短編 #0874の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
ノックの音がした。 本当はしてないけれど。それがルールらしいので、したことにする。面倒だけれど 仕方ない。大体、お題に参加する予定なんてなかったのに、急遽書くことになったの だから。 「お頭さま」 引き戸の向こうから、本当はノックはしていないのだが、とりあえずしたことにな っている者が男に声を掛ける。 「なんだ」 背を向けたままの男の呼びかけに応えるように、戸が静かに開かれる。 「琴音………いえ、武闘の所在がつかめました」 片手を床につき、恭しく頭を下げている女。 「そうか………くくくっ、武闘。俺をコケにした報い、存分に受けるがいい。行くぞ、 案内せい」 「はっ」 男−−悠歩は、ゆっくりと立ち上がった。 淡い月明かりだけが、二人を包んでいる。 「どうだった?」 ベッドに横たわったまま、煙草の煙をくゆらせ武闘は隣の少女へと囁く。 少女は応えず、武闘の暑い胸板で指を遊ばせている。 「そうか。良かったか、悠歩さんより」 満足そうに武闘は笑う。 「ばか」 頬を赤らめた少女が、軽く武闘の胸をつねった。 「いい加減にせいや。書くのもばかばかしい………」 作中では掟破りとも思える、男の台詞がした。 「その声、悠歩さんか?」 武闘は素早く、飛び起きる。少女は慌ててシーツを纏い、その肢体を隠した。 「ご名答。さすが武闘さん」 嘲るような声。部屋の中央の空間が歪み、人の姿を造り上げる。 「悠歩さん。そんな登場の仕方、なしですよ」 半ば呆れたように、武闘は言う。 「んなこと言ったって。この手のものには不慣れでね。多少のご都合主義には、目を 瞑って下さいや」 些か緊張感に欠ける悠歩の台詞。一つ咳払いをして、改めて声にドスを利かせて台 詞を続ける。 「武闘さん、探しましたよ。先日のお礼がしたくて、ね」 「そんな。別に気を使わなくてもいいのに」 武闘は、わははと豪快に笑ってみせる。悠歩の顔がひきつっているのを承知で。 「言葉をそのまんま受けるんじゃない! 報復に来たんだよ!!」 「報復? 俺、なんか悠歩さんに怨まれるようなこと、したっけ?」 「おう、おうおうおう、とぼけんじゃねぇやい」 突然悠歩は、遠山の金さんよろしく見栄を切り始める。どうやら杉良バージョン らしい。結構古い。 「人の身体ぁ乗っ取って、女を抱くだけ抱いて、テクニックの虜にして寝取り、その 挙げ句用済みになった俺を裸にひん剥いて………耳契られた琵琶法師みてえに、全身 に落書きして街中に捨てやがった。忘れたとあ、言わせねぇぜ」 テレビなら、三方向くらいからカメラが捉えるシーンだろう。悠歩は首の所に右腕 を通し、肩を出した。みっともなく、シャツが伸びきっている。 「これは!」 武闘は息を呑んだ。悠歩の肩口から背に掛けて、一面の落書き………まるで駅の便 所のように品のない。「ばか」や「あほ」を始め、ちょっとここに記すのは、はばか られるような単語。そしてよく東京都のマークに例えられる、ある図柄。 「そんなもの、いつまでも残して………恥ずかしいなあ、悠歩さんは」 「武闘さんが、マジックで書くから落ちないんだよ!」 と、悠歩は本気で泣いていた。 「琴音、お前もお前だ! 簡単にそんな男のところへ、寝返りやがって」 「だって………武闘さんの方が上手なんだもん。悠歩さんって、早いし単調だし」 「なにぃぃぃ。このアマ、言うに事欠いて」 むきになった悠歩は、まっしぐらに琴音の元へ駆け寄っていく。 「危ない!」 腕を伸ばし、武闘はそれを阻止しようと試みた。だが……… 背後から現れたか細い腕が、武闘の太い腕をねじ上げる。いとも容易く、武闘は宙 を一回転した。 「だ、誰だ!」 素早く身を立て直した武闘は、己の手をねじ上げた相手を確認する。 「君は………琴音ちゃん?」 そこにいたのは、琴音だった。いや、違う。よく似てはいるが、琴音ではない。そ の証拠に、まだ裸のままの琴音はベッドの上で、悠歩に組み敷かれている。 「あなたの相手は、私が務めるわ」 不敵な笑みを浮かべ、琴音と同じ顔を持つ少女が言った。 「そうか。君、静音ちゃんだね。面白い、どこまで出来るのか、見せてもらうよ」 言い終えるより先に、武闘は動いていた。 「ねえ、何処へ行くの?」 武闘の肩に寄り添った琴音は、とても幸せそうな顔をしている。 「さあ。とりあえずは、悠歩さんのいないところかな」 昨日までは、二人の愛の巣だったマンションを見上げ、武闘は感慨深げに応える。 けたたましいサイレンの音と共に、パトカーがマンションの前に止まる。 裸にして、全身に落書きを施した悠歩を誰かが見つけ、通報したのだろう。ちなみ に今度は色つきの落書きだ。 「悠歩さん、また追ってくるかしら」 「あの人、結構執念深そうだからなあ………」 「大丈夫よ。武闘さんが、私たちを守ってくれるから」 そう言ったのは、琴音ではない。反対側の肩に寄り添う、静音だった。 ノックの音がした。 本当はしてないけど………(略) 「琴音と静音、それから武闘の居場所を、つきとめたけど………また行くの?」 「当然だ」 振り返らず、悠歩は応える。 「止めた方がいいと思うけどなあ」 ポニーテールの少女は、悠歩に敬意を払う様子もない。 「こんなパターンじゃ、持ってるキャラクターなんて、すぐに尽きちゃうよ」 「やかましい、美鳥! お前は黙って従っていればいい」 「あーあ。私も武闘さんの方へ、寝返ろうかなあ」 「なにぃ!」 振り返った悠歩の顔には、恐ろしくリアルな、ここではちょっと言えないものが、 カラーで描かれていた。 返り討ち。
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