短編 #0973の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
一九九八年二月九日の午後−−。 やっと完成したぞ。やれやれ、締め切りぎりぎりだぜ。 当日消印有効じゃなくて、当日必着だからな。推敲する時間がないが、仕方 ない。内容には自信があるんだ。下読み委員の連中が誤字が多いだの何だので 落とさない限り、いい線行くはずだ。 さあ、大作を書き上げた余韻に浸っている場合じゃない。プリントアウトし なくちゃ。 あ……白い紙が少ない。あとは黄色地ばっかりだぞ。 応募規定には白い紙に印字しろとは記されていないけど、応募原稿ってコピ ーされることがあるもんな。白地の紙以外は黒っぽくなってしまう。 困った困った。今から買いに行ってたら、郵便局が閉まってしまうかもしれ ない。どうしよう。 ……そうだ。大学なら近いぞ。こっそり、プリントアウト用紙を運び出して 来よう。あとで買ってきて、返しておいたらいいだろう。緊急事態なのだ、見 逃してくれ。 よしよし。順調順調。これなら余裕あるな。印字できた分から、見直しでも やっとくか。 ふんふん……む? 何だこりゃ。こんなところに「二」を書いた覚えはない ぞ、俺。どうなってんだ? 誤字かな? ああーっ! 分かった! ダッシュだ。このぼろプリンタめ、いやいや、パ ソコンのソフトか設定が悪いのか。とにかく、ダッシュ代わりに使ったマイナ ス記号二連続「−−」が、縦書き印刷したらそのまま二つ重ねた形になってる! 畜生。こんなはずないぞ。昔、うまいこと行ってたんだから。どこか設定が おかしくなってるだけだ。 おお、わめいているよりも、印字を一旦中止しなければ。無駄に紙を使って しまうではないか。 −−よしっ、止まった。ふう。危ないところだった。よく気付いたもんだ。 それに用紙も余分に持ち出しておいてよかった。必要枚数ちょうどだと、また 取りに行く羽目になるところだったぜ。 えっと、設定は……マニュアルは……。 ん、オッケー。少し手間取ったが、直ったぞ。ちゃんとダッシュになってる。 時間は……まだ何とかなる。 これが他の賞だったら危なかったなー。原稿の綴じ方を指定してる賞がある けど、「右肩に穴を開け紐で括ること」なんてやつだったら、穴開けてる時間 がないもんねえ。いやあ、その点、今度出す賞はダブルクリップで綴じるだけ でいいんだから、楽ちん。 天気もいいから、防水を施さなくていいだろう、多分。 あー、思い出した。去年、九月末締め切りのやつに出そうとしたとき、台風 の大雨で無茶苦茶になったな。郵便局に持って行く段階で落っことしてしまっ て、びしょびしょ。とても出せなくなっちまった。あれ以来、天候が怪しいと きだけはせめて防水をするようにしたんだが、今回はそれもしなくていい。 おっと、いけない。少しでも見直しをしよう。小さな間違いなら、修正ペン でやってやればいい。 うわ! プリンタが白い紙を吐き出してる! インクリボンがーっ! やべえ、うう、えと、とにかく印刷をやめて、それから、ああ、インクリボ ン、買い置きがあったっけなあ。なかったら、今度こそアウト。大学のパソコ ンルームからぱちって来るのも時間的に無理だ。 ほっ……あった。 と、安堵してる場合でない。さっさと取り換えよう。 そんでもって、うちのプリンタぼろだから、印字を停止した位置を覚えてい ないんだもんな。いちいち位置を合わせてやらなければ……お、これって洒落 になってる。って、何くだらんことを言ってるんだ、俺は。 うーん、また一枚、無駄にしてしまった。印刷が途中までしかできていない。 ま、しょうがない。えーと……三十八ページ目から再開させればいいんだな。 はあ。色々トラブルがあるぜ、この土壇場に。いっそ、停電でも起こればあ きらめもつくが。 む。今の台詞、神様が聞いてたら嫌だな。俺、無神論者だけど、ここで停電 になったら、神様を恨んじゃうからね。 停電もなく、無事にプリントアウト終了。よかったよかった。 冒頭にタイトルや住所、履歴なんかを書いた紙を付して、二分冊にして、ク リップで綴じる、と。 これを封筒に入れて……おわっ。入らないぞ。端っこがはみ出す! いつもより小説が長くなった分、原稿が分厚くなってしまったんだな。B5 に印刷してたら入ってたかもしれないけど、今さらやり直せない。A4の縁を ちょっとずつ切り落とそうか。 待てよ。大きな封筒を買いに行く余裕は……あるよな。郵便局の真正面が文 房具屋だから。まさか定休日ってこともあるまい。 よし、このまま持って行って、まず文具屋で封筒を買って、郵便局で体裁を 整えよう。糊は郵便局にあるから、他に持って行くべきは宛先を書いた紙だけ でいい。切手は向こうで買うと。 原稿を入れる手頃な袋がないな。ま、いいや。買い物袋で代用しよう。 さあ、出発だ。 * * 変だな。おかしいな。 いつもなら応募原稿を受け取りましたっていう通知が、出版社から来るんだ けど、今年に限って来ない。 宛先を間違った? そんなはずないぞ。毎年使っている宛先一覧から印字し て、それを封筒に貼ったんだから。これまで届いていた物が届かないなんてこ と、ある訳がない。 じゃあ、郵便事情のせいだ。通知が遅れているだけ。そうに違いない。 今年はいつも以上に応募作が集まって、出版社の方も通知を全員に発送する のにてんてこ舞いなのかもしれないし、とにかく何か理由があってのことさ。 とりあえず、もうちょっとだけ待ってみよう。 いらいらしたって仕方がない。 新聞でも読んで、落ち着くこう。ここしばらく、小説にかかりきりで、読ん でいなかったし。 ……ふーん。「郵便番号七桁化でトラブル 同姓同名偶然の一致」か。世の 中には、ありそうにないことも起こるんだな。事実は小説より奇なり、か。小 説家になったら、現実を吹き飛ばすような作品を書き続けたいな。 −−終 ※一九九八年の二月二日から郵便番号が七桁になりますが、実際には、間違え て旧い郵便番号(五桁)を書いて送ったとしても多少遅れるぐらいで、住所の 通りに届くでしょう、きっと。
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