短編 #1090の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
2300時を過ぎると、パソコンのディスプレーが一度、点滅する。 省電力モードに入ったことを視覚的に知らせているのだ。もちろん、遊歩本人がそう 設定しただけで、不思議な現象というわけではない。 ただ、今回は点滅したあと、画面に人の笑い顔を見たような錯覚を覚えた。だから 遊歩はモニターをしばし見つめ、異常がないのを確認してから、ショートカットキー を押した。 『cotl+A+D+N』の4キーが一度に押される。 「ドリーム・ネットワーク、アクティブになります。起動接続まで15分」 やや抑揚の欠けた音声がモニタースピーカーから流れる。流暢な日本語より、ロボ ットが話してるような機械的音声が好みだった。 ひとつため息をついてから、戸締りを確認する。マンションの8階とはいえ、油断 はできない。泥棒はどこからでも侵入するのだ。ベランダーの二重ロックを指先と声 で確認し、ホームセキュリティのバックアップ電源のバッテリー残量も確認する。ド アの開閉スイッチにセフィティロックを掛け、赤外線探知システムを随時、オンにす る。 ボタンを押し終わるとベッドサイドに到着している。 遊歩はTシャツとジーパンというラフな格好から、生まれたままの姿へと全てを脱 ぎ捨てた。ベッドとは長年の慣習でそう呼んではいるが、正確にはドリーム・ネット ワークの端末に過ぎない。フローティングタンクが商品名だが、通り名はドリームベ ッドだ。 フローティングタンクの上部フードは上に開いている。身体を横たえると、フード は閉じる。淡色の光の羅列が順次発光し、無色のDW液体が満たされていく。呼吸可能 な液体は肺を満たし、次いで深い眠りへと誘う。 遊歩は部屋の中にいる。 若干くたびれたフルタワーのパソコンは見た目とは裏腹に最新のパーツで組みたて られている。物書きが仕事だから、エディタは離せない。未だにDOSを使っているが、 それは使い慣れているからだ。 創作中のクリスマス小説を開き、指先がキーボードに触れた刹那、チャイムが鳴っ た。 居留守を決めることにする。締め切りが近いので、誰であろうと邪魔はしてほしく ない。 それが編集の中山なら、余計、邪魔になる。 チャイムは繰り返される。止んだと思って安心した途端、ドアをたたく音が乱打さ れた。 最初は甲高い音だったが、今は体当たりでもしているような重低音に変化している。 「待って、いま出ますよ。出るってば・・・」 遊歩が立ち上がるとの、ドアが爆破されたのは同時だった。 硝煙の立ち込める中、ゆらりと一人の男が顔を見せた。 「こんばんわ」 その男は深くお辞儀をした。 「えーと、こんばんわー。えーと、誰でしたっけ?」 戸惑いながらも、遊歩は記憶の糸を辿る。脳の中の論理セクターは異常を告げてい るが、 再起動しないことから、とりあえず保留することを遊歩は決めた。 「やだなー。しばらく見えなかったからって。忘れなるなんて」 「そう言われても・・・・・・」 「PAPAZというのは仮の名、またはネット用のハンドルネーム」 「はあ」 だからどうした、と言いたいが、男の手に安物のトカレフが鈍い光沢を見せている ので、 遊歩は曖昧に応えた。 「パソコン通信では武闘で通ってます」 「?」 誰だったかなあ? と遊歩は思ったが、とりあえず沈黙を守ることにした。 「いやー、しばらく書いてないうちに、何も書く事ができないという状態になってし まったんですよ。それで遊歩さんのところに遊びにきた次第です」 事と次第が合致してない、つまりロジックエラーだと論理セクターが告げたが、こ れも無視した。遊歩にとって、トカレフのほうが重要だからだ。銃口が自分に向けら れているとなればなおさらの事だ。 「そうだったんですか。大変ですねー」 とりあえず、話しを合わせる。 「まあ、でもこうやって逢えたので万事解決しました」 「おお、それはよかった」では、サヨウナラと続けて言いたいのを、ぐっとこらえる。 「しかし、良い時代になりましたねえ。私がパソコン通信始めた頃はカタカナで通信 してる人がいたというのに、今や通信速度が2テラBpsですからねえ。そうでなけれ ばドリームネットなんかありえないわけですが」 武闘は腰に手を当て、遊歩をまっすぐ見つめた。 「さて、席をすすめられないし、さくっと帰りますね。今日はどうもありがとうござ いました」 「いえいえ、なんのおかまいもせずに」と、一応、いっておく。 男は会釈した。 武闘が壊れたドアから消え、廊下からも後姿を隠してから、遊歩は「ルームだけ再 起動」と力なくつぶやいた。破壊されたドアはもとの姿に戻った。それは瞬時に変換 される。 「確かにドリームネットは、実生活のエミュレートによって睡眠時間でも働けるよう にはしてくれたけど----まだバグが多いなあ。あとで文句言ってやろう。ログに記 録!」 ログに記録の一言で、遊歩の思考は文字データーベースに保管された。同様に寝て いる間に書かれた小説もドリームネットがローカルディスクに保管する。 7時間が過ぎた頃、遊歩は筆を止めた。ディスプレーが明滅し、起床時間が迫って いることを知らせている。 目覚めたとき、睡眠時間中に何があったのかは記録したログだけが知っている。人 間が覚えてない無いのは、記憶していれば眠った気がしないという性質のため、記憶 領域から削除されてるからに他ならない。 そして遊歩は目覚めた。起きてのち、ローカルディスクのログを探すが空だった。 首を捻るが、パソコンに向かった途端、そのことを忘れてしまった。書き掛けの小 説自体が消えていたからだ。締め切りまであと2時間。 とりあえず逃避行をすることを決心した遊歩だった。 2時間後、武闘が目覚めた。 「遊歩さんのログも消去したし、匿名アカウントでネットにアクセスしたから私が不 法侵入したってバレないし。これで私もハッカーの仲間入りだなあ」 武闘は声を出して笑い、パソコンからRAM-CDを抜き取った。RAM-CDはそれじたいに メモリやマイクロカーネルを積みこんだ立派なパソコンとも言えるメディアだ。 中には書き掛けの小説が詰まっている。もちろん、作者は・・・・・・
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