短編 #0949の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
仕事が一段落したところで生稲は伸びをし、ふと思った。流行り廃りなんて 分からないものだと。 (古典的な本格推理しか書けない有岡さんの余命−−作家生命を見切ったのは、 何年前だっけな) 編集者の帰りを心待ちにしながら、ぼんやり考える。 (いくら大御所と言ったって、よくて、賞の選考委員か評論家としてしか生き 残れないに違いないと見たんだがなあ。悪くすれば、昔出した作品の再版印税 だけで食っていくことになると確信していたのに……世の読者の好みは、本当 に読めんわ) あわや、編集長失格の烙印を押されるところだった−−過去を思い出し、冷 や汗を拭う。 生稲が女性を労働者として見直したのは、杉前真理亜による。有岡伴十郎を 現在担当する彼女の助言があってこそ、生稲は編集長の座に居続けることがで きたと言っても過言でない。 「只今戻りました」 杉前の凛とした声と、戸の動く音とが重なる。 「おお。原稿は?」 デスク前まで呼び、首尾を尋ねる。近頃売れっ子の有岡は、多数の注文を抱 えて締め切り延長を要請してくることもしばしばなのだ。心配にもなろう。 「この通り、無事、いただきました」 胸元に抱く大型封筒を、誇らしげに指差す杉前。 「そうかそうか、よかった」 封筒を受け取り、大事に仕舞ってから、さらに続けて言う。 「ところで、有岡先生はどうだね」 「どうだね、と申しますと?」 「最近、富にお忙しくなっているだろう。健康状態とか」 「ええ、それは大丈夫だと思います。肌の艶もあって、以前よりも若返ったよ うな印象ですよ」 「そうか、仕事が増え、活力が生まれたって訳かな」 少しだけ笑ってから、生稲は本題を持ち出した。 「今度、先生のために、一席設けようと考えているんだ。いいと思うだろ?」 売れっ子と関係を強くしておいて、損にならない。そういう計算があるのは 当然のことだ。 「さあ……有岡先生ご本人のお気持ちが、どうでしょう。名目は何とするんで すか?」 「何でもいいさ。あれだけ出版点数が多いんだ。一つぐらい、区切りのいい版 を重ねた物があるんじゃないのか。でなきゃ、作家デビューん周年記念ってい うのもいいな」 「はあ。今度、有岡先生にお伝えしておきます」 「電話で前もって告げといて、それから足を運ぶんだぞ」 「分かっています」 杉前は疲れた様子でうなずいた。 ちょうど二週間が過ぎた頃、生稲は杉前をつかまえ、首尾を尋ねた。 「あれ、どうなったかね」 「難しいんですよね」 にべもなく言い返す杉前は、迷惑そうに顔をしかめた。彼女が他にも仕事を 抱えているのは、生稲も承知の上。敢えて聞いているのだ。 「きちんと言ってくれたんだろうね?」 「もちろんです」 杉前はますます不機嫌そうになる。生稲は目線をそらし、腕組みをした。 「有岡先生、何がご不満なんだろう?」 「まず、スケジュールが詰まってらっしゃるんですよ」 「他の社の企画なんて、うっちゃらかしておけってんだ」 「いえ、そうじゃありません」 冷静な口調で否定する杉前。生稲は目をしばたたかせ、見返す。 「原稿依頼が多くて、執筆時間が足りないぐらいなんです。企画物に手を出し ている暇は、有岡先生には多分ありません」 「そう言えば、先生、これだけ売れてきたのに、本職以外では見かけないな。 インタビューとか、人気作家の書斎拝見とか……」 世間への露出が少ないのを不思議に感じつつ、スケジュールが詰まっている 点は納得した。 「そうは言ってもだ、何とかならんかね。どうにかして、一緒に」 喋る途中で、さらに欲が出た。 「そうだ。有岡先生にグラビア登場を願おうじゃないか。よそがまだ手を着け てない、おいしい企画だぞ!」 「そううまく行かないと思いますけど。先ほども言いましたように、執筆スケ ジュールが……」 「そこを何とかするのが、君の役目じゃないか」 言って、杉前の肩を叩こうとしたが、セクシャルハラスメントという語句が 脳裏をよぎり、やめる生稲。