短編 #0817の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
彼が古いレコード盤に針を落とすのを、彼女はじっと眺めていました。 彼の家はでっかい洋館で、今かけようとしている曲はワルツです。 今日の彼女は彼の趣味に合わせて、ゴージャスにドレスアップしています。 彼女の家庭は彼の家庭より、お金持ちではありません。 ですから、どこかの国のお姫さまのような格好もすべて借り物でした。今日 のための。 曲が始まりました。ヨハン・シュトラウスの「美しく青きドナウ」。 ズンチャチャ、ズンチャチャ 彼はベッドに腰掛けている彼女の腕を取り、 ゆっくりとまわり始めました。優雅に、優雅に、優雅に。 まだ交際する前、彼女は密かに彼のことを想っていました。とてもハンサム で頭が良くてお金持ちな彼のことをずっと想っていました。 その一途な想いが神様に通じたのか、彼女は彼に、告白されました。 「あなたのことが好きです。つきあってください」と。 その言葉を聞いた彼女はおどろきました。とても信じられませんでした。 それから彼との交際が始まりました。 彼女には彼が初めての男性でした。とてもやさしい男性でした。 交際を続けているうちに彼女は彼のことをさらにどんどん、どんどん好きに なっていきました。そのたびにどんどん、どんどん不安になっていきました。 (私のこと、本当に好きなのかしら?) 彼女は不安を打ち消そうと、彼に尽くしました。献身的に彼に尽くしまし た。 彼のものになりたいと思いました。彼にくっついて離れたくないと思いまし た。 あまりお金持ちでない彼女は、お金持ちで高級な趣味を持つ彼に合わせるた めに、働いて働いてお金をつくりました。 お金のためにつらい仕事もしました。それほど彼に合わせるのは大変なこと だったのです。 彼女が彼に抱く気持ちはとても、不思議な気持ちでした。なぜ、こんなに好 きになってしまったのか、彼女自身にも理解できませんでした。 彼女は彼がとても好きでした。そして彼女はとても不安でした。 ゆったりとした曲調の中で、彼女はうっとりと彼の瞳を見続けました。彼も 涼しげな眼で彼女を見つめています。 (なんて澄んだ瞳なのかしら。すばらしいわ) 彼は彼女をリードしながら優雅に軽やかにステップを踏んでいきます。 彼女はゆっくり瞳を閉じました。そして想像しました。はるかかなたで流れ るドナウ川を。その岸辺のお城で開かれている華やかな舞踏会を。 彼はもちろん王子さま。お相手に選ばれた彼女は貧しい町娘。そう、シンデ レラ。 王子さまの澄んだ瞳がシンデレラを見つめ続ける。 シンデレラの心はチョコレイトのように甘くとろけだす。 まわりの羨望や嫉妬も、もうどうでもいい。ずっとこのままでいたい。 シンデレラは王子さまの胸に頬を寄せる。 曲は美しい美しいワルツ「美しく青きドナウ」。 華やかな舞踏会の主役は、王子さまとシンデレラ。 お城の外にはドナウ川。 まわり続ける二人。 ゆるやかに流れ続けるドナウ川。 そしてワルツ。 彼女は瞳を開けました。彼の体温を頬に感じながら。 曲も終わりに近付いています。最後のさびの部分までもう少しです。 彼女は待ちました。 (もう少しだわ。もう少しでこの人が踊りながらキスしてくれるんだわ。いつ ものように。そして私をやさしく抱き締めてくれるんだわ) からだ全体で幸せを感じられるその時を、彼女は待ちました。 そしてまた瞳を閉じました。 「もう、別れましょう」 別れ話はシンデレラのほうからでした。 「どうしたんだい。急に」 王子さまはおどろいています。 「理由は言えないけど、急いでるんです。それでは、ごきげんよう」 涙を瞳にうるませた彼女は、すがる彼を振りほどいてお城のような家から飛 び出していきました。貸し衣装屋に向かって。彼女の頭の中では最後のさびの 部分が、繰り返し繰り返し鳴り続けていました。 その後、彼は彼女を迎えにいきませんでした。 時がたち彼女は平凡な生活に戻り、平凡な恋をしています。 それでもたまにワルツを聞きながら抱いて、とわたしにせがみますが、抱い てやりません。この話を聞いてからは。わたしは王子さまではないのですか ら。 なぜだか貸衣装の延滞料金が急にもったいなくなった彼女は、それでもまだ 王子さまにも恋しているようです。 <終>
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「短編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE