連載 #3474の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
よりによってあんな夢の後にこのヒトに会いたくはなかった。 誰がなんといおうと『普通の昔の夢』だと信じたかったのだが、それは見事に、それこ そ『はかない夢』で終わった。 塚本史生は今、後部座席でぐーすか寝ているふたりの友人を心底羨ましく思っている。 葵聡貴の『予言』はぴたりと適中し、今日の運転手は史生にとって『尊敬してるけど苦 手』な永遠のサブ・コン、神月史郎だった。しかも「塚本くんはこちらにどーぞ」と助 手席のドアを示されては下手に拒むわけにもいかず、彼はがちがちになって助手席に座 っている。 「塚本くん」 不意うちをくらって彼は飛び上がりかけた。 「はいッ」 史郎は一瞬呆気にとられて、つぎに吹き出した。 「僕はそんなにおっかない奴ですか?」 「いえ、そんなことは」 かれはことごとく日本語の発音を無視した声でこたえた。 人間変われば変わるものである。神月史郎はみごとにイメージチェンジをとげたらし く、史生の知る、彼特有のあのはりつめた空気は影も形もない。かさねが『あの史郎が 怒鳴るなんて』と言うだけのことはある。今の彼をとりまいているのはひたすら穏やか で温かな空気だった。しかし、これがふたつ同時に存在していたこともあったはずであ る。逆算するまでもなく、かさねの『お守り役』とオケの『サブ・コンダクター』の時 期が重なっていたときがあったはずなのだから。『二面性』、という言葉を思い出し史 生は一人でげんなりした。史生の態度をどう思っているものやら、史郎はかすかに微笑 をうかべて続けた。 「あのあと。僕が副指揮者をやめた後だから、あの定期演奏会が終わった直後に、あな たは音楽をやめられたんだそうですね」 史生の顔が歪んだ。 「どうしてですか?あなたの才能なら世界一だって夢じゃなかった。12歳にしてあんな にすばらしい音と技術をお持ちで・・・」 「馬鹿にしてるんですか」 とつぜん史生は半身を史郎にむけて睨みつけた。史郎は驚きもしないでじっと史生の目 を見つめている。 「おれが大したバイオリニストじゃないことぐらい、あなたは重々ご承知なんでしょう ?世界一?そんなのありえるはずがないじゃないですか。あなたがいて、おれが世界一 になんかなれるわけない」 「どうしてですか?僕はバイオリン、弾けませんよ」 かれは何とも表現のしようのない顔つきになった。 そしてほとんど悲鳴のような声で6年間誰にも言えなかった思いをまくしたてた。 「あなたは、あなたはあのときもそんなことを言っていた。たしかに、2,3回目ぐら いはド素人の音だった。でも」 史生は今朝の夢を思い出していた。あれは現実にあったこと。プロの世界から離れるこ とになったきっかけ。 「でも4回目にだした音はもう、プロと大差なかった。人が血の滲むような努力をして も勝ちとり難いものを、あなたは、あなたは・・・っ」 まわりからは「神童」と呼ばれ、なんでも「一番」だった彼の最初の挫折が、何より自 信をもっていた「音楽」だった。 「あなたの存在は脅威だった。あなたを知って、是が非でもあなたに勝ちたかった。お れだって曲がりなりにも『神童』と呼ばれてきた人間、勝てないはずなんかなかった。 なのに、ないはずなのに、あなたのような音はでなかった。毎日必死になってピアノの レッスンをした。弾きつぶすほどレッスンしたのに」 史生はふるえる拳を握りしめ、辛うじて押し殺したような声をだした。 「あなたのような音は『だせなかった』・・・」 信号が青になった。史郎はゆっくりと車をだす。そんななか、後部座席のふたりは不自 然なまでに熟睡している。力尽きたようにうなだれている史生に、史郎は静かな声で話 しかけた。 「ひとに勝とうと、一生懸命努力することは大切だと思います」 史生は何の反応も示さない。かまわず史郎は続ける。 「でも何でも一番になろうとして躍起になると、まわりがみえなくなって自分の才能さ え潰してしまう。