代わりに言葉を付け足した。 「努力してみてくれたまえよ。うまく行ったら、特別ボーナスも夢じゃないよ」 「編集長のたっての希望と言えば、有岡先生も折れるかもしれませんが……期 待しないでください」 「いいや、期待するぞ。いざとなったら、原稿をもらいに出向いたついでに、 雑談を装ってインタビューしちまえ。写真はあとでカメラマンをよこすから隠 し撮りして、でっち上げる」 「そんなっ、取り返しが着かなくなりますよ!」 青い顔をした杉前を見て、生稲は声を殺して笑った。 「だから、そういう最終兵器を持ち出す前に、承諾を取り付けてくれよ、真理 亜ちゃん。頼りにしてるんだから」 「……頑張ってはみますけど……」 困った風に首を傾げる杉前だった。 再び二週間後。新たに依頼した作品の原稿を取りに、杉前が有岡伴十郎邸へ 出向いた日。 生稲は杉前の帰りを心待ちにしていた。彼女が戻るなり、デスクを離れ、駆 け寄る。 「だめでした」 聞かれる前に答える杉前は、下を向いたまま首を横に振った。 「何だって。だめじゃないか。どうして」 「そんなこと言われても、先方の都合があって、どうしようもないんですっ」 もらってきた原稿は、さして関心を持たれることなく、机上に放置された。 わずかに用紙が覗き、ワープロ文字が見える。 「おかしくないか? ギャラは充分に払うと言ってるのに……作品を書くより 何倍も楽で、おいしい仕事のはずだぜ」 「知りません。ポリシーじゃないですか?」 髪を振り乱してまで激しく言う杉前に、生稲は少なからずびっくりした。表 面上は取り繕って、答える。 「そんなことないだろ。昔は、よく顔を出されていたぞ、有岡先生」 「今と昔じゃ、違うんですよ」 「……うーん、仕方ない。私が直接行って、口説こうじゃないか」 「え? それはちょっと……まずいと思います」 「何故だ?」 怪訝に感じ、問い返す生稲。 杉前は言いにくそうに間を取ってから、焦れったい調子で語り始めた。 「だって編集長は……少し昔、有岡先生のことをひどくこき下ろしてしまった でしょう? もう終わりだ、過去の遺物だって」 「お、おい。俺、そこまでひどい言い方したっけか?」 「言ってましたよ! それが噂となって、今、有岡先生に伝わってるんです! 口はばったいですけどね、私が間に入っているからこそ、有岡先生はうちの雑 誌に書いてくださってるんじゃないんですか?」 年下の部下から言われ、何の反論もできない自分が、生稲は情けなかった。 頭ごなしに怒鳴りつけても、問題の解決にならないことは、近頃になってよう やく学んだ知恵だ。 「うう、返す言葉もない。菓子折持って謝りに行っても、だめだろうか」 「だめだと思いますよ。少なくとも、仕事っ気を完全に切り離さないと」 「俺はそういう真似、できねえんだよなあ! 仕事に結び付けちまう」 思わず、頭をかきむしった。 「杉前君。頼むよ。君の口から、くれぐれも言っておいてくれないか。反省し ていますって」 「それぐらいなら、いいですけど……一席設ける件や、グラビア登場の話は、 どうしましょう?」 「ああ、ああ、今のところはいい、いいよ。ひとまず、あきらめよう。今、有 岡先生を変な風に刺激して、逃げられるのは困るんだ」 またこの女性編集者に教えられてしまったなと、自嘲気味に顔を歪める生稲 だった。 さらに二週間が経過していた。 生稲は街で偶然出くわしたかつての同僚と、飲みに行くことになった。 「牧野さん、景気はどう?」 「不景気の中で、まずまず頑張ってる方じゃないかな」 牧野由美は串かつを次々と平らげながら、答える。食べるのと喋るのとをこ こまで同時に、起用にこなす者はなかなかいないだろう。 「そっちこそ、盛り返したじゃない。有岡伴十郎様々ってとこでしょ」 「まあね」 「うちにも有岡先生みたいな目玉がほしいな。生稲さんとこと結び付き強いか ら、手を出しにくいったらありゃしない。