短編 #0945の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
『その夜に』 ・峻・ 暖かな昼下がりだった。 通りかかった空き地の草むらに、冬眠に入り遅れたヒキガエルを見つけて、は っと足を止めた。その背中に、大きな黒い鼠が喰らいついていたのだ。 ヒキガエルは四肢を踏ん張って逃れようとするが、すでに体のあちこちから血 を流している。 私はヒキガエルを哀れに思い、鼠を追い払おうと足音を高めて近寄った。しか し、鼠は獲物に噛みついたまま放そうとしない。間近で足を踏み鳴らしても、少 しも動じない。 靴の先で鼠を突っついてみた。 突然、鼠は横に飛び退き、かっと口を開いて私を威嚇する。こちらをにらみつ ける目の奥に凶暴な意志を感じて、背中に寒気が走った。 恐怖のために、鼠を蹴り飛ばしていた。鼠は草むらの中に消えた。 足の甲に、獣の重さと質感がいつまでも残って、私は逃げるように空き地を離 れた。ヒキガエルがどうなったか確かめる余裕もなかった。 その夜のことだ。 「峻さんですか」 電話があった。女の声だ。しっとりと落ち着いた中にも、若さゆえの華やぎが 感じとれる。 誰だろう。思い当たる者がいない。 「私は、先程けだものに手篭めにされかけたところを、貴方さまに救われたヒキ ガエルでございます」 唐突なことで、すぐに頭が回らない。思い付いたのは、あのヒキガエルは雌だ ったのかということと、どうやって私の名前を知ったのだろうかということだっ た。 「のちほどお礼をさせていただきたく存じます。どうかお受けとめください。本 当にありがとうございました」 そう言って、電話は切れた。こちらが答える暇もない。 恩返しと言われても、相手は鶴ではなくヒキガエルだ。鳥ならまだしも、両生 類というのはどんなことになるのだろうか。 少し前にテレビで見た、蛙合戦の有様を思い出した。 夏のある夜、溜め池に何百匹もの雄雌の蛙たちが集まって、くんずほずれつの 集団交尾をするのだ。雄の蛙は、少しでも動くものがいるとそれにしがみつく。 跳びついた相手が雌とは限らないから、どうも抱き心地が変だと思うとまた別の 動くものに跳び移る。 試しにコンニャクに目玉を描いて糸を付け、雄蛙の前を引きずると、猛然と抱 きついてくる。 哀れにも滑稽な光景を見て、私はなぜか、ああ青春だな、と思った。 私自身、青春など遠い昔だ。かといって、未だ木石という身でもない。 いくらなんでもヒキガエルそのままの格好で現れることはあるまい。あの電話 の声に見合う女が、もしもここに白い体を横たえ、しかもその本性がヒキガエル だと知っていて、私はどのように反応するのだろうか。 畏れとも期待ともつかぬ気持ちを膨らませていると、玄関のチャイムが鳴った。 宅急便だった。 印鑑をついて受け取った小包には、「蝦蟇の油一年分」と書いてあった。 (完) ------------------------------------------------------------------------ 話の前半は実話です。 鼠を蹴り飛ばしたあと、そこらから鼠の大群が現れて、復讐されるのではない かと恐ろしくなりました。 後半は、その夜、若い女性から電話があって思いついたおふざけです。 下らない話ですみません。(^^; 謝りついでに、もうひとつおまけ。 昔書いたものです。 ・峻・ ------------------------------------------------------------------------ 『夕鶴』 ・峻・ ばったん、ばったん。 おつうの機織り部屋からいつもの音が響いてくる。 与ひょうは、ぴったりと閉じられた障子の前でためらっていた。 ばったん、ばったん。 決して、中をのぞかないで、と言われている。 罠にかかった一羽の鶴を助けた夜、訪ねてきたおつうという女をめとった。 あれから十年、働き者で気立てのよいおつうに、何の不満もあるはずがなかっ た。 「お前、近ごろ太ったようだね」 寝物語の軽口でからかったのも、幸せの証だという意味を込めたものだった。 しかし次の日から、おつうは夕餉の後に決まって機織り部屋に篭もるようにな った。 「与ひょうさんのためにしていることなのよ」 一時ほどして部屋から出てきたおつうは、いつもそのように言った。 与ひょうは、あんなことを言わなければよかった、と悔やむ一方で、おつうが 部屋の中で何をしているのか、気になって仕方がない。 ばったん、ばったん。 もう、我慢ができなかった。 薄く障子を開けた。 ばったん、ばったん。 白い羽毛を天井まで跳ね散らかせて、太った鶴が床の上を右へ左へ、汗だくで 転げまわっていた。 「おつう、お前は痩せるためにそんなことを……」 与ひょうは声を詰まらせた。 鶴のデングリ返し− (完)
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