僕も似たような経験があるんであまり偉そうなことは言えないんです がね」 彼は苦笑をうかべている。 「似たような経験・・・?」 不信げな表情で史生は彼をみた。苦笑はそのままで史郎はちらっと後部座席のかさねを みる。 「でもだからこそ実感をもっていえることがあるんです。何でも一番になろうなんて考 えないで、もっと肩の力をぬいて、あ、抜き切ったら人生おしまいですよ?」 「・・・・」 「適度に力をぬいて、自分の能力を伸ばせばいいんです。あまりまわりのことは考えず に。・・バイオリン、完全にやめちゃったわけじゃないんでしょう?」 「え?」 「史生くんは本当にバイオリンがお好きのようでしたから。プロからはなれても、バイ オリンからはなかなか離れられないんじゃないかと思って」 「・・・はい」 「よかった」 彼はにっこりと笑った。 「それならいいんです。プロのバイオリニスト目指したいって思ったら、またその時に オケにもどればいいことですし。僕も力になります」 「・・神月さん」 ハメられたと思った。 彼は『歩く自白剤』。今更ながら気づいたのだ。恐らく、史生の溜めこんでいた気持ち なんか6年も前からお見通しで、ややほとぼりがさめたのを見計らって、あんな台詞で 水をむけたに違いない。 「・・もしかして今、タダでカウンセリングしませんでした?」 「診察室のソトではカウンセラーしない主義です」 史郎は明るく笑って否定した。 「ところで」 彼は静かに車をとめた。 「神月さん?」 車一台通っていない道路。あきれるほどに静まりかえっているさまは、早朝とはいえ、 不自然極まりないものだった。 「史生くんは『コレ』をどう思われますか?」 緊迫感のカケラもない声で彼は史生に水を向けた。 「だれかが故意に結界をはって、ご丁寧にも使い魔まで差し向けてくださって、しかも 当人はどこかで高見の見物ってところでしょうか」 史郎は実に楽しそうに笑った。 「さすが。かさねさんがおっしゃっていらしたんですが、史生くんは『真言宗』のお坊 さんなんだそうですね」 「ええ、家が寺なもんで」 史郎の『あったかムード』にいい加減影響されて、史生も笑った。 「その『力』でずっとかさねを護ってきたんですか?」 史郎はすこし笑った。 「僕は『天奏』じゃないですから、たいしたものはもっていないんですが」 あたりが暗くなった。真っ黒い塊が、昇りはじめた朝日を侵食する勢いでまっすぐこち らに向かってくるのがはっきりとみてとれる。 「この程度なら3秒で消せますよ」 数えきれないほどの『鳥』の群れ。 史郎はにやりと嗤ってカウントをとった。 「3」 もう10メートルもない。凄まじいまでの速さ・・! 「2」 無数の爪が、嘴が、物凄い鳴声と羽音を伴って目の前に迫った。青白い炎の揺蕩う無機 質な眼、眼、眼。史生は顔を背けた。 「1」 パチンと史郎が指をならした。ギャアッ、と凄まじい鳴声が耳を劈く。縺れあうような 無数の羽音。ふいに、それらが不自然に止んだ。 史生はゆっくりと顔をあげた。そこに史郎の穏やかな微笑を見いだして、心もちほっと した思いで外に目をむけ、そして瞠目した。あたりは何事もなかったように明るくなり つつある。そのおだやかな光のなか、数えきれないほどのおふだが道路を覆っているさ まがあざやかに浮き彫りにされていたのだった。 「まったく、お掃除、誰にさせるつもりなんでしょうね」 史郎はおもしろくもなさそうに言った。 「まだ、結界は・・」 「ええ、そのままです」 史郎は眠っている襲の顔をみながら続けた。 「旅行の出だしからちょっかい出してくるようじゃ、先が思いやられますね。史生くん といえど、このお二人を護りながらっていうのは大変じゃないですか?」 史生はうなだれた。 「ほんと・・。かさねは目の前でコトがおこっても妙な理屈で片付けて、そのくせ影響は 人一倍だし、聡貴は信じてくれても、こんな『力』ないし。それが普通なんだけど」 史郎はにっこり笑った。 「やっぱり、まだお気づきではなかったんですね」 「え?」 「襲さんの頭のうえ、何か見えませんか?」 「かさねの頭のうえ?」 