短編 #0646の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
雑草が我が物顔に生い茂った空き地があった。 周りには申し訳程度の柵があり、明らかに素人の手とわかる出来映えの鉄条 網が張ってある。 その空き地の真ん中に、ある日一つの冷蔵庫が捨てられていた。 通勤途中のサラリーマン達は、なぜかそれが気になるらしく、必ず毎日の行 き帰りに目を向けた。そして、きちんとそこにあることを確認すると、安心し た様子で通り過ぎていくのだった。 ある時近所の子供達がその空き地に入り込み、興味深げに冷蔵庫の扉を開け た。中に何も入っていないことで興味を失った子供達は、扉を開けたまま、ま た別の遊び場へと走って行った。 サラリーマン達は、扉が開いたままのその冷蔵庫を見ると、皆一様に少し悲 しそうな顔で家路を急いだ。また一つの夢が消えてしまったとでもいうように。 しばらくすると、扉はまた閉じられていた。 彼の家の前には空き地があり、玄関を出るとまず、それが目に入った。 初めてそれを見たのはいつだったのか。それよりもいつ頃からそれがそこに あったのか、彼にははっきりとはしなかった。 それでもいつからか、何となく通勤の行き帰りに目を向けるようになってい た。それは変化のない毎日の風景の一部となり、単なる習慣となっていた。 ある雨上がりの朝、彼はしばらく足を止め、じっとそれを見ていた。 雨に洗われ、まだ雨滴をしたたらせながら太陽に向かって胸を張り、真っ白 に輝くその姿は、あまりにも堂々としていて、ただのうち捨てられた冷蔵庫と は思えなかった。 「どうしてそんなに暗いのよ。気味の悪い目つきで私を見ないで。ぞっとする わ。そんなことだからいつまでたってもうだつがあがらないのよ」 どこからか聞こえてきた声が、彼を現実に引き戻した。 いつものことだ。振り向いても誰もいやしないことはわかっていた。 彼はまたいつもの道をいつもの歩調で会社へ向かった。 特に熱心に仕事をするわけでもなく、かといって手を抜くこともなく、ただ 黙々と時間を過ごし、昼休みになった。 またいつものように同僚が声をかける。 「吉田さん。お昼どうですか。ああ、またお弁当ですか。いや、うらやましい」 彼が弁当を持参するのは、そういう社内の人間達とのつきあいがうっとうしい からだった。同僚達がなにをうらやんでいるのか、彼には理解できなかった。単 にからかわれているだけなのかもしれないと思いながら、いつも少し困ったよう な顔でやり過ごすのだった。 「お弁当なんて食べたければ自分で作るか、買っていけばいいじゃない。何でそ のために私が早起きしなくちゃならないのよ」 また頭の中に声が響いたが、彼はそれも深くは考えず、黙々と箸を動かした。 会社から家に向かういつもの道で、彼は子猫を見かけた。一瞬ためらった後、 両腕で包むようにして家に持ち帰った。 彼はかいがいしくその猫の世話を焼き、かわいがっていた。 ある時、ミルクを飲む様子があまりにも可愛らしいので、頭をなでようと彼が 手を近づけると、とっさに子猫が彼の指をかんだ。 人差し指の先に、針で突いたような小さな穴があき、血の玉がぷっくりと浮き 上がってきた。 彼はしばらくの間、じっとそれを見つめていた。 ある晩、彼は冷蔵庫の扉が開いていることに気付いた。雨水や泥で汚れ、錆の 浮いた腹の中をむき出しにしたその姿は、みすぼらしくて、見ていられなかった。 家にとって返すと、小さな紙袋と白いタオルを抱えて戻った。中をきれいに拭い た後、その紙袋を大切な宝物のようにそっと中へしまうと、扉を閉めた。彼は、 堂々とした姿に戻った冷蔵庫に向かって満足げに一度頷くと、家に帰っていった。 数日後、彼の家に二人の刑事が訪ねてきた。二人が本物の刑事かどうか彼には 判断がつかなかったが、警察手帳らしきものを見せた後、背の低い年輩の刑事が 言った。 「吉田浩司さんですね。実は、奥様の秋美さんのご両親から捜索願が出されてい まして・・・・・・」 それから先の言葉は、彼の耳には届かなかった。彼の眼は、目の前の空き地に吸 い付けられていた。 空き地の冷蔵庫の周りで、三人の子供達が遊んでいた。 刑事が、あらぬ方向を見ている彼の視線を追うと、ちょうど冷蔵庫の扉に一人 の子供が手をかけるところだった。 「やめろ、きさまらあ。それにさわるんじゃない」 彼の凄まじい剣幕に恐れをなした子供達は、あわてて逃げていった。 その様子を見ていた背の低い刑事は、若い長身の刑事に言った。 「ちょっとあの冷蔵庫を見てきてくれないか」 「何を言っているんだ。あれは神聖なものなんだ。触れてはいけない。やめろ、 やめてくれ」 背の低い刑事はまあまあと言いながら、彼をうまくガードして、動かせてはく れなかった。 若い刑事が小さな紙袋を提げて戻ってきた。 「長さん。何だかわかりませんが、腐ってますよ」 「開けて見ろ」 「いやだなあ。うっ。ね、猫みたいですね」 放心状態で、何ごとかぶつぶつと言いながら、ぼんやりと冷蔵庫の方を見てい る彼をのぞき込みながら、長さんと呼ばれた刑事は何かを考えていたが、しばら くすると、落ち着いた声で言った。 「ちょっとお宅の冷蔵庫を拝見させて貰えませんか」
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