連載 #3248の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
帝都は組織的・計画的に差別者を作り出す、差別者製造工場だった。 信一は20年 前に差別者の素材として仕入れられた。 帝都は仕入れるに当たって、素材としての適 正を充分に吟味し、組織的・計画的に生産計画が立てられていた。 そして、どの工程 で誰がどのように仕組み、何を口実にどういう手順で組み立てるか。 恐ろしい程念に は念を入れ計画されていた。 そして、素材が到着すると、受け入れ係にて、早速第一 撃のハンマーが振り下ろされた。 入都時、局の人事担当の長谷部から「あなたは経験があるので辞令はそうなっ ていますが、後で遡って1号奉上げますから。」と言われ、年齢のハンディーを 負っていた信一は気をよくしていた。 ところが20日経ってもそんな話がない ので、その人事担当者のところへ聞きに行くと「いや、嘘言って済みません。 間違いでした。」と言われた。 ショックを受けてその場を立ち去ろうとする信 一に更に陰で「何んにも言えないな」と低く暗い声で呟いた。 信一はこれは明 らかに自分を陥れるための計画的な苛めだと思った。 〜期待を持たせて落胆させ意欲を殺ぐ戦術〜 差別者は差別村と言われる地盤沈下防止係で第一工程の加工が施された。 ・事務量が多いにも係わらず、人も予算も不当に少ない。 ・地下水揚水量報告書の集計を例年ならアルバイトを雇い行なっていたのが、今 年は信一1人でやらされたこと。(信一はこのため酷い肩凝りに何ケ月も苦し むことになる) ・給与の内、特別手当が支給されず、旅費が他の係より少ない。 ・和田係長が冷たく情けないのは、長年(普通、人事異動は3年毎にあるのに、 彼は入都以来この係にいた)のそのしわ寄せによって、そういう人間になって しまったのではないか。 そして、更に多数の作業者により、次々に何回も何回もハンマーによって叩かれた。 「まだ、潰れないか、これでもか」 「まだ、潰れないか、これでもか」 「まだ、潰れないか、これでもか」 ・課外からもわざわざ来ては「技術屋、技術屋」と馬鹿にし、あざ笑い立ち去っ た。 〜けなして意欲を殺ぐ戦術〜 ・新任研修がない。後で分かるのだが、どういうわけか1年後になってしまった 。 そういう扱いを受けていた信一には、これも差別と感じた。 〜差別的扱いにより意欲を殺ぐ戦術〜 真夏の明るく活動的な晴々しい陽気であった。 この所、梅雨は中休みで連日蒸 し暑い日が続いている。 しかし、その陽気と打って変わって、私の毎日は何と辛 苦で充満していることだろう。 事実上、東光電気当時以上の酷い環境で、自分で も信じられない程である。 これは入った当時からで、まず、江口課長である。 まったく悪いことを侵していない私を、しかも、非常に一生懸命与えられた仕事を なしている私を、陰で悪く言って、陥れようとしているのだ。 まったく、理由が 分からない。 この間の送迎会のときもそうであった。 会が終わった後、まるで 私に当て付けるように、他の新入者だけを食事に誘った。 私以外はえこひいきさ れ、私だけが無視された。 まったく、理由が分からない。 彼は根っからの悪人 なのだろうか。 いや、あれ程までの悪人の存在など到底信じられない。 そして、和田係長。 彼は絶えず咳払い(特に汚らしく、大きな)をして、嫌が らせをするんだ。 そして、陰にこもって何やらたくらんでいるように感じられる 。 それは顔に象徴されている。 帰りに挨拶をしても、一度として答えたことが なかった。 (それはその日の私の行いに関係なく) だから、この頃は余り挨拶 しないようにしている。 今日は朝も挨拶しなかった。 そして、彼は私を雑用に こき使うのである。 酷く冷たい男である。 その顔にはまったく温かみがない。 まったく、人間という感じがない。 あることが信じられない程である。 彼に はまったく同情心がなく、一言として相談できる相手でもない。 むしろ、逆に私 を陥れようと、虐め、脅かし、こき使ってきた。 そして、すぐ上の上司の高田。 この男も同情心がないことでは同様で、やはり 、昇任試験の邪魔をするほうであった。 そして、彼はスパイ屋である。 昼休み 、喫茶店で私が言ったことなどを、故意に曲げて報告しているようなのである。 そして、それは江口課長へと伝えられた。 彼も正しく私を陥れようとしている内 の1人で、和田係長、江口課長の手先と言っていい。 そして、課の他の連中も同 様に血に飢えた狼である。 何か私の隙を見つけては、嘲り楽しもうという連中な のである。 今まで余りにも辛いことに耐えてきた私なので、何とか持ちこたえて いるが、しかし、この3日位は、帰りの電車で涙ぐんでいる程であった。 私は人には優しく親切に努めているのであるが、他人からは冷たく意地悪くされ る。 この2、3日は特に私が変わりつつある日である。 (昭和48年7月5日木曜) そして、以後の工程の下地となる、特殊加工が施された。 その加工は簡単で加工が 終わっても何の変化も起こらないが、後になり素材から火が吹き出し、素材を潰しやす くする、手の込んだ加工だった。 ある日上司から突然に、信一が見たことがない器具を見せられた。 そして「 これやりますか」と意向を聞かれる。 信一はその意味が良く分からなかったが 、上司の専門から多分「あの仕事かな」と気付く。 しばらくして「そういう専 門的な仕事は合っていないから」と答えた。 以後、この件については、課内で は誰からも何も言われなかった。 昭和49年4月、前年から1年遅れの新任研修があった。 どういう訳か差別の話が 出た。 新任研修にはまったく不似合いな話だった。 話は短く、ただ単に「それがど こにあるか言うこと自体が差別を広げる。」というような趣旨のものだった。 今まで に聞いたこともない話だった。 今思えば「これからお前を差別者に仕立て揚げるぞ」 ヨウジ
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