連載 #3751の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
★ 右手の鞄を足元に置いて、ポケットから鍵を取り出した。 「茜ちゃん、ちゃんと部屋にいるかな? 」 裕一の家には、先日から居候している女の子がいる。裕一の左手にある洋菓子 の箱の中身はシュークリームに最近流行りの焼プリン、そして生クリームたっぷ りのショートケーキ、一人では食べきれないくらい入っている。これらの土産は 茜のためのものであった。 裕一は今日、遅刻の責任を自らとって残業していた。時計は七時半をまわろう かとしていた。昼頃、仕事で遅くなるから店屋物を取ってたべるように言ってお いたのだが、やっぱり裕一自身は、娘のような女の子と一緒に食事したかったの 裕一はようやく我が家にたどり着いた。鍵を開けて、鉄扉を開いた。 「ただいま」 裕一の顔が緩んだ。視線の向こうにはちゃんと留守番してくれていた茜の姿が あった。 「おかえり、おじさん」 張りのある声で茜も出迎えてくれた。 茜は、左手に持っている洋菓子の箱を目敏く見つけて、大げさに感謝してみせ た。 「おじさん、ありがとう。わあ、食べきれない」 裕一は箱の中身を見せた。 「おじさん、半分あげるね」 茜はまず焼プリンに手をつけた。この焼プリン、女子高生や女子大生には結構 評判で休日には列ができるくらいに繁盛している洋菓子専門店「ラ・ムール」で 買ってきた、一個がなんと二百円する高級品なのである。ケーキやシュークリー ムも同じくこの店で買ってきたものだ。 裕一はようやく報われたのである。 茜の行儀はあまりいいものではない。けど、普通の女の子ってこんなものだと 裕一は考えることにしている。緑とのギャップはかなりのものだが。 「ちゃんとお留守番してたか? 」 「うん、けどおじさんがなかなか帰ってこないから退屈した」 茜の声のトーンが落ちた。 「普段は残業なんて無いけど、今日は遅刻したからなぁ、特別だったんだ」 「おじさん、いつもこんな調子なの?」 「いや、遅刻したのは始めてだ」 「へえ」 「月曜からはちゃんと六時には帰ってこれるようにするから」 裕一はキッパリと契った。 「じゃ、わたしもね、おじさんが遅刻しないように、おじさんより早く起きて 毎朝起こしてあげるようにしてあげる」 裕一は感心した 「妻の鏡だ」 「どうだ、高校卒業したらおじさんの奥さんになってみない? 」 裕一はおどけた顔してそう言った。 けど茜は、裕一の妻になる気はないみたいだ 「おじさんの奥さん・・・・・・ わ たしがいい女になる前におじさんがあの世に行ったらシャレになんないよ」 確かに六年後に結婚したとしても裕一は50を越えてしまう。生殖能力に疑問 が残るところだ。 「おじさんにはね、それなりの熟れた女が必要だと思う」 「なかなかオマセなことを言うな、茜ちゃんは」 レディースコミックの中身だって理解できる世代だ。こういう洒落た言葉の一 つくらい平気で口から飛び出してしまう。 「おじさん、不倫なんてしないの? 」 「不倫? 」 裕一は突拍子もない発言にあ然としたが、「おじさんにはそんな危険な事する 勇気はない」という道徳的な台詞で切り返すことにした。 しかし茜は、裕一の奥底にある願望を彼女なりに想定して、そこをつつく。 「お、おいおい!」 してやったりと、茜は裕一を睨む。 裕一が表情を崩した。 「大人の世界のドロドロとしたところ、よくついてくるなぁ」 裕一は咳払いをして、茜とは別の方へ視線を移す。 けど茜は、昔のこととかよく覚えていた。 「小さい頃、おじさんところに私とお母さんがよく遊びに来たよね」 「あ、そうだったね」 「おじさんとお母さん、たのしそうにしてたじゃん。ああいうのも普通、不倫っ て言わない? 」 裕一は過去の事を思い出した。まだまだ茜が幼稚園のころだった。啓子が時々 茜の手を引いて小野寺家に遊びに来ていた頃があった。 「君のお母さんと僕は友達なの。君だって、AとかBとか、別にやるつもりの 無い男の子の友達くらい一人ふたりいるだろ? 」 「いないわけじゃないけど、それがどうしたの? 」 裕一は啓子との関係について、清く正しい説明をしてみせた。 「僕と君のお母さんは昔から気が合う仲間だったんだ。一応、僕が上司でお母 さんは部下だったんだけど、僕は私生活や仕事の悩みとかを聞いてやったし、僕 だって仕事や上司との事でよく相談に乗ってもらってたんだ」 裕一は恰好いい言葉で締めた。 「僕は好きだとか愛しているとかの次元で、野口啓子の事を考えてないんだ」 しかしこの説明は高尚すぎた。茜にとってこの説明は不満が多かったみたいだ。 「正直じゃない! 」 けど実際、裕一の言っている事は決して詭弁ではない。 「一生に一度、必ずこんな感じの付き合いを誰かとするようになるよ」 裕一はキッチンへと入っていった。 「無理しなくてもいいのに・・・・・・ 」 そう吐き捨てると、茜はテレビの方に視線を移した。次第に歌番組の方へと茜 の興味は向いた。 やっぱり、緑とは全然考え方が違う・・・・・・ 裕一はぼやいた。けど、不満なんて決してない。 実際に喋って笑って泣いて怒ったりする女の子の方が可愛いに決まっている。 裕一は茜に開放してもらったのだ。確かに緑の方がお上品だし綺麗なのだが、茜 の表情や台詞は新鮮で、及びもしないところがある。 少々しゃくに触ることはあるかもしれないけれど。 「茜ちゃん、明日は遊園地に行こうか」 「うん! 」 キッチンの中に、初々しい声が響いている。 茜は遊園地のことについてあれこれとおねだりする。大きな背中は、その注文 に気軽にはいはいと応じていた。 ★ 茜は、ヨソ様の家で上手くやっている。それはわかっていた。 時計は既に十二時を回っていた。 夫の三郎は、既に布団の中で静かに寝息をたてている。起きてこないことを啓 子は確認して、ベッドから飛び出した。 台所の明かりを灯す。炊飯器の横にあったコードレス電話の子機を手にした。 わけは、小野寺裕一に言いたいことが有ったからだ。 啓子は10ケタの電話番号を打ち込もうとした。 しかし、途中で止めた。 「こんな夜中に、迷惑よね」 啓子はいったん子機を置いて、台所の椅子に座った。 「茜は課長の側にいた方がのびのびとしてられるのかな」 水屋の中の焼酎の瓶を取り出しグラスに注いだ。 茜について考えてみる。 啓子が知るかぎりでは、茜は出来のいい娘である。親に口答えすることは滅多 にないし、勉強のことに関しても真面目な実にしっかりとした子供だと思ってい た。今回の事は寝耳に水としかいいようがなかった。家出のことを知った担任の 先生が最後まで疑っていた、これは事実である。 自分たち両親との関係も、表面上は決して悪くはないと思っている。三郎は決 して茜の事をとがめないし、啓子自身も滅多なことでは叱ったりしない。人様に 迷惑をかけてはいけないということだけしか注意らしい注意はしたことがない。 何がいけないのだろうか。一口飲んでそのことだけを考えていた。 邪推という手段を用いれば心当たりがないわけじゃない。しかしそこに結論を 持っていくことは、人として妻としてやってはならぬことだった。 自分の過失に関して考えてみる。自己批判してみる。 啓子は聡明な女だった。 「それだけは、認めたくない・・・・・・ 」 聡明であるがゆえに、自分のあやまちに関しては触れないでいた。やっぱり、 啓子は汚れることが出来なかった。 自分も、あなたも、悪くない。 特定の人物を糾弾するべきじゃない。 今後のなりゆきにまかせる。啓子はこういう結論を出した。 啓子は再び受話器を手にした。 プッシュホンの音色が誰もいないキッチンにこだまする。小野寺裕一の電話番 号をプッシュして、彼が出るのを待った。 しばらく、待った。 啓子は言葉を考えていた。 「義母さん、ごめんなさい」 九回目のコールが終わった後に、受話器から男の声がきこえた。 「もしもし、小野寺ですが」 寝ぼけ眼の裕一が受話器を取った。 押し殺した女の声が、キッチンに反響する。 「こんばんわ、夜分申し訳ございません」 「啓子! 」 裕一が目を覚ました。「啓子、こんな遅くに何を・・・・・・ 」 啓子の頭の中にいろいろな言葉が浮かんでくる。 父親の三郎の立場からの言葉も響いている。 しかし啓子は、裕一の立場に立った言葉を選んだ。 裕一に全てを託して受話器を置いた。 「課長、茜の事をよろしくお願いします」 焼酎を一気にやった。 その場で目を閉じて、朝を待つのだ。 眠っている間も、考え続けることから逃れられはしなかった。自分の中の願望 を封印する、それが精一杯の行為であり良心だと考えた。 ゆういち・・・・・・ 。 その名を言ったところで言葉を止めた。 つづく
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