短編 #0737の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「先月、ここの大家から山形に連絡があったんだ」 と、男は少し声の調子を変えた。 「あの部屋に妹の幽霊が出て、間借り人が居つかなくて困る、何とかして欲しいと言 う。変な言いがかりをつけるものだと、そのままにしていたんだが、今日たまたま仕 事で東京に出てきたので立ち寄ってみたところだ」 私はもう現実感覚が麻痺していた。 男は、そうか、幽霊の話は本当だったのか、としばらく考え込んだあと、 「あんたには迷惑をかけたようだな」 とつぶやいた。 「いえ、そんなことはないです。妹さんの幽霊とわかって安心しました」 自分でも変なことを言っていると思った。 男は私の顔色を見て、ひどく具合が悪そうだから早く休むといい、言って部屋を出 た。 布団に突っ伏してどれほどの時間がたったのか、ふと目を開けると、半開きの扉の 前に黒い猫が座っている。 みゃあ−−真っ赤な口だ。 猫はゆっくりと顔を上に向けて、もう一度、みゃあ、と鳴いた。 猫の視線を辿って天井を見た。 何十匹とも知れぬ黒猫が、逆さまに天井を埋め尽くしていた。垂れ下がる尻尾は黒 いつららのようだ。 私の体と神経はもう限界だった。 そのとき、真実が私の中にひらめいた。 女も男も幽霊なのだ−− 「まあ、災難だったよな」 「うるさいっ」 友人の無遠慮な笑い声に私はいきり立った。 「あの夫婦も悪気はないんだから」 まだ腹を抑えて笑っている。 「小説家だかなんだか知らないが、人を馬鹿にするのもほどがある。こっちは病人な んだぞ」 次の日、見舞いに来た友人の口から、自分が売れない推理小説書きと、ホステスの アルバイトをしているその女房のたわいもない悪ふざけに引っかかったのだと教えら れて、私はわめき散らしていた。 「お前だって、やられたときは腹を立てたんだんだろう。アパートを交換するときな ぜ黙っていた」 「そんなに怒るなよ。この現代に幽霊を見るなんて、望んだってできるものじゃない。 俺はその奇跡をお前と共有したかったんだ」 嘘をつけ。自分が死ぬほど恐ろしい目にあって悔しかったから、人にもやらせたん だ。 くそっ。 私は憮然とし、横を向いて布団をかぶった。 ◇ ◇ ◇ つまらない冗談に振り回されてすっかり体調を崩した私は、その翌日長野の実家に 帰って、夏休みの終わりまで静養するはめになりました。 その間ずっと、今度あの夫婦に会ったら文句のひとつも言ってやりたいと思ってい ました。 しかし、私がまた東京に戻ったとき、女がいた一階の奥の部屋も、夫の小説書きが 仕事場に使っていたというその隣の部屋も、すでに空き家になっていました。二人は 夏の間に引っ越していたのです。 夫婦が本当に階下に住んでいたのか、今となっては確かめようがありませんが、年 格好の似た二人連れを見かけると、まだあのいたずらをやっているのかと声を掛けた くなることがあります。 さっきそこで見た猫のことですが−− 暗がりの黒猫なので、はっきりとは見えなかったのですが、二本足で歩いていたか もしれません。 (完) ---------------------------------------------------------------------------- あとがき いつのまにか怪談シリーズも6作目。 これで『味』『首』『沼』の前期三部作に続き、『電波』『刺身』『尻 尾』の後期三部作も完結しました。(なんだかカッコいいぞ。) 200行をわずかに越えてしまいましたが、長編というほどのものでは ないのでこちらに入れました。 ・峻・
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