姿があった。 「ジーコッ、病院送りにしてやるっ」 スタンドからは大喝采。わざと聞こえるように誠が言ったのである。 今日の誠のポジションは右のディフェンシブハーフ(守備的中盤)である。此 処での仕事はただ一つ。ジーコからボールを奪い、自軍の攻撃につなげることだ。 だから、ファンに向かって挑発のポーズを決めてみせたのである。ジーコには それが聞こえたのだろうか。 「誠、ジーコさんの事悪く言ったら駄目」 渚がストレッチをしつつ言い諭す。 しかし、誠の目線にあるジーコは今日の敵であった。 中盤60フィート以内の右サイドの戦いで、誠対ジーコの対決が何度見られる ことだろうか。
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