史生は後部座席の襲をふりかえった。 「あ」 大きなしろい霧のようなものがかすかに目にうつる。 「トリ?」 「そのつもりです。史生くんのいう『使い魔』ですよ。いまからこの『トリ』さんを使 ってこの結界を破ります」 「破るって、神月さん」 「旅行中にまたむこうからちょっかいだしてきたら、この『トリ』さんも使ってくださ いね」 「はあ・・・でも」 どうやって、といいかけて彼は口をつぐんだ。史郎が動いたのだ。 「式鬼」 ばさっと羽音がして、前にさしだした史郎の左腕に白い鷹がとまった。 「翔!」 白鷹が凄まじい勢いで外に飛翔する。そのむこうに、再び『鳥』の使い魔が生じ、黒い 『魔』と白い『魔』が真っ向からぶつかった。史郎はさしうつむいて印を結んだ。 「臨、兵、闘、者、皆、陳、裂、在、前、破!」 ざあっと空間がゆれ、白い『魔』が黒い『魔』の身体を突き抜ける。びしいっと音をた ててプラズマがはしり、『何か』が破裂した。 「こわれた・・・」 史生は唖然として先程までふたつの『魔』が在った宙をみた。そこはもう、明らかに先 程までの空間とは別個のものだったのだけれど。 「今の、陰陽の術ですか?」 史郎は車と車の流れにうまく入りこみ、再び運転を開始している。 「いいえ、あれはただ、精神を集中させるための『儀式』みたいなものです」 「儀式、ですか・・」 「なにも陰陽の呪文でなくても、自分が一番集中できる言葉なら何でもいいんです」 「じゃあ、さっきの『天奏』じゃないからっていうのは、これ以上の『力』を『天奏』 の一族が持っているってことなんですか?」 「『ふつう』なら、ね。天奏の一族は、これはまあ、日本史を習えば嫌でもわかること なんですが、いろーんなひどい事をしてきたわけです。錆びた刀で敵の首をその奥方の 目のまえで斬り落としたとか。色々と。その一族の直系として、そういう怨霊から身を 護るため、ほとんど生れつき護身術のようなものとして『力』が存在するんです。しか し、その直系でありながら、かさねさんにはその『力』がない」 「どういうことですか?」 史郎は車を走らせたまま答えた。 「本来なら、ちゃんと存在したんです。その『力』が。それがどういうわけか突然使え られなくなってしまわれて。それどころかその存在、つまり第六感の存在までも信じな くなってしまわれて。ですから、今のかさねさんにその『力』を求めることはおろか、 信じさせることもできませんよ」 「答えになってないですよ」 史生は問いつめるような眼差しで史郎をみた。史郎は小さく息をついた。 「僕も本当にわからないんです。『お城』にいってから、おかしくなったって事しか」 「ぐえっ、ぐ・・・はぁっ」 男は割れた鏡を震える息でみつめた。年はせいぜい18、19か。陸の孤島のような山奥の 洞窟で、陰陽術者きどりの白い着物に正装した彼は、先程かさね達一行に『式神』を送 りつけた張本人だった。術をあっさりと返されてのた打ち回っていた彼は霞む視界の向 こうで、正確には割れた御神鏡のなかで、ほほえむ美姫に気づいた。 「ゆ、由貴野姫さまっ」 男は今までの苦しみも忘れ、平服した。 『天奏を侮ってはならぬ。あれはヒトの皮を被った化物じゃ。・・わたくしは化物の子を 宿し、心ならずもその血がいまの天奏に至っておる・・・』 姫君は耐えがたいというように目を伏せた。 「は。存じておりまする」 時代劇さながらの言い回しで男は答えた。 『《碧見》の名にかけて、わたくしが受けた辱めと、後世に残してしまった天奏の血を おぬしが消してくれると信じています。皐月よ』 「ははっ」 『おぬしは、わが《碧見》の血を引くもの。そちの陰陽の術で天奏を消すのじゃ』 すっと鏡のなかから由貴野姫の姿が消えた。 「・・・おれは天奏を滅ぼさなければならない。これが、おれの使命なのだから」 爛々と瞳をぎらつかせ、かれは優越感のままに微笑んだ。 「おれは《碧見》家に忠誠を誓う。・・天奏を消す・・」
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