短編 #0716の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「神様ですよ」 後ろの助役が小声で言った。 白い薄布を全身にまとわせ、若く端正な顔は男とも女とも見えた。目を薄く開き、 静かに微笑んでいる。 降り立った神様は、確かにそこにいた。 居並んだ島人たちは口々に、おお、という声を上げている。それは異常な事態が起 きたという驚きではなく、約束が果たされた安堵の声だった。 私は夢を見ているのか。 「先生、よかったですね」 助役が背中を突っついてきた。 「ああ」 やっと声を絞り出した。 「もし、降りてこなかったら、面倒なことになったのですが」 「え?」 聞き返そうとしたとき、思いもよらないことが起こった。 今まで壇の裏側に隠れていたのか、突然、白装束の屈強な男たち三人が壇上に駆け 上がり、神様の頭に麻袋をかぶせると、床に引き倒し馬乗りになって押さえつけたの だ。 私はただ茫然としていた。 横の長老がすくと立ち上がって、壇に上がった。手には包丁と箸が握られている。 長老は男たちの下で身もがく神様の横に膝をつき、深く一礼すると、麻袋の裾から 覗いた細い首に、鈍く光る包丁の刃を当てがった。 何をするんですか! 私の叫びは声にならなかった。 鮮血が噴き上がった。麻袋の中からくぐもった呻きが洩れた。 島人たちは全員が立ち上がって、足を踏みならしている。 「久しぶりに本物が喰える」 「生き造りだ」 そんな声が聞こえたような気がした。 壇上の男たちはすでに血塗れだった。 だめだ。 夢だとしたって、こんな夢はだめだ。 耐えられない−− 私には、耐えられない−− 「夕べは無理にお誘いして、申し訳ありませんでした」 長老の家から港に向かう車の中で、ほとんどしゃべろうとしない私を気にして助役 が言った。 「いえ、私こそ飲み過ぎて、途中で寝込んでしまって、ご迷惑をおかけしました」 声を出すと頭が割れそうになる。 「そんなことは大丈夫です。神事は三年に一度やりますから、先生、またいらしてく ださいよ」 「ええ」 もう御免だ。刺身も神様も。 ◇ ◇ ◇ あれから何年かたった頃、いわゆる離島ブームが起こりました。 何もなかった神降の村にも民宿ができ、八丈島からの定期連絡船も増えて、今、神 降島はすっかり若者向けのマリンリゾートになっています。 もうあの島に神様が降りられる時代ではなくなったのでしょう。 でも、神降島でダイバーやキャンパーが行方不明になったというニュースを聞くた びに、私はあの神おろしの儀式を思い出します。 今も、私は刺身が苦手です。 (完) ---------------------------------------------------------------------------- あとがき 怪談シリーズもこれで5作目になりました。 『沼』『電波』と叙情的なものが続いたので、今回は怪談の原点に立ち 返ってちょと恐いのに挑戦しました。 200行をわずかに越えてしまいましたが、長編というほどのものでは ないのでこちらに入れました。 ・峻・
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