連載 #3312の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「今日も、だめだったね」 井上町子(いのうえ・まちこ)が言った。 「そうだな、俺達には才能がないんだろうか」 凡野凡(ぼんの・ぼん)が言った。 セミの鳴く、芦神宮駅前公園。安物の小さなキーボードを持った、井上町子と、 ヴォーカルマイクを持った、凡野凡は、見つめ合い、そのままうなだれるのであっ た。 ☆★☆★☆ 兵庫県芦神宮市、花宮南商店街。この物語の基本的な舞台となっている、福良 書店には、いつものように、岡史満、福良愛子、そして小学生、高野太郎の三人 が、暇な店内で、うだうだと、うだ話をしていた。 「こう、なんていうか、活気づくようなことがないもんかいな」 史満が言う。 「活気ねえ。シマちゃんも、随分、らしくないことを言うよいになってきたわ ね。冷夏のせいかしらね」 「わしは、異常をきたした男か」 愛子の毒舌にも、もはや慣れたという感じの、史満である。 「それにしても、最近、涼しいよね。僕ん家なんか、クーラーが故障しちゃっ てるけど、なおす必要ないぐらいだもんね」 太郎少年が言う。 「うんうん、うちの店もちょっと、クーラーゆるめようかしらね。なんだか、 寒くなっちゃいそ……」 「どうした? アイコン」 ぴたりと動きを止めた愛子を、史満が案じる。 「ねえ、なんだか、異様な冷気が伝わってこない?」 「そう、言われれば……そんな気も」 愛子のいるレジの方を向いて話している史満は、ふと、背中に冷たい風のよう な、なんともいえない空気を感じ、振り返った。 「どひぃぃぃっ」 「うひゃっ」 「ぎへえええええっ」 神戸のできたて遊園地のCMでの、ダチョウ倶楽部のように、次々と悲鳴をあ げる三人。無理もない。史満達の真後ろに立っていた、若いカップルの客からは、 全体的な像がぼやけるほどの、青白い空気と、冷気が漂っていたのである。その 姿は、まるで幽霊、というより、いかにも幽霊であった。 「すみませーん……ここ、インディーズジャーナル置いてますかー?」 カップルのうちの、男の方が言った。 「い、い、いんでぃーずじゃーなる、ね。音楽雑誌ですね。え、えーと、今月 号は売り切れてしまったんですけど」 うろたえつつも、ちゃんと接客するあたりは、さすがに福良書店の看板娘、愛 子である。 「そうですかー」 「あれ?」 その、いかにもネ暗なカップルの顔を見て、太郎が首を傾げた。 「もしかして、芦神宮公園で、ライヴをやってる人ですか?」 「芦神宮公園で?」 意外そうな声で、愛子が言う。 「はあ……知っててくれましたか。いやあ、うれしいなあ」 カップルの男の方が、あまりうれしそうな顔をせずに言った。 「やっぱり。何度か、芦神宮公園で見掛けたことあったから」 太郎が、手柄を立てたように胸を張った。そんなたいしたことでも、あるまい に。 「バンドの方ですか?」 「いえ、バンドっていうか、二人で、ユニットでストリートライヴをやってる んですよ。彼女がキーボード、僕がヴォーカルで」 「ほーお」 史満は、感心しつつ、これで暇つぶしの相手が出来たかな、と思っていた。 「どんな感じの音楽ですか? やっぱ、ギンギンのロックか何か?」 古臭い言葉を、愛子が使った。 「いえ……よかったら、聞いていただきますか?」 「あ、どうぞ聞かせてください。店内、客いないし暇だし。あたしの家だし」 やった、暇がつぶれた。と、史満は思った。 ☆★☆★☆ こほん。 一息ついて、女、井上町子がキーボードの電源を入れる。電池式の、本当にオ モチャのようなキーボードだ。 やがて、キーボードから、プーカプーカと、まぬけな音が流れる。 凡野凡が、大きな口を開ける。 『米がない……ご飯がたけない……米がない……みそもない……貧乏、貧乏、 貧乏生活は……やみつきになると……ぬけだせなくなるぅぅ』 ☆★☆★☆ 「てな感じの歌なんですが」 歌いおえて、汗びっしょりになった凡野凡が言った。そんなに熱唱していたと も思えない。どうやら、単に汗かきなようだ。 「なんか、グサグサくる歌やなあ」 貧乏を自負している、史満が言う。 「なぜか、僕らのユニットは、まるで人気がなくって……。他にも芦神宮公園 には、ストリートミュージシャンがいっぱい集まってるんですが、僕らだけは、 誰も聞いてくれようとしないんです」 「まあ……そりゃあ、ねえ。ミニキーボードだけで、地味だし。曲調も暗いし、 ナウなヤングには受けないかもねえ」 またまた、古臭い死語攻撃をかます、愛子である。 「どうしたら、いいでしょうか」 切羽詰まった顔をして、町子が言う。あまりにも、あわれだ。 「しかし、他にできる楽器はないんかいな」 「僕は、たて笛と、カスタネットと、トライアングルぐらいしか……」 「私は、キーボードと、タイコぐらいしか叩けません」 「うーむ」 ますます、どんよりと暗くなっていく。 「ねえ、シマちゃん。なんとか、彼らが注目される方法って、ないかしら」 「そうやなあ、注目か……」 ☆★☆★☆ 次の日曜日。 芦神宮公園には、沢山のストリートミュージシャンが集い、その中でも、凡野 凡と井上町子の周りは、異様な熱気に包まれていた。 左手にカスタネット、腰にトライアングルをつけ、右手にたて笛を持った、凡 野凡。 首から弁当売りのように、キーボードをぶらさげ、お尻にタイコをくっつけて いる、井上町子。 町子がまず、キーボードを弾き始める。自分のお尻のタイコを、自分のカカト で蹴りあげ、同時に打楽器の音を出す。 凡のヴォーカルが入る。 『米がないぃぃぃ』 すぐに間奏に入ると、凡はたて笛をふき、左手でカスタネットをならす。そし て、左手のスナップをきかせて、腰のトライアングルまで鳴らしてしまう。 二人のスーパーテクニックに、観客がドッとわく。 「どうだ、注目はされてるみたいだぞ」 陰から見守っていた、史満が言う。 「横山ホットブラザーズ……」 愛子が、訳のわからない言葉を発する。 まあ、とにかく、今日も平和なのであった。 (つづく)
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