短編 #0743の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「みんな捜し疲れて疲労が溜まっている。少し休まなければ、いざという時危 険だ」 「だ、だけど、危険だったらはぐれたリューのほうが――!」 「はぐれた原因はリュー自身の不注意だ。あいつが危険な目に遭うのは仕方な かろう。それに、このままずっと捜し回っていれば、じきに皆疲れで動けなく なってしまう。そうなって、さらに他の隊員まで犠牲にするわけにはいかん」 サムは、ヴェイドとラエナを見た。二人とも顔色が真っ青で、汗だく。今に もへたばってしまいそうだった。 「犠牲だなんて!」 それでも、サムは叫んだ。ローエンは、冷淡なまでに落ち着いていた。サム は、その態度に少し苛立ちを覚えた。突っかからずにはいられない。 「犠牲だなんて、まるでリューがもう死んじまったみたいじゃないさ。そんな、 そんなこと――」 そこで、サムは何も言えなくなってしまった。リューが穴に落ちたとき、穴 底に向かって全員で呼びかけた。返事はなかった。声が届かないほど下へ落ち たのだろう。そうだ、もうあれからかなりの時間が経っている。もし、リュー がまたトロルの群れにでも襲われていたなら、すでに生きては……。 「サム、座れよ」 ターヴが、女戦士の肩に手をかけ、少し強引に腰を下ろさせる。サムは促さ れるまま座り込んだ。そして、自分の身体が自覚していた以上に疲労している のを知った。重く、だるかった。他の者も皆、すでに座り込んでいた。 「そう心配するなって。あいつも冒険者の端くれだぜ。危険なことに遭ったと しても、きっと自分でうまく切り抜けるさ」 岩に腰掛けていたターヴはサムの横に座り直し、彼女を慰めるように言った。 サムはちょっと間を置き、胡散臭そうな顔をしてターヴから目を逸らした。 「やめなよ。あんたが口にしたら、助かるものも助からなくなっちまう」 ターヴは顔をしかめた。 「ああ、そうかよ」 ……もうダメだ、もうダメだ、もうダメだ! リューは、心の中で何度も同じ言葉を反芻していた。 くそ、もっと早く辞めとけばよかったなあ。何だって冒険者になんかなっち ゃったんだろうな。何のために、何をしたくて――ったく、馬鹿だな、僕は! リューは延々と自分に毒づいていた。 お金? どっかに埋まっている財宝でも欲しかったのかな? いや、違う! お金なんて……そんな物じゃなかったはずだ。もっと光ってて、もっとよろ しい、具合の―― だんだん、自分でも考えていることが分からなくなってきた。極度の疲労が、 精神まで浸食してきている。リューは、歯を食いしばった。 こ、こんなところで、岩の塊に食われて死んでたまるか! 僕は、街に帰る んだ! そしてこんな稼業、辞めてやる! 少年は進歩ない心の叫びをあげた。 ――その時、前方から光が見え始める。それは、出口が近い証拠だ。 やった、出口だ! よかった……助かった! リューは走った。最後の力を振り絞った。光は次第に大きくなり、やがて、 少年の体を照らし始めた。出口まで、あと少し。 リューはさらに足を早めた。鹿よりも速く、彼は駆けた。やっと、出口にた どり着く。少年の全身を、光が包み込む。 そして少年は――そこで突然絶望に襲われ、卒倒しそうになった。 「……嘘だろお」 そこは、たしかに出口だった。しかし、ぱっくりと開いた大地の裂け目。そ の真ん中あたりだったのだ。大きな断崖が、向かい合っている。上からは、蒸 し暑い空気とまぶしい陽光。下からは、ひんやりした谷風と真っ黒い闇――目 が眩むほどの深みから、死の匂いが香ってきそうだ。 冗談じゃない! 怪物は、もうそこまで来てるんだ。どうしよう……。 背後から、足音が聞こえてくる。忌まわしい、あのどたどた。近づいてくる。 少年は、絶叫した。 「だいたいね、そもそもあんたの呪文が異様に遅いのがいけないんだよ、ヴェ イド!」 サムは、今度はヴェイドに食ってかかっていた。 「あんたねえ、まともな術も唱えられるんだろ? 何だっていつもあんなヘン テコなのばっか使うのよ?」 サムの質問に応じ、ヴェイドは数度頷き、ゆっくりと重い口を開く。 「……現代の一般的な呪文は皆、何百年も昔に編み出されたものばかりだ。も っとも新しい術ですら、開発されてもう一〇年近くになる。それではいかんの だよ。知識や技術の進歩を終わらせてはならぬ。常に時代に応じ、変化させて いかなくてはな」 「はん、知識や技術の進歩より先に、あんた自身が終わってしまわなきゃいい けど。ああ、とにかくだよ! もうちょっと早く呪文唱えてもらわなきゃ困る んだよ、実際! それくらい、あんただって分かるだろ?」 サムの問いに、ヴェイドはしばし黙祷した後、厳かに返答した。 「前向きに善処してみよう」 その時だった。 「わーーーー! もう嫌だあ! もう、勘弁してくれー!」 絶叫が聞こえてきた。その聞き慣れた声は、セリフは、間違いなくあの少年 のものだった。穴の外から聞こえてくる。 「リューだ!」 サムが駆け出す。声の聞こえてきた方角へ。ターヴも慌てて腰を浮かす。 「おいおい、何で外から……」 そして五人は急いだ。