短編 #0689の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「う、いけねえ」と空を見あげて篠原はいった。「ふってきやがった。飴だ」 「うわあ、こまったなあ。ぼく傘もってませんよお」 とまぬけな声をだしつつ背後からあらわれた山田三平の背中をどしんとどやしつけ、 「なこた、このおれさまもご同様だっての。わかりきったこといちいち口にすんじゃ ねえ」 不機嫌にいいはなちながら篠原は、路上をぱたぱたとたたきはじめる無数の飴粒に うらみがましい視線をむける。 「どうするんですかあ」 げほげほとむせながら小太りの短躯をおおげさにゆすりつつ三平が問いかける背中 に、篠原はさらに一撃。 「ばか。ぐずぐずしてると邪魔本のおやじ、またまたどっかにふらふら出かけちまう に決まってんだろ。走るぞ、おら」 いいざま、盛大にふりそそぐ飴のなかへいきおいよく走りだす。 ああん、待ってくださいよう、ともたもたついてくる山田三平にむかって篠原は舌 打ちをおくり、 「気をつけろよ三平。ただでさえ飴でころがりやすくなってんだからな。でなくても てめえは、ころころころころあっちでもこっちでも気軽にすっころんでは失笑ふりま いてんだからよ」 との揶揄がおわらぬうちに、 「うわあ」 と間のぬけた悲鳴とともに山田三平が路上にころりとすっころがった。怒る気力も わかずに篠原は「あーあ」と天を見あげる。その顔面にばたばたとふりかかる、無数 の飴粒。 「たたた。これだから飴はなあ。ったく、天気予報もちっともあたりゃしねえし。し かたがねえ。タクシーでいくぞ」 いいながら篠原はガードレールをのりこえて路上に乗りだし「回送」の表示がしっ かり出ているタクシーを強引にとめさせてとっとと乗りこみ、ケツをおさえてうろう ろしている三平に叱責を加えながら車内にひきずりこんだ。 「はあ、ひどい目にあっちゃったなあ」 と愚痴たれる三平の頭をこつんとこづいて 「いつものこったろうがよ、このうすのろが、ったく」 と毒づく。 あー、せんぱいひどいなあ、それじゃまるでぼくがバカみたいないいかたじゃない ですかあ、とまるで自分がバカではないかのような抗議を返してくる三平には、内心 の脱力感をおしころして冷たい無視を決めこみ、篠原は見るともなしに窓外に視線を さまよわせた。 いき交う車のタイヤにばきばきとつぶされていく無数の赤い粒を目にして、今日の はリンゴ味か、と漠然と考えていると、 「やあ、イチゴ味ですよ。おひとつどうです篠原せんぱい。なかなかいけますよ」 口いっぱいに飴玉をほうばったまぬけ面をもぐもぐさせながら三平が手のひらいっ ぱいの赤い玉をさしだしてよこす。 おい、あのなあ、とあきれ顔でなかばつぶやくようにいって篠原は、はああとこれ みよがしにながながしいため息をつき、 「おまえね、いくら飴だっつったって、きたないんだよ、こういうのは。高空の雲ん なかで撹拌されてできてきたもんだし、最近じゃ水銀だかなんだか人体に有害な物質 がふくまれてるってんで問題になってるっていうし、よ。おまえきいたことない? 酸性飴とかいうだろ?」 「はあ。でもおいしいのになあ」 と心底しあわせそうな顔をしてべちゃべちゃと舌をならす。 もういい、と力なく吐きすて篠原はふたたびため息をつく。 そのまましばらくは無言でいたのだが、となりで際限なくぺちゃぺちゃつづく舌つ づみの音にいらいらをつのらせた表情で、篠原は不機嫌そうに運転手にむけて話しか けた。 「よお運ちゃん。さっきからぜんぜん進んでないじゃないか。いったいどうなってる んだい。こちとら、しめきりまぎわにしょっちゅう行方をくらます作家の大先生がよ うやくつかまったってんで、いそいでるところなんだがな」 「すいません。それがこの飴でねえ」と運転手は、さして気にしたふうもなさそうな 表情でのんびりと頭をさげた。「なにしろ飴なもんだから、ワイパーなんかもあんま り役にたたないしねえ。運転しにくくって、すぐに渋滞になっちまうんですよ。事故 も多くってねえ。それにお客さん、今日なんざまだましなほうですよ。黒飴とか小梅 ちゃんの大玉とかふってきてごらんなさいよ。もうめちゃくちゃですよ。チュッパチ ャップスなんかふってきた日にゃあんた、棒つきですから」 「あー、ペロペロキャンディもな」 うんざりしたふうに篠原はあいづちをうち、ほどもなくしびれを切らした。 「もういい。とめてくれ。歩いていく」 のんびりと車をわきによせる運ちゃんに業をにやした風情で投げつけるように金を わたし、それでもしっかり釣り銭と領収書はうけとって山田三平の尻をけとばしなが らふたたび路上へとおりたった。 「うらうらうらうら三平このうすのろ、なにつったってんだ走るぞこの」 とぽちゃぽちゃした三平のケツ肉にやたら蹴りをくらわせつつイチゴ味の飴が顔面 にふりつけてくるのを両腕でガードしながら走る。こけまくる三平の尻に容赦のない 叱責をくらわせつつようやくたどりついた大作家先生の仕事場であるマンションの玄 関先で、ぴぽぴぽぴぽとせわしなくチャイムをならしまくると、 「あら、遅かったじゃない」 しどけないかっこうででてきた、見るからにキャバ助といった感じの女。 ち、またか邪魔本のおやじめ、仕事場にまで囲った女つれこむなってんだ、とうか ぶ内心の憤懣をぐっとおさえて極力事務的な口調で 「先生、まだいますかね。なにせしめきりとっくのむかしにすぎてるってのに、原稿 ほったらかしで遊び歩いてるって情報入ってるんで。ようやくさっき連絡とれたとこ ろで、原稿もうすぐ完成するってんですっとんできたんですけどね」 と問いかけると、女はざまあみろとでもいいたげなうす笑いをうかべてみせた。 「原稿? できてるわけないと思うけど。だってさっきあたしといっしょに熱海から かえってきたばっかだし」 あちゃー、と篠原は天をあおいだ。 「いそがせなきゃ。先生、なかですかい? ちょいとお邪魔しますぜ」 と女をおしのけるようにして入りかける背中ごしに、 「先生ならいないわよ」 と一撃がきた。 かこん、とあごをはずしてふりかえる篠原に、女はあいかわらずのうす笑いの顔の まま、 「あんたの電話うけた直後に、逃げるみたいにしてでかけてったわ。あたしはひと眠 りしたかったから、残ったけどね」 「なんてこった。あんた、なんでとめてくれなかったんだくそ」 「そんなこと、あたしの知ったことじゃないでしょ」ふん、と鼻をならして女は高飛 車にいう。「逃げる作家をつかまえるのは、あんたの仕事なんじゃないの」 「こうしちゃいられねえ。いくぞ三平」 ぼけっとつったっていただけの三平の襟首つかまえて走りだしかけ、ふと立ちどま ってしまりかけたドアを制止し、めいわくそうにふたたび顔をだす女にむかってあわ ただしく問いかける。 「おいあんた、先生の行くさき、心あたりないか」 「さあねえ。この時間だったら、新橋の“左甚五郎”かしらねえ。銀座の“雅”には まだはやいから」 「新橋の“左甚五郎”だな? ありがとよ、ねえちゃん。あんたいい女だぜ」 「あらいやん」 とくねくねしなをつくりはじめるのをおきざりに、しぶる山田三平をせきたてなが ら篠原はふたたびはしりだした。外へでると、飴はますますはげしくなっている。 道路の渋滞状況をみて今度は最初からタクシーはあきらめ、もよりの駅にむかって かけこんだ。 切符を買うのももどかしげに、おろおろするばかりで動作のひとつひとつが悠長な 山田三平のケツを蹴りとばしてせかしつつ、階段をかけおりてホームにたどりつくと 黒山の人だかり。 「うわあ。人でいっぱいだなあ」 と呑気な味だして感嘆する山田三平の後頭部をすぱんとはり飛ばし、くりかえされ ている駅構内アナウンスに耳をかたむける。と、 『ええ、ただいま混雑のため中央線はおくれております。お客様にはたいへんご迷惑 をおかけいたしております。ただいま飴のため電車はたいへん混雑しており、ダイヤ はおおはばに遅れております。ご迷惑をおかけしてもうしわけありません。ただいま 中央線は「「』 「ええい、ちくしょう!」ぷちーんと切れて篠原はみたび三平の襟首をつかみあげ、 「もいっちょ、走るぞこの」 と宣言した。 「ええー? ここ御茶ノ水ですよお。ほんとに走るんですかあ」 と情けなげに抗議する三平をひきずるようにしながら、 「うるせえ、ダイエットにちょうどいいだろうがこの小太りめが」 毒づきつつ階段をかけあがり、さらに激しくなりつつある飴のなかへと走りだす。 坂をおりはじめたところで、三平がすてーんとすっころんで篠原をものすごいいき おいで追いぬき、そのまま路上にしきつめられたイチゴ味の飴の上をころの原理で猛 スピードで滑走しはじめた。 「ああっ、こら三平、なんつう荒技を」 あわててあとを追いかけかけ、篠原もついに飴に足をとられて転倒し、そのまま三 平のあとを追って降下滑走を開始する。 坂のてっぺんから最後まであおむけのまま疾走し、どっかん、どっかんとたてつづ けに坂下のガードレールに激突してようやくのことで停止した。 いててててと腰をさすりつつよれよれと起きあがる篠原の頭上から、飴は情け容赦 もなくふりつづく。 「うーん。先輩、ぼくもういやですよう」 路上にへたりこんで泣き言をいう三平の背中を力なく蹴りつけ、篠原もため息をつ きながら空を見あげた。 どよどよと全天をおおいつくすイチゴ色の雲を見あげながらうんざりとしたように 首を左右にふり、よし、とむりやりしぼりだすように声をあげ、三平をふりむいた。 「いくぞ三平。新橋の“左甚五郎”だ」 「もういやですよう。だいたい、いったいこの世の中じゃいつから飴が空からふるよ うになっちゃったんですかあ」 「うるせえこのばか。んなこといったって、ふるようになっちまったもんはしようが ねえだろうが。いいから黙ってついてこいってんだ、うら。いくぞ」 いいざま、みたび飴のふりしきるなかへと走りだす。 よぼよぼと立ちあがり、ふらふらしながらあとを追いはじめつつ、三平は愚痴っぽ い口調でさらに述懐する。 「むかしはもっと、べつのものがふっていたような気がするんだけどなあ。いったい、 どうしてこんなことになっちゃったんだろうなあ」 そんな三平のつぶやきをあざ笑うかのように、飴はどしゃぶりになりはじめた。 雨――了
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