短編 #1297の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
おれは振り向きざま、デザートイーグルの引き金を絞る。 夜の闇を貫く轟音が響き、357マグナムのホローポイント弾がしつこく追 いかけてきていた制服警官の脳蓋をぶち割った。巨大な鉄槌が振るわれたよう に、警官は地面へ叩きつけられる。 闇の中で真紅の飛沫を飛び散らせたそいつの後ろにいる警官は、リボルバー を撃った。乾いた音が響き、威嚇の銃弾がおれの頭上を飛び去る。おれは再び デザートイーグルの凶弾を放つ。顔面を粉砕された警官は狂ったダンスを闇の 中で演じ、沈んでゆく。 後ろに続く警官たちは、さすがに恐怖を感じたのか一瞬凍りついた。おれは 傍らに立つ女の手を引いて、走り出す。 女の喘ぎ声を背中で聞きながら、おれは夜の闇の中を走りぬけた。やけに闇 がねっとりと絡みつく、蒸し暑い夜だった。とても12月の終わりだとは思え ない。 今の東京は夏にはマラリアが流行し、地下道には毒蜘蛛や熱帯のアナコンダ が巣くうありさまだ。真冬なんてものはとうの昔に消え去った。 おれたちは、神の墓標のように巨大に聳え立つ摩天楼の谷間の、首都高速の 高架下にある小さな空き地に辿り着く。獲物を探す猟犬たちの遠吠えのような パトカーのサイレンは少し遠ざかったようだ。 おれは剥き出しのコンクリートの上に膝をつく。後ろで女が地面に倒れ臥し た。女の腹の下から鈍い輝きを放つ血がゆっくりと広がってゆく。真紅のビロ ードをゆっくりと広げてゆく様にも似ている。 おれは、女の頭を抱え上げる。女は目を開いてはいるが、何もみていない。 「おい、メアリー」 おれは女に声をかける。女は一瞬だけおれを見た。 「今、何時かしら」 「真夜中の12時を少し回ったところだ」 女は微かに笑った。 「じゃあ、クリスマスね。メリークリスマス。ああ、雪が降ってきたわ」 それが女の最後の言葉だった。息をしなくなった女を放り出し、空を見上げ る。泥を塗りたくったような灰色の空は、到底雪なぞ降らしそうにない。 おれは女の顔を見る。そいつはメアリーと名乗ったが、顔はどう見ても南方 系の東洋人であった。 女の母親はスネークヘッドを利用し南方系のルートを通って日本に密入国し ようとした中国人である。途中で女の母親はミャンマーのゲリラに捕まり50 人の男たちに犯された。すでに日本に来て実業家となっていた亭主が身代金を 支払ったため解放されたが、女の母親は日本についた時に身ごもっていたため 亭主に捨てられる。 女はその子を産んでメアリーと名づけた。父親は50人のうちの一人。その メアリーを新宿歌舞伎町は必然のように受け入れた。 「メリークリスマス」 突然、背後から声をかけられ物思いに沈んでいたおれは慌ててふりむく。鋼 鉄の猛禽であるデザートイーグルを構えて。 そいつは、黒い長衣を身に付けていた。長身で戦士の体格を持つ男だ。 そして鍔広の帽子を被っている。肌は黒く闇の中で塗れたような輝きを放って いた。唇は厚く、鍔広の帽子の下から闇に潜む獣の黄色い瞳がこちらを覗って いる。 そいつの格好は神父のようにも見えた。ただ、十字架を胸に下げていないだ けだ。 「残念なことをしたな、その女」 黒衣の男はそうおれに、囁きかけた。ゆっくりと近づいてくる。おれは、デ ザートイーグルの銃口を下げた。 「何の用だ」 「しかし、悲しむことはない。今宵は聖夜だ。奇跡が訪れる。いや、奇跡を為 す者がこの地へ訪れる。喜ぶがいい」 おれが苦笑した瞬間、背後で人が呻くような声がした。振り向いたところに いたのは、漆黒の羽を持つ鳥。烏である。 ばさっと烏が羽ばたき舞い上がったところに一人の男が現れた。薄汚れた白 いコートを見につけた、やけに痩せたその男はエレキギターを首から吊るして いる。 男を出迎えるように烏は飛び、男の肩に止まった。背に黒い羽を得た痩せた 男は、エレキギターをアンプに繋ぐ。どんな変態プレーの結果なのか両手と両 足に五寸釘が突き刺されていた。赤い血がコンクリートへと滴る。そして血は ギターの弦を紅く染めていった。 いつのまにか空き地の片隅には、アンプとドラムセットが並べられている。 薄汚れた蛍光灯の光が、そのステージをささやかに照らし出していた。 痩せた男はギターを構え、狂気を湛えた瞳でおれの目を見る。