私、飛び出さなきゃよかったかも」 「またまた、ご謙遜を。そっちの方が財力はあるでしょうが。俺は移らなかっ たのを後悔してる−−ちょっぴりね」 酒が入ったせいか、軽口の一つも叩きたくなる。生稲はコップを空にしてか ら、続けた。 「で、まじな話、有岡先生のビジュアルでの引っ張り出し、牧野さんのとこで 狙ってるんじゃないの?」 「そりゃ考えたけどさ。ガード固いよ。おたくの方が有利でしょう。何たって、 杉前……真理亜だったかしら? あの子、先生のお気に入りらしいわね」 「へえ」 「何しろ、先生が直接会うのは、あの子だけなんだから、生稲さんとこが断然 優勢、本丸」 「な? ちょっと待った」 背筋がぶるっとして、酔いが覚めたような気がした。 「牧野さん、冗談でしょ。うちの杉前しか会わないだなんて、そんな馬鹿な」 「おや、知らないのね? 本当よ。どこの出版社も編集者を送り込めず、やき もきしてるんだから。やり取りはファックスと郵送が頼り。電話をしても、な かなかつながらないし、たまにつながればお手伝いだか秘書だかの女性が出る だけで、けんもほろろ、取り次いでもらえない」 「ほ、ほんとかよ……。あいつ、そんな話、一言も」 「信頼されてないんじゃなあい?」 「く、痛いところを突いてくれるぜ。しっかし、参ったな」 片手の平で頭を前からなで上げた生稲。汗を拭って、冷静になろうと努める。 牧野はおかしそうに笑い、グラスを振った。氷がころころと鳴る。 「有名よ。完全に噂だけど、その杉前って子が、食糧いっぱい詰め込んだ買い 物袋持って、いそいそと有岡先生のお屋敷に入っていくのを見かけたって」 「ん? そういう関係なのかっ?」 「さあ。噂だから」 肩をすくめ、酒を呷る牧野。 その隣で、生稲はまた頭を悩ませる羽目になった。 「何で言わないんだ。有岡先生はまだ独身なんだから、言ってくれてもよさそ うなもんだ」 「案外、杉前真理亜こそ、有岡先生の秘書じゃないかって話もあるわね。まさ かとは思うけれど」 「……だったら、なおのこと……スケジュール調整して、取材を……」 瞬間、ある妄想が浮かんだ。だが、生稲は激しく頭を振り、それを追い払う。 「どうかした?」 「いや、何でもない。……酔ったんだな、俺」 信じ込もうとしたが、疑問の渦は簡単には収まりそうになかった。 広大な屋敷の一室、うずくまる相手に対し、杉前真理亜は言った。 「ねえ。いい加減、分かったでしょう? あなたの腕なんて、所詮、こんなも のなんですよ。誰もが、私の書いた小説をあなたの作品だと思い込んで読んで います。しかも、以前より人気が出ちゃったじゃないですか! ああ、おかし い! おかげで忙しくてたまらないんですけどね。 どうです? 認める気になりました? 自分の小説家としての力のなさを。 だいたいねえ、あなたって、本当に甘い。甘すぎるっ。私が裏取引をちらつ かせて脅迫するふりをしてみせたら、簡単に白旗掲げて、尻尾を振るなんて。 お金で解決できると思ったら、大間違いですよぉ。私はあなたの尻尾を踏ん掴 まえて、抹殺するのが目的だったんですよね。作家生命を断つ。 だって、許せなかったんですよ。人が苦労して捻り出したトリックを、横か らかっさらうなんて。こう見えても、私、ミステリーマニアを自認してます。 そりゃあさ、無断借用されてもしょうがないようなちんけなトリックも多々あ ります。だけど、あなたはやり過ぎました。我慢の限界、私の堪忍袋の緒が切 れるなんて、滅多にないんですけど。 そろそろどうです? 認めませんか? 認めてくれたら、その手錠を外して、 手を自由にして差し上げますわ。 手だけかって? もちろん。 注文を受けすぎて、さばけなくなってきたから、あなたにワープロの『代筆』 を頼もうと思ってるんです。もちろん、原稿料は書いた分だけ差し上げますよ。 悪くない話でしょうが、有岡先生?」 −−終わり
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