短編 #0652の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
1 「あなた誰?」 夕暮れの薄汚れた街角で、マイは問いかけた。声をかけられた相手は、物憂げに 顔を上げてマイを見た。 マイは少し驚いた顔で、目を見張った。まだ子供だ。もっともマイも、外見上は 少女と呼ばれる年代を脱してはいないのだが。 「ぼくは……」少年は首を横に振った。「名前に意味なんかない」 「どうでもいいけど。ここで何やってるの?」 「どうしてそんなこと訊くのさ」 「どうしてかって言うとね、ここがあたしの家で、あなたが階段の前に座り込んで いるからよ」 「そうか」少年は、ひどく大人じみた----決して背伸びではない----乾いた笑いを もらした。「ごめん。すぐどくから」 少年はのろのろと立ち上がった。身にまとったボロを引きずるように。 「ここで何してるのよ」マイは再び訊いた。 「迷惑をかけるつもりはないんだ」 少年の弁解するような言葉を聞いて、マイはむっとしたように腰に手をあてた。 「誰も迷惑だなんて言ってないじゃない。お腹でも痛いの?」 「そうじゃないよ」少年は階段の入り口からどくと、数歩離れた場所に座り込んだ。 「ただ、行く場所もないし」 「無料救済所なら、3ブロック行ったところにあるわよ」マイは指さした。「パン とスープが支給されるし、毛布だって貸してもらえるわ」 「知ってる」 「じゃ、どうして行かないの?」 「行きたくないんだ」少年は肩をすくめた。「階段を塞いで悪かった。もう通れる よ」 マイは呆れたように少年を見ると、首を振りながらそのそばを通り抜けて、階段 に足をかけた。だが、数歩昇ったところで足を止めると、後ずさりして首をひょい と出した。 「ねえ」 少年は膝の間に埋めていた顔を上げた。 「よかったら、うちに来ない?」マイはためらいながら言った。 「え?」 「そんなところで寝てないで、あたしのうちで寝たらってこと」 「どうして?」 「どうしてって……」 「ぼく、お金なんて持ってないよ」 「あのねえ」マイはむっとした。「あたしは純粋な好意で申し出てるのよ」 「そんなものがまだあったとは知らなかったな」 「ひねくれてるわねえ」 「そう?」 「じゃあ、言い換えるわ。あんたにそんなところで死なれるのは困るのよ。あたし がいろいろ訊かれることになるんだから。せめてあたしのうちで何か食べて、救済 所に行くか、政府の施設でも探したら?」 少年の視線が、はじめてマイの目を見た。驚くほど澄んだ瞳に、マイはどきりと したが、平静な表情を崩さずにすんだ。 「どう?」 「わかった」少年はうなずいた。「じゃあ、一晩だけ、泊めさせてもらうことにす る」 「ついてきて」 「狭いけど、あんたが寝る場所ぐらいはあるわ」部屋のカギを開けながら、マイは 言った。「入って」 少年は中に入ると、無言で部屋を見回した。狭いというのは謙遜ではなかった。 10年前の型のテレビと、崩れそうなソファが置かれているだけで、部屋は座る場 所さえなかった。小さなキッチンと、別室に通じているドアがある。他に人はいな かった。 マイはコートをソファに投げかけると、キッチンでうがいをした。そして、冷蔵 庫からソフトドリンクの缶を2本取ると、1本を少年に渡した。 「ソファで寝ていいわよ。古ぼけてるけど、きれいにしてるから。夜中に暴れたり するくせはないわよね?」 「うん」 「あ、そっか」マイは笑った。「あたし、マイ。あんたは、まだ名前を言う気にな らない?」 少年は困ったようにマイを見た。 「ま、いいわ。あっちのドアは、あたしの仕事場だから、入らないでね」 「仕事って?」 「すぐにわかるわ。もうすぐ仕事の時間だから」 マイはドリンクを飲み干すと、着ていたワンピースのボタンを外した。ワンピー スがするりと床に落ちる。小さな下着をつけただけの白い肢体が露になった。 少年は動揺した様子もなく、かといって情欲に駆られたふうでもなかった。マイ は、からかうように微笑むと、部屋の隅に吊してあった、もう少し丈の短いワンピ ースを頭からかぶった。 太腿の半ば以上がむき出しだった。胸元も大きく開いている。 チャイムがなった。マイはドアを開けた。 「いらっしゃい」 マイが招き入れたのは、30代の男だった。サラリーマンらしく、安物のスーツ とコートを着ている。男は好色な笑いを浮かべながら、マイについて部屋の中に入 って来たが、ソファに座っている少年を目にすると、問いかけるような視線をマイ に向けた。 「その子なら気にしないで」マイは何かの書類を記入しながら言った。「カードも らえる?」 「ああ」 男が差し出したカードを受け取ったマイは、キッチンのテーブルの上にあったリ ーダーに通し、リードアウトを読んで書類に記入した。そして、カードとともに、 書類を差し出す。 「サインして」 男は乱暴にサインして、書類を返した。マイは書類を確認すると、複写式の一枚 めをはがして、男に渡した。 「はい。年末調整の対象になるから、なくさないようにね」 「わかってるよ。早くやろう」 「ええ。こっちよ」 マイは別室のドアを開けた。淡いピンクの照明に照らされた薄暗い部屋の中には、 キングサイズのダブルベッドが見えた。 男を中に入れると、マイはドアを閉める前に少年に言った。 「すぐ終わるからおとなしく待ってて」 男が背後からマイを抱きすくめ、胸元に手を突っ込んだ。マイは何か文句を言い ながらドアを閉ざした。 少年は黙って座っていた。 まもなく薄いドアを通して、マイのうめき声が洩れてきた。 30分後、男がネクタイを直しながら、ドアから出てきた。楽しそうに鼻歌を唄 っている。少年を見ると、上機嫌に財布から紙幣を一枚取り出した。 「お姉ちゃんにチップだ。うまいもんでも食いな」 少年は黙って紙幣を受け取った。男は礼の言葉を期待するように少年の顔を見つ めていたが、やがて肩をすくめると部屋から出ていった。 男の後ろ姿を見送っていた少年は、玄関のドアが閉じられると、マイが仕事場と いった部屋のドアに視線を転じた。ドアは、半分開けっ放しになっていた。マイが 出てくる様子はない。 少年はしばらくソファに座っていたが、やがて立ち上がると、ドアに近づいて中 を覗き込んだ。 マイは、全裸のまま、ベッドの上でぐったりと仰向けになっていた。 少しためらった後、少年はおそるおそるベッドに近寄った。マイは肩で息をして いて、片手が首をさすっている。首には30分前にはなかった赤いあざがある。 少年の足音で、マイは目を開いた。 「ちくしょう、あの変態野郎……」マイは呻いた。「ねえ、悪いけど、冷蔵庫から ドリンク持ってきてくれない?」 少年はうなずくと、キッチンに走った。冷蔵庫からさっきと同じドリンクを取っ て、ベッドルームへ引き返し、プルタブを引き開けて、マイに渡す。マイはよく冷 えた缶を喉にあてた後、ごくごくと中身を飲み干した。 「ふう」 息をついたマイは、ゆっくりと身体を起こして、シーツを身体に巻き付けた。片 手はまだ首をさすっている。 「ありがと。あたしの仕事が何だかわかった?」 「人類存続プロジェクト要員」少年はつぶやくように言った。「2085年から始 まった滅亡回避委員会によって作られた人造人間。別名セクサロイド」 「そ。あたしは、人類の希望を担った人形ってわけ」マイは笑った。「なーんか皮 肉よねえ。人類の存続を、人類ではない女が助けることになるかもしれないなんて ね」 「まだ成功例はないんだろ?」 「ないみたいね。最後の子供が生まれてから、もう10年になるのにね。平均年齢 の記録は上がる一方ってわけ。例の爆発した小惑星の放射線の影響はとっくに消え ているはずなのにさ」 「最良の予測でも、あと100年だそうだよ。最後の人間が生きていられるのは。 このまま誰も妊娠しなければ」 「どーだっていいわよ」マイはごろりと横になった。「そうなったら、クローンと 合成人間で、社会は存続していくだろうから。あたしたちは年もとらないし、定期 検査をしっかり受けてれば、理論上病気になることもない」 「それがはたして人類社会と言えるかどうかは疑問だけどね」 「知ったことじゃないわよ」マイは起き上がった。「あーあ、お腹空いた。仕事も 終わったし、夕食にしよ。あんたも食べるでしょ?」 シチューとパン、新鮮な果物が並んだテーブルで、マイは旺盛な食欲をみせた。 対照的に少年は、食べることは食べたが、その量はマイの半分以下だった。 「だめじゃない。育ち盛りなんだから、もっと食べなきゃ。遠慮なんかすることな いのよ。あたしたちは健康でいる必要があるから、お金には困ってないし」 「ちょっと食欲なくて」少年は微笑んだ。「でも、ありがとう」 「ねえ?」 「なに?」 「あんたがどこから来たかとか、どこへ行くつもりだとか、学校も行かずに何をや ってるだとか、そういうことは、話したくなければ訊くつもりはないわ」 「……」 「でも、せめて名前ぐらい教えてくれてもいいんじゃないの?」 少年はためらったが、マイの顔を見て、渋々口にした。 「クリス」 「クリス」マイは繰り返して微笑んだ。「いい名前じゃない」 「ありがと」 「ねえ、行くとこないんだったら、しばらくここにいてもいいのよ。やじゃなけれ ばだけどさ」 少年は少し考えた。そして、おずおずとうなずいた。
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「短編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE