短編 #1108の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
おれは、苦痛の中で目覚めた。 金属質の破壊音が鳴り響く派手な苦痛。 おれは、獣の呻きをあげる。 おれは、途轍もなく深く昏い闇の底から浮上してきたようだ。そして今おれの 味わっている苦痛は、おれに震えるような喜びをもたらしている。 (おれは生きている) 苦痛はどうやら顔面に拳が浴びせられている為らしい。 おれは血を吐きながら、身体を回す。おれを殴っているやつは、おれに馬乗り なっている。うつむけになったおれの後頭部に、さらに拳が浴びせられる。 おれは意識が昏くなるのを感じた。おれは呻く。冗談じゃない。あの闇の中へ 戻るつもりは無かった。 おれの首に腕が回される。おれのその時の動きは本能的なものだった。おれは、 その腕に噛みついていた。 背後にのしかかっていたやつが離れる。おれは立ち上がった。 途方もなく広い場所におれは立っていた。光、歓声。それに絶叫。 そこは、リングの上だ。おれにとって馴染み深い場所。おれにゆっくりと記憶 が戻ってくる。傍らにいるレフリーがおれに注意しているようだ。 おれは思わず怒鳴った。 「うるせぇ、すっこんでろ」 おれは、腹を見る。おれの記憶では腹を刺されたはずだ。燃えさかる炎が腹に 宿った苦痛の記憶。それがおれには残っている。 (あんたは死んだんだよ) おれの中で声がした。 (あんたはやくざに刺されて死んだ。もう30年以上昔のことだ。なぜ今更おれ の身体を乗っ取ったんだ) 「これはおれの身体じゃない」 どうやら憑依というやつらしい。目の前にいる男が叫んだ。おれ、というかお れが身体を乗っ取った男が戦っていたらしいそいつは、何か抗議しているようだ。 そいつは日本人ではなかった。といってもおれがかつて戦った白人とも黒人とも つかない。 (ブラジル人だよ、そいつは) おれの中で声がする。 (あんたの相手じゃない、おれの相手だ。消えろよ) 「あいにくと、どうやって消えればいいのかおれには判らねぇ。それによぉ」 面白そうなやつだった。 目を見る。 いい目だった。 殺す目。殺せる目。おれの全身に心地よい波動が走る。 (ブラジリアン柔術といってもあんたにゃ判らんだろうが、400戦無敗らしい) 「知ってるよ、バリトゥードだろ。こんなに面白れぇやつがいるたぁな」 とてつもなくいい女を目の前にしたように、身の内からぞくぞくと立ち上って くるものがあった。おれは笑った。野獣の笑み。血に飢えた欲情のようなものが、 おれの表情を歪める。 やつはおれの気を受け流す。本物だ。 「続きをやろうぜ、あんた」 やつは少し下がった。傍目にはやつが気圧されたか、怯えたかのように見えた だろう。しかし、やつの目には一見、闘志もなく、恐怖もない。ただ、戸惑いは あるはずだ。 無理もない。何しろ目の前の相手が身体はそのままで、中身は別物となった訳 だ。400戦を戦ったにしろそんな経験は無いだろう。無敗ということは、勝て ると判断した男としかやらなかったはずだ。おれの乗っ取った男にも勝てると判 断したのだろう。なら、今のおれはどうか。おれを殺せるのかおまえは。 やつは退がっていく。 それに合わせて、おれは前に出た。 やつはコーナーにつまった。 一見、おいつめられたように見える。 しかし、やつは誘っていた。つまり、おれに勝てるとふんだのだ。おれに。 この、おれに、だ。 気がつくと、おれは咆吼していた。獣の叫び。 やつは、少し笑ったように見える。 おれは体勢を低くした。相撲のぶちかまし。おれにできるのは、多分それくら いだった。 おれの身体が流れる。マットにおれの吐いた血があった。それに足をとられた。 アクシデントはやつに災いした。やつは、おれをかわすつもりだったのだろう が、予想のつかない動きをおれがしたため、おれの拳がやつの急所に入ってしま った。 ファウルカップをつけているのだろうが、やつはのけぞって倒れ、後頭部をロ ープでうつ。レフリーが制止に入るが、おれはそいつを投げ飛ばし、やつを引き 起こす。 おれはやつの頸動脈に手刀を叩き込んだ。一時おれの代名詞となった技だ。 二発、三発。 やつの目はうつろだ。 そのままやつの頭を抱え込む。 ブレンバスターの体勢にはいった。 やつの身体を抱え上げる。 高く、高く。
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