その声から、少年がただならぬ事態に陥っていること を感じ取ったのだ。 やがて一行は、その割れ目にたどり着いた。でっかい穴が、地面にぱっくり 開いている。 「どうなってんだ、こりゃ? 何処だリューのヤツは?」 ターヴは、先に着いたサムに訊ねた。 「……あそこみたい」 サムが指さす方向は、下。崖の中腹あたりだった。五人のいる崖の上から、 およそ三〇ビューム(五〇.四メートル)の距離。 ――なるほど。岩が邪魔でよく見えないが、たまにちらちら衣服の端らしき 物が見え隠れする。 「あちゃ、あーの馬鹿!」 ターヴは頭を抱えた。ローエンはヴェイドに、縄を取り出すよう指示した。 ヴェイドは担いでいた背嚢を下ろし、長縄を取り出し始める。もっと短い縄な ら全員が持っているが、それでは届きそうもない。 「うん、よしよし……ローエンのだんな、面倒臭いんで置いていきましょう」 思慮深げな顔でターヴは言った。その彼の後頭部に、サムの殺人的など突き が入る。 若干一七歳。少年冒険者リュアッド・ナリスンは奇蹟が起きるのを信じてみ た。が、どうやら裏切られたみたい、と感じていた。 目の前には、岩の塊――のような怪物。見間違いはない。フゴフゴと鳴きな がらこっちを見ている。 さよなら、ローエン隊長。短い間だったけど、お世話になりました。さよな ら、サムさん。さよなら、ヴェイドさん、ラエナ。……ちょっとさよなら、タ ーヴさん。 とうとう、岩の怪物が走り出した。リューに向かって。逃げようにも、逃げ 場はない。横は岩壁。後ろは崖だ。崖はオーバーハング気味で、飛びつくとこ ろは見当たらない。 さよなら酒場のご主人さん。さよなら宿屋のバアさん。そしてさよなら、メ ルシンさん。 花屋の一人娘メルシン・アケリークの素敵な笑顔を思い浮かべた。彼女にも、 もう会えなくなるのだ。 例の如く、怪物が飛びかかってくる。ギザギザの口はすぐそこだ。 さよなら、みんな、さようならー……あ! 怪物の口が怖くて顔を背けたのだが、ふと見ると穴のすぐ横に、目立たない 色をした木の根っこが生えているではないか。リューはとっさに、それへ目が け飛んでいた。 ――どうにか、左手で掴むことに成功! 目標を失った怪物は、虚空へと飛び出した。そこで二、三度犬かきする。だ が夢かなわず、地獄の淵へと落下していった。「ブヒーーー……」と長く尾を 曳く断末魔を残して。 「……やった」 危機は去ったようだ。ほっとした。よかった。これで、辞めれる。 と、リューは思わず力を抜き――転落した。 「げ!」と我に返ったときには手遅れだった。ずるりと、木の根から手が離れ ていた。涙の光が、上へと落ちてゆく。少年は、重力が吹く風に身を預けた。 「うぉーい、大丈夫かあ?」 今さら、上から降ってくる仲間の声……。 「うぉーい、大丈夫かあ? あ! おい、リュー!」 ターヴは叫んだ。岩獣(ロックビースト)が落ちてゆくのは見えたが、それ を追いかけるようにリューまで。阿呆か、あいつ! 「はい、ラエナ」 太い木の幹に縛り終えた長縄のもう一端を、サムはラエナに手渡した。 ラエナは、ニコリと微笑む。そして一瞬、その姿が揺らいだかと思うと消え ていた。と、同時に、バン! ビィィィィンと音がした。小さな爆発のような 音の直後、弓弦を弾いたような音。 見ると、たった今少女に手渡したばかりの縄が崖下へと弛みなく伸びていた。 リューは、自分の落下を阻止した、右足首に三重で巻きついた縄を見つめて いた。それから、下を眺める。ぶらぶらと左右に振れる縄の端にしがみつくラ エナがいた。縄の揺れ動きを面白がっているらしく、とても楽しそうだ。 古代妖精の末裔ラエナの行動は、時として瞬間転移なみに速い。 そうか、助かったんだ……いや、助けてもらったんだ。 今度こそ、リューは安堵のため息をついた。 はぐれた自分を、助けに来てくれる仲間がいる。なんて恵まれていて、幸福 なことだろう。もちろん、上へ引き上げられたら、どやしつけられ、ぼてくり 回されることだろうが。でも、それでいいのだ。 これは幸せなことだ、たしかに。それは、分かるんだけど、うーん……。 リューは、腕組みした。こういったことが幸せの一つだとは理解できる。し かし、みんなには悪いが、自分が探している物はもっと別の物みたいな気がし た。 だが、もしかするとそれも、冒険者をやっていれば近い将来、見つかるかも しれない。なんにせよ、「辞めたい」などと言うのはとうぶん控えよう。そん なことを言い出せば、またこの崖下へ蹴り落とされてしまう。 もう少し、このままやってみるか。 次の就職活動は、まだまだ先になりそうだった。 「あーあ、幸せになりたい」 ラエナと一緒にぶらぶら左右に揺れながら、リューは呟いた。 ……思慮も遠慮もまだ知らない、我侭ざかりで甘ったれた少年。彼の幸福は、 次の就職活動よりも遠く、遥かかなたで輝いているのだった。 ・あとがき どもども、ちょっとご無沙汰でござる。 なんか、さっきから異常終了なることが起こったりして変な感じなので、こ れにて御免! 武闘さん、感想ありがとう!
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