短編 #0697の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
三年前、祖父が脳卒中で亡くなったときと同じだ。私は青くなった。 こういう病人を動かしていいものなのか、分からない。かといって、冷え込んでく る山の上にこのまま置いておくわけにはいかない。 老人を背負って山道を下り始めた。老人は思いのほか軽かったが、足場が悪くなか なか進めない。 すぐに棒を捨てた。捨ててから熊のことを思い出した。山に満ちる虫の声に混じっ て、風に揺れた熊笹が音を立てるたびに、足がこわばった。 だんだん暗くなってくる。 私にはこれが現実なのか、夢なのか分からなくなってきた。狸に化かされると言う のは、こういうことなのかと思った。 老人を支える腕が痺れ、膝がきしんだ。道はますます暗くなって、足元がおぼつか ない。いま何時頃なのか、もう時計の文字盤も読めない。 あと十分もしたら真っ暗闇になってしまうと思ったとき、光が見えた。老人の家の 明かりだ。 ほっとした瞬間、すうっと光が動いた。 背筋が凍り付いて、足が前に出なくなった。老人を背負ったまま立ちすくんでいる と、光は揺れながら近づいて私の顔を照らした。 「おじいちゃん、どうしたの!」 老人の家の玄関に見えた女だった。 ◇ ◇ ◇ 救急車で病院に運ばれた老人は、一週間後に脳卒中で亡くなりました。 東京の両親の元から、一人暮らしの祖父の家を訪れていた孫娘は、その間ずっと病 室で看病を続けていたそうです。 葬儀が済んだ後、孫娘は篭いっぱいの柿と栗を持って私の研究室に訪ねてきました。 祖父が支払えなかったアルバイト料の代わりだというそのお土産を、私は喜んで受け 取りました。 老人が亡くなって半年後、テレビ局の鉄塔が完成しました。 山の頂上で見たあの幻は、あれは狸の仕業などではなくて、ただの夢だったのかも しれません。 でも、私はやはり狸に化かされていたようです。 今、あの孫娘は私の女房となって、家でのさばっているのですから。 (完) ---------------------------------------------------------------------------- あとがき 『味』『首』『沼』につづく怪談シリーズの4作目になります。 このシリーズは、不思議で奇妙だが、ちょっとした思い込み、勘違い、 夢、酔い、などがあれば誰でも出会うことができるような、リアリティ のある物語を目指しています。 200行をわずかに越えてしまいましたが、長編というほどのものでは ないのでこちらに入れました。 ・峻・
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