連載 #3478の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
私は和藤尊。字(あざな)は慈音。先祖は中国・明(みん)帝国の遺臣だった。 和藤内が十一代前の当主だと言ったら何故、私が日本にいるか諒解していただける であろう(和藤内の父は日本人と結婚、明滅亡のとき江戸幕府に援助を求めた: 『国性爺合戦』)。医学博士である。学位は京都帝国大学福岡医科大学で取得した。 法医学の権威である若林鏡太郎博士の下で学んだ。 大学を出て、私は軍医になった。私自身は自分を日本人としか思っていなかった。 親に貰った名前を嫌って「わとう・たける」と名乗っていたぐらいだ。しかし周囲 の目は違っていた。私は、一般の日本人ならば疑われることのない愛国心を証明す るため大日本帝国軍医の道を選んだ。折良く日露戦争が勃発した。教授に頼み、軍 医の職を手に入れた。 大陸での仕事は過酷だった。戦況はロシアの圧倒的な物量に押され気味だった。 おまけに後の軍医総監になった頭の固い傲慢な、作家としても活躍した上司に手を 焼いた。彼の古くさい、もしくは見当はずれの知識のために、多くの兵士が病死し た。苦しみ悶え死んでいく兵士を前に、強固な組織の中にいた私は、為す術を持た なかった。それほど病死者は多かった。コサックよりも、機関銃よりも、我々軍医 が帝国陸軍の最大の敵だったかもしれない。 最前線に送られた。戦闘は長曳いた。励ましといたわり以外の薬は、私の手元に なくなった。指揮官は無謀な突撃を繰り返し、徒に兵力を消耗した。負傷者が無傷 の者を上回った。我々の小さな陣地は夜襲を受けた。 小銃から放たれた弾が、私の肩胛骨を貫いた。私は霜混じりのヌカルミに倒れた。 逃げまどう一人の兵士が、私の脚を踏んだ。私は痛みにノタウチ回った。立てなかっ た。骨にヒビが入った。一団の兵士が走ってくる。最終防衛線を突破されたらしい。 私を跨ぎながら、あるいは躓きながら逃げていく。私はモミクチャにされながら何 度も助けを求めた。彼らは逃げていった。 続いてヨタヨタと太った影が近付いてきた。隊長だった。隊長は士族で紳士だっ た。豊かなカイゼル髭が自慢で、いつも馬上で毅然としていた。士官待遇の私とは 親しかった。しかし、その時の彼は醜かった。目を見開き、口をダラシなく開けゼ イゼイ言いながら走ってきた。私は腕を伸ばし叫んだ。 「隊長殿っ」。彼はチラと見下ろし、イマイマしそうに私を足蹴にした。 「えぇい邪魔だ、支那人めっ」彼はヨタヨタと逃げていった。 私は蹴られた腹を抱え、悶えた。体中が熱くなった。吐き気が何度も襲った。呼 吸ができないほど苦しかった。涙が溢れた。 蹄の音がした。大日本帝国に忠節を尽くし、日本人に見捨てられ、残虐なロシア 兵に殺されるのだ、と私は観念した。音に振り向きもせず目を閉じた。いや、正直 に言おう。数分後の死よりも、現在の痛みと苦しみの方が重大事だったのだ。私は ひたすらに悶え続けていた。 「軍医殿っ、コッチへ。早く」鋭い日本語が飛んできた。私は霞み涙で潤んだ目 を向けた。友軍の騎兵士官が馬上から手を差し伸べていた。私は立とうとモガいた。 彼は舌打ちすると降りてきて、私を馬に乗せてくれた。 「しっかり掴まってろ」叫ぶと同時に彼は素早く馬腹を蹴った。後ろから幾つも の銃声が聞こえた。振り向くと、闇の中にパチパチと閃光が列をなして煌めいてい た。火を噴く銃口だ。銃弾が私の体をかすめ唸りを残して行き過ぎていく。「わぁ はっはっははっはぁ」騎兵士官は愉快で堪らないように大きな笑いを上げながら馬 を走らせ続ける。私は彼の引き締まった体に密着した。いつの間にか、失神してい た。 気が付くと本隊の野戦病院だった。私は看護兵に恩人の消息を尋ねた。看護兵は、 若い騎兵中尉だったと教えてくれたが、名前は分からなかった。やがて私は本国に 後送された。 私はロシア人捕虜の面倒を見るため、四国・松山に赴任した。松山には捕虜収容 所があったのだ。収容所といっても至って自由であった。所外への外出もできた。 地元の人々は物珍しそうにロシア人を眺めていたが、敵国人としての意識は持って いなかった。それどころか客人として、もてなす態度だった。近代国家に組み込ま れ五十年にも満たない片田舎は、民族主義とも国家主義とも、まだ無縁だった。武 器さえ持たなければ、異人は客人でもあった。 私は、気候温和なこの土地が気に入った。戦争が終わり収容所が廃止されると、 私は除隊し当地で開業することにした。私は道後温泉近くの旅館に投宿し、温泉に 浸かりながらアレコレ将来のことを考えて過ごした。蓄えも少なくなったので、私 は重い腰を上げ借家を探し始めた。何日かが過ぎた夕刻、私はブラリと酒屋に入っ た。チビチビと桝酒を舐めていると背中を叩かれた。振り返ると十七、八、オリー ブ色の滑らかな肌に、大きな烏眼を輝かせた美少年が立っていた。 「先生、お元気でしたか」収容所で私の助手だった毛利研二だった。松山中学の 小使をしながら、苦学している。 「あぁ元気は元気だが……、そうだ、君、いい借家を知らないか」 「はぁ、家をお探しですかぁ」 「うん、開業しようと思ってね。いい家が見つからないんだ」 「奇遇ですねぇ。実はウチの新任教師にも同じことを聞かれたんす。なんでも、 いい家を見つけたけど家賃が高いって。折半する同居人を探してたっけ」 「ほほぉ、そりゃ好都合だな。是非、紹介してくれたまえ」 「よござんす。ご都合が宜しけりゃ今からでも学校に行ってみましょう。今の 時刻なら多分、科学室に居るだろうし」 「化学の教師なのかい」私は立ち上がり台に小銭を散播いた。 「道々お話しますぅ」研二も立ち上がった。 少し色は黒いがポッチャリした伊予美人そのままの、お城を眺めながら私と研二 は松山中学に向かった。研二は何か考え事をしていた。上一万に差し掛かった辺り で急に話しかけてきた。 「先生。実は後悔してるんすよ」 「何をだね」 「いえね、同居人を紹介するって言ったことぉ」 「何故だい」私は立ち止まり色黒の若者を見つめた。 「あのぉ、チョッと変わった人なんですぅ。穂水ってゆぅ国史の先生っすが」 「国史? 化学じゃなかったのかね」 「国史なんですよ。代々地方の庄屋ですが母方には有名な画家の血が流れている みたいっすが」 「国史専攻で画家の血が流れていて化学室で何をしてるって」 「いや、化学の実験は単なる趣味みたいすけど……。医学雑誌に解剖学の論文を 寄稿したり、理学雑誌に煙草の灰の分類について掲載したり……。しかも国史の先 生だってのに古典文学がカラッキシなんで。僕は無学だけど小野小町の名前ぐらい 知ってますよ」 「ほぉ、穂水先生は知らなかったのかい」実際、私は驚いた。 「それだけじゃない。満開の桜を見て、何の花かって聞くんですよぉ」 「そりゃ君をカラカってるのさ」私は微笑んで見せた。 「違いますよぉ。本当に知らなかったんです。それで桜ですぅって教えたら、い きなり枝を折り取って暫く考え込みながら臭いを嗅いだり花を食べたりしたけど急 に顔を上げて、解った解った解決だぁぁ、とか叫んで何処かに走り去ったんですぅ。 いやぁあん時は驚きましたぁ」 「ふぅむ、少し変わっているみたいだね」私は遠慮がちに言った。 「変わりすぎてますよぉ。イィ人だけどさ」 「会ってみるさ」私は持ち前の好奇心が蠢きだすのを感じながら、言った。 「でもぉ」研二は心配顔だった。 「ん、別に殺人狂とかでなければ良いさ」私は冗談の積もりだった。 「……そうかもしれませんよ。いや、そうなるかも」研二は真顔だった。 「えっ、は、ははは、冗談は止したまえ」 「いえ、誰かを殺したとか言うんじゃありません。でも、例えば自分の科学探求 心のためには平気で生体実験すらしでかしそうな人なんです。……あ、アマリにも 酷な言い方ですね。でも、まぁ科学のためなら自分の体を切り刻むぐら いは、きっ と平気です。僕も今朝……」 「今朝? なんだい」 「いや、何でもありません」研二は慌てて歩き出した。 中学校に着いた。化学室に入ると魁偉な容貌の男が何かに熱中していた。私と同 年輩、則ち二十七、八だろう。身長は六尺ほどだが痩せているため、もっと高く見 える。細く鋭い顔をしているが顎は強い意志を表現するように四角く張っていた。 高く肉の薄い鷲鼻は猛禽を思わせる。秀でた額は、いかにも知性的だ。 研二が声をかけようとすると、男はキッと睨み付けながら手で制した。男は大き なフラスコに粉末を入れた。ジッと見つめている。透明だったフラスコの中の液体 が鮮紅色に変わる。男は無意味としか思えない叫びを上げ突然、長い白衣をバタつ かせながら研二に飛び掛かった。まるで獰猛な鷲が、哀れな栗鼠を捕獲したようだっ た。男は研二に頬摺りしながら、 「出来たよ。大発明だ。試薬さ。とてつもなく敏感な試薬」男は研二の腕を掴ん だまま顔を離し、言葉を続けた「今までにも人間の血液か否かを判別する試薬はあっ たが、血液が古いとウマクいかなかった。しかし、私は発明したのだ。ただの一滴 で、しかも古くなっていても判別できる試薬をね」男は暗紅色の液体が五百ミリリッ トルはたっぷり入っているビーカーを振りながら「研二君、君の協力のおかげだよ。 ありがとう。本当に有り難う。今まで犯罪を犯し発見が遅れたため絞首台に昇らず に済んだ奴等も」ここで男は西洋の役者がするように、大袈裟な身振りで胸に手を 当て深々と辞儀をしながら「この穂水式試薬の発明で、枕を高くしては眠れなくなっ た、というワケなのです」。 私と研二は呆気にとられた。私が口を開くには多少の勇気が必要だった。 「あ、あの穂水さん、私は……」ここまで言って男の指で唇を抑えられた。 「私が続きを引き取りましょう。貴方は和藤尊という中国系日本人。医学博士で すね。多分、九州帝大医学部のご出身でしょう。日露戦で軍医として大陸に渡った。 満州地方の戦闘で肩を負傷し本国に帰ってきた。寒い時期にね。開業 なさるお積 もりで借家を探してらっしゃる」 「え、あ、あの……。毛利君、君、僕の事を話していたのかい」 「いいえ、いつものことなんです。気にしないで下さい。それより……」研二は 唇を噛み締め、上目遣いに穂水を見上げ「先生、さっき一滴と仰いましたよね」 「うん、言ったよ」穂水は無邪気に答えた。 「嘘つきっ。今朝、僕を無理矢理裸にして人類のために如何しても三合の血液が 必要だって言ったじゃないかっ」研二の眼は潤んでいる。 「うん、確かに言ったよ。でも実験に使ったのは、そぉだね、三滴だったね」穂 水はシャアシャアと答え、ポケットから取り出した柄の長いパイプをくわえる。 「ぼ、僕、恥ずかしかったのに。先生が興奮した方が血の出が良くなるって言う から……。僕、嫌だったけど、先生が如何してもって言うから……」 「自分で可愛いペニスをしごいたんだったね」穂水は煙で輪を作りながら「可愛 かったよ、とっても」 「ひっひどいっ。ぼ、僕、僕……」研二は廊下を軋ませながら駆け去った。 「ははは、いや実に可愛い。そして美しい」穂水は研二を見送り、私に向き直っ た。「で、和藤尊さん。私を同居人として認めていただけますか」 私は悩んでいた。穂水が変態であるのは明らかだった。本来なら同居などすべき ではない。しかし生来、好奇心の強い私は、この男を間近に観察できるのなら多少 の危険を請け負っても良いと判断した。 「穂水さんこそ宜しかったら」 「私に異存はありません。貴方こそ私が探していた人です。いや、お世辞ではあ りません。こう見えても私は、人を見る目がありましてね」片目をつぶり悪戯っぽ く「先ほど貴方の事を言い当てて証明済みですよね」 「あ、あぁ確かに」と言って私は後悔した。先ほど彼が言った私に就いての当て ずっぽうを肯定してしまったことになる。だが私は同居するうち、彼の高慢な鼻を へし折る機会があるだろうと思い機嫌を直した。しかし、これから追々話していく ことだが、この目論見は見事に外れてしまったのだ。 (続く 積もりなんですけどねぇ)
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