ベースを抱え た男とドラムのスティックを持った男があとから現れた。 おれの後ろで黒衣の男が囁く。 「その女を愛しているか」 「ああ」 おれは夢の中でしゃべるように、ぼんやりと黒衣の男に答える。 「その女が生き返ってほしいか」 「ああ、そうであれぱいい」 「では望みをかなえようではないか」 轟音のようにギターが咆哮する。頭に銃弾を叩きつけるようにドラムがリズ ムが刻みだした。凄まじいまでの音の氾濫。カオスが摩天楼の谷間へ降臨して きた。 おれの背後で黒衣の男が囁きかける。 音の洪水に溺れていても、おれはその声をはっきりと聞き取った。 「始原の神イーボイーボの息子、真なる救い主イエスがおまえの前に立って歌 っている。その歌を聴け。わかるだろう、その歌が始原の神話の時からたち現 れてきたのが」 おれは黒衣の男が何を言っているのかは理解できなかったが、足元でメアリ ーが痙攣しだしたという事実だけはあっさりと受け入れていた。 「聖夜を喜びたたえるがいい。神はおまえの前に降り立たれた。偉大なる時の 循環は今宵そのサイクルを終え、新たなるサイクルへと突入する。すなわち、 始原の時の再臨」 「馬鹿な」 おれは呟く。 「歌で人を生き返らすなんてできる訳がない」 「音楽とはなんだ。いや、そもそも言語化される以前の人の思考とはなんだと 思う。それはシノプシスを流れる電気的現象の総体だとでも思うか?もちろん 答えは否だ。電磁気的なある事象を生じさせるには特有の電磁気的場の複合体 が必要だ。つまり思考の原始的レベルにおいては、ある種の電磁気的な場の特 性、いいかえれば空間の歪みというものが必要となる。その無数に生成され変 化してゆく時空の歪みを生命現象といいかえてもいいのだが、それはある特定 の波動関数によって表現可能だ。その波動関数と音による空気の振動とは相似 的関係にある。もっとひらたくいえば、両者はシンクロしひとつの形態を完成 させる。それが音楽だ」 おれの足元でメアリーが身を起こす。その全身は細かく痙攣し続けており、 そして変化をはじめていた。 開かれた瞳は赤く輝き、どろりと吐き出された舌の先端は二つに割れている。 白い二つの双球である尻の間から、巨大な蛇が這い出すように尾が延びてゆく。 「世界がクオークの嵐というべきカオスの中から立ち上がってくるのはその世 界を見つめる眼差しが必要であり、眼差しの背後に潜むものは特定の波動関数 に繋がる時空間の歪みである。いいかい、世界は時空の歪みの特性によって生 成され変化してゆく。それは音楽によって世界が生成され変化していくことと 同様であるといいかえてもいい。つまり、世界がどのような波動関数に向かっ てカオスから収斂してゆくのかを決定するのは、音楽なのだよ。我々は救世主 イエスの歌に導かれ、新たなる世界へ向かっている」 足元でメアリーの背に羽が現れる。それは巨大な龍の羽であった。メアリー は官能的で異形の美しさを持つ存在へと変わってゆく。 「我がイエスはその聖なる歌によって、おまえの愛する女を生き返らせた。お まえはその代償を払う必要がある」 メアリーは歌い始めた。獣の咆哮のように美しく戦慄的な歌。すべてを超え 魂の深淵につきあたる歌。 「甦った女は聖母マリアとなる。その女の子宮を貸してもらいたい。時は循環 し創生の時がくる。われらがイエスは処女マリアより再び生まれなおすのだ」 おれはデザートイーグルを構え、痩せた男の狂気を湛えた瞳の間を撃ち抜く。 死のロジックは冷徹に音楽を貫き、撃ち殺した。 おれは背後の男に呟きかける。 「神にだっておれの女を犯させるつもりはない」 おれは振り向く。そこに黒衣の男はいなかった。 静寂が降りてきた。蒸し暑いねっとりとした夜。足元には二つの死体。おれ の女と薄汚れた浮浪者の死体。 気がつくと、空き地はパトカーによって包囲されていた。 ぎらつく光が浴びせられる。 ウィンチェスターのボルトアクションライフルがジェラルミンの盾の後ろか ら突き出された。おれはゆっくり一歩前へ出る。 デザートイーグルを構えた。歪んだ光に向かって、銃口を向ける。
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「短編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE