短編 #0706の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
森という男を知っている。 いや、男というよりは、彼は彼の周囲の人間たちと同様、男以前の男だった。 彼らは若く、そして無意味なものにこだわりを見せているような素振りをして いた。いっぱしの男を気取り、全員が全員、同じようにものを見て、同じ様に そっぽを向いていた。少なくとも、そう受けとらずにはいられなかった。 森と、彼らを見ていると。 大概のキッズはいつの時代もそんなものなのだ。 何をしてみた所で、どうにも何の価値もないようなことに最大限の価値を 見出している。そんなことでもしていないと彼らの人生は成り立たない。 なんていったって、彼らには人生なんてないのだから。 彼らには与えられた人生すらない。何をすればいいのか、何をしていいのか、 そんないじらしい言葉すら築いてはいない筈なのだから。気付けば彼らにとっ ては奈落の底だ。ただ毎日を浪費する事に、しびれるような快感を付与して生 きている事が、彼らにとっては全てなのだから。そして常に彼らには何かを引 き起こしてしまう。かすかに予期されていながら、それでいて初めから調和を 崩す事が意図されている三文芝居。彼らの演技は常に投げやりだが、結局、彼 らはそれを止める事が出来ない。なんといったって、それが、彼らの全てなの だから。 森も結局はそんな男だった。彼に出来ることといったら、せいぜい誰かの後ろ について回って、よくありがちなキッズ幻想に耽って見せることだけだった。 彼は自分の仕事(なんて事はない。レコード屋のただのバイトだ)を自慢げに 語り、それから自分の車を自慢げに見せびらかし、それから自分の携帯を・・ ・・要するに自らの臆病さをさらけだしながら生きているだけの男だった。び びってなんかねーよ、そんな口答えねたいな態度を回りにぷんぷんによわしな がら。森にはもちろん彼女が居たが、(彼女は森のただひとりの理解者だが) 彼女は森をたしなめた事が一度もない。彼女はちょっとした奴隷みたいなもの で、森の顔色ばかり窺っていた。きっと理解なんて言葉は少し前に死んでし まったのだろう。理解されて生きるという至極当然で、至極あたりまえな生活 の基盤が抜け出した世界で生きている。もしかしたらそれが辛かったのかも知 れない。そんな自分を、情けなく考えていたのかも知れない。森という男は。 森が、珍しく意味ありげな言葉でこれからの自分を語った時、彼を見直そうと した人間は少なくなかった。若いという事が標的になる事もあれば、そうなら ないときもある。必ず、いるもんだ。希に、人間というものに対して愛着を維 持出来る人たちが。いづれにせよ、結果的に我々が振り回された事には変わり が無いのであるが。 彼は家賃が40万近くするマンションを引っ越して、自分の稼ぎで借りれる 部屋を探すと言い出した。彼は「不真面目」なフリーターで、自分の住んでい るマンションも親の金で借りていた。彼の親は、いわゆる一般的なタイプの親 で、一般的でないのは金があまっている事ぐらいだった。だから結局彼の歓心 を買おうとして、大枚はたいて耐えている事しか出来ない親だった。悪かない さ。誰もが何かしらのプライドの持って生きるのが難しい世界だ。悪かない。 だが、結果は散々だ。ひとつの地獄だったのかも知れない。森がマンションを 変わると言い出したとき、森の母親は二度、三度、いいのそれで、いいの、と 森の顔を覗き込んで目を潤ませながら繰り返していた。父親は黙っていた。愛 情が、地獄になっていた。 とにかく彼は、なにを思ったのか、一時期に於いては、信用を得ようと親に 歩み寄りつつあった。少なくとも、表面的にはそれを演じていた。彼にしては 必死のように見えたその言動を悪ふざけだと取る人間もいたが、少なくともそ の行為は表面上は上手く行きかけていた。彼は遠回りした善人の役を演じ、あ ともう少しのところで「信用」の世界に足を踏み入れる所だった。だが彼の親 の思惑とは裏腹に、僕は思わざるを得なかった。やれ始まった。ティーンネイ ジ三文芝居の始まりだ、とね。 僕の予想に反して、森はその後、それまで毎日のように会っていた人間と顔を あわせるのを拒んだ。だからバイトもやめた。携帯の電源はつねにオフ。クル マも売った、と言いたいとこだけどこれはまだまだ。別格、別格、と格別面白 くもなさそうに、力なく上目遣いに、にやけていた。ぼくが、彼に会った時の ことだ。 「で、なにすんだ。これから」僕がわざと格別につまらなそうな顔をしてそう 聞くと、彼は「印刷所で働くんだ」とだけ言った。そんなことじゃない。聞き たいのは。ぼくが少し苛立って、そうじゃなくて、と言いかけると森は「驚か せるよ。いや、とにかく驚くよ。きっと」と何度も繰り返した。 その時、とにかく僕は、馬鹿馬鹿しいと思わざるを得なかった。僕はそもそ も森という男が嫌いだった。偽者は偽者を見せられるのが死ぬほど嫌なもの で、その彼の言葉が冗談であろうが本気で言っているものであろうが、とにか く僕は彼と彼の言葉を嫌悪するしか、その時には、手がなかった。いまやもう 彼のものとなったその地味で「しみ」だらけのアパートの彼の部屋には、寂し げに洗濯物が幾つかぶら下がっていた。僕は話題を変えようと、君が洗濯物と はウケるね、歯磨き粉で洗ったんじゃないだろうね、と言わずもがなの冗談を 言った。その時、僕は確信した。認めざるを得なかったんだ。確かに彼は変 わっていた。確実に、彼の心のうちは変化しいてた。彼の三文芝居は、結局、 僕の頭にだけにしかなかっという事なのだろうか。 彼は僕に答えて、こう言った。 「とにかく、きいの、お前驚くよ、絶対。喜ぶよ、お前、絶対」 僕は「きいの」と呼ばれていた。僕がもう逃げようと返したその後ろ姿に彼は そう何度も呼びかけていた。大袈裟に首を竦めて見せて、僕はその場から遠ざ かった。彼の予想外の変化に目を滲ませた。彼に同情したんじゃない。事実は もっと残酷だ。何かに、責められてるような気がした。僕の心のうちの何処か を。僕は焦って逃げ出した。僕はその時以来、彼に嫉妬する事を覚えた。 彼の変化を嘲りの種にする輩も、僕と同様、確かに少なくなかった。だが彼 の親や、彼の親の知人であるところのその印刷所の社長さんは意に介さなかっ た。あたり前だな。僕らには、それこそ信用がなかった。 彼と親しい友人(いい言葉だね)はみなそれまでの彼となんら変わりのない ような奴等だったからだ。森の父親は、あいも変わらず黙りこくっていた。 ただ、その親父さんは印刷所の社長に森を連れて仕事の事を頼みにいった とき、こんな馬鹿息子ではありますけど、と言いかけて口をつぐんだ。 森は、萎縮するばかりだった。 森と森の周りは全てがうまく行き出した。森はまじめに働いていたし、森の 数多い友人たちは森を嘲るのに飽きて、森が自分たちの友人だった事をも忘 れかけようとしていた。森の親は森の事を親戚に対して、ささやかにそれと 気付かれないように誇りをもって話せるようになったし、何も問題はないか のように見えた。問題を取り残しているのは、どうやら僕だけとなった。森の ような男は結局何をしても駄目な男で、森は死ぬ間際まで自己満足という ごまかしの中で生きていくものだと考えていた。だが、森は僕のその推測を事 もなげに破壊しようとしていた。何かある筈だ。とにかく何かが。 だから、僕は、また、森の家を訪ねた。森はいなかったが、奴の彼女がいた。 部屋に上がる事を断ってから、玄関先で、彼女に言った。 「森も結局、印刷所の従業員か。ところであいつ、驚かせるなんて言ってた けど、それって何のことか知ってる?」彼女はくすっと小さく笑うと「忘年会 で女装するって言ってたから、それかなぁ」。森の周りには笑顔ばかりが見ら れるようになっていた。僕の期待するような手がかりは、ひとつも なかったって訳だ。僕は森とその周囲の変化を持て余すだけの存在となった。 問題は一向に解決しなかった。僕はこだわっていた。そして、見失おうとし ていた。 森が生活を変えてからというもの、彼と付き合っていた友人の大半は彼との 付き合いがつづかなかった。森自身が、付き合いを維持しようと考えていた人 間は数少なかったが、それでも付き合いの続いた僅かな友人達。その中の一人 が僕だった。僕は森に対してそれまで高圧的な態度を崩さなかった。だが彼が 生活を変えると言い出し、現に生活を変えてしまってからというもの、僕の森 に対する優位は薄れはじめていた。僕は森が口にした「驚かす」ような事が、 一体何なのかを知ろうとした。それがなんであるのかを突き止めれば、また僕 の森に対する優位は回復出来ると思っていた。僕は森という男をはなから馬鹿 にしていた。森は臆病で、何も確かなものを身につけておらず、だからそれを 覆い隠す為に嘘ばかりをついている男なのだとずうっと思い込んでいた。 だから、それが僕の森に対して表れる変わらぬ態度の姿であり続けた。森は 一体何故、僕を驚かそうと言ったのか。一体何故、森は、僕が喜ぶような事を するというのだろう。僕は森の変わらぬ情けなさを期待しながら森の言葉を 何度も頭の中で再生してみていた。森が実際には、何も変わっておらず、その 彼の劣った心情が、彼の「あの」言葉にこもっているものだと考える事から、 僕は離れられないでいた。僕は森を通して、ひとつの問題を抱え込もうとして いた。そしてその問題が一切かたづかないままに、森というその問題に対する 手がかりを失った。 森は周囲の男たちと同様、男以前の男だったのだろうか。森はキッズ幻想に耽 り、自己満足という陶片で自らを形作っていただけの脆弱な偶像だったのだろ うか。森が一体何を意図して彼の仲間からの脱出を計り、彼の生活を変えよう としたのか、それは分からない。彼が僕たちの前から消えてから随分と時間が 経つ。森の彼女と会ってから、ぼくは森と一度だけ会った。寒い冬の日だっ た。「なあ、森。おまえがこんなに変わるとは思わなかったよ。親もなんだか 喜んでいるみたいだし、彼女も嬉しそうだった。一体、何があったんだよ」 森は大きく息をついた。白い息があたりに散った。 「あした、あしたねぇ、きっといい事がある。たぶん、それが答えだな」 森は空を見上げながらこう言った。どんより曇った、今にも泣き出しそうな空 だった。森の目が幽かに光をたたえていた。瞳が、潤んでいた。 僕はそれ以上、なにを聞き出そうとも思わなかった。森の言葉に動揺はなく、 あったとしてもそれは心の揺らぎだった。彼の心はその時、絶え間無く揺ら ぎ、ひとつの形を形作ろうとしていた。そこには心があり、その存在は彼を 一段と魅力的に映し出した。彼の彼自身に対する謝罪がどんな形になっても ぼくは彼を信じようと思った。だが、彼がその後に取った行動は、全ての人間 の期待を裏切った。ぼくは沈思した。それが結局、彼が、ぼくを喜ばすといっ て取った行動だったのだから。 彼はその郊外のアパートに引っ越して、しばらく経ってから、消えたんだ。 森を取り囲んでいた人間達。一般にそういう輩を仲間と呼ぶらしい。この世界 では。世間かな、世界と言うより。その「世間」の中で、我々が出来る事なん か限られている。責任という概念を一旦頭に思い描いてしまうと、人間なかな か大胆にはなれない。そして気付くんだ。世間には鎖が張り巡らされているこ とを。何に対する鎖だろう。猛獣よけだろうかね。みな自分の猛獣を扱う自信 がないのだろう。猛獣とは、自分自身であり、自分自身の子であり、自分自身 の友人だ。だから人間みんなその鎖の内側を外れないように丹念に生きてい る。森は、その点、失格だった。彼の取った行動はどう贔屓目に見ても一種の 逃避であり幻想の産物でしかなかった筈だ。彼は自分に結局何もない事を心得 ていたのだろう。自分に諦めを見出したとき、人間少しは素直になるものだ。 だが、森はその自らの素直さすらをも結局耐え切れなかったのだろう。彼はや はりキッズ幻想の囚われであり、臆病な嘘つきだったのだろうか。 森という男を知っている。 いや、男というよりは、彼は彼の周囲の人間たちと同様、男以前の男だった。 彼には、他人に誇れるものが何もなく、 いつも取って付けたようなキッズ幻想の中で生きていた。 彼はその自分自身の惰弱な仮面を外そうと、結局また、あの三文芝居の中に逃 げ込んでいってしまった。遠回りの善人は、蒸発した。 森の母親は捜索願いを出そうと言い出したが、その時だけは、父親がぽつり と、それでいながら恐ろしい調子で、こう言った。「ほっとけ」 彼の昔の友人達は相変わらずで、閉塞した世界の中で彼らなりに生きている。 森が現在、何処で何をしているのは分からない。ただ、僕は知っている。森と いう男が、いた事だけは。 ・・・・ああそれで、残ったのは俺だけだ。 俺はいま、驚くなよ、俺はいま、森の彼女とニ人で暮らしている。 彼女は奴隷にふさわしく、実は前から狙っていたんだ。 それにもう手はつけてあったんだ。森の野郎がやけに偉くなっちまってからね。 彼女はどうも奴隷の役の方が似合っているようだ。 いなくなった森に何をしようが、俺の知ったこっちゃない。 俺は森という男に出会って教わった。 ティーンネイジ・ワイルドネス、結構だね、と。 森という男を知っている。そうだ。俺は森という男を知っていた。 そして、ただ、それだけの事だった。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−− UP操作ミス、誤字脱字の為、#704、705削除
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「短編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE