短編 #0560の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
時計が止まった日 水口 そうみ 朝、歩きながら、ふと懐中時計を見た。 時計は、七時二十六分を指したままだった。 おそらく、電池が切れたのだろう。 僕は、止まった時計を持ったまま、歩き続けた。 朝、梅田駅にて、 背広の列が、途切れることなく、エスカレーターを歩いている。細かく見れば、人 によって色は様々だが、僕には同じに見えた。エスカレーターを進む背広姿は、人の 流れというよりは、コンベアで運ばれるロボットのように見える。まるで、血管を流 れる赤血球のように、背広姿は一本の道を流れていく。赤血球は血管を流れ、細胞中 のミトコンドリアに酸素を運び、そのミトコンドリアが活動エネルギーを生み出す と、高校の授業か何かで聞いた記憶がある。無言で駅を流れていく、背広姿の長い列 は、どこへ、何を運んでいるのだろう。 ・・・・エスカレーターを横目で見ながら、僕は地下街をぶらぶらと歩いた。 十時、百貨店の地階にて。 百貨店で電池を入れ替えようとした。地階から六階の時計売り場へ行こうと、地下 食料品売り場に入った。入った途端、一階から行けばよかったと少し後悔した。オバ サンの活気に押されてか、上へのエレベーターまでなかなか辿り着けない。 小さいころから、僕は地下の食料品売場が嫌いだった。出口がみつからずに、こわ い思いをしたことがあるからだ。今も、僕は、出口を求めてきょろきょろしている。 ふと、僕の祖母に似た老女を見かけた。孫らしき男の子を連れて、おはぎを買って いた。 僕が、あの男の子と同じぐらいの背だったころは、店で売っているおはぎを食べた ことはなかった。それは、祖母が、お彼岸になると、お供えにとたくさん作ってくれ たから。祖母のおはぎは、餅米ではなく白米で作り、あんも甘くなく、近所でも評判 だった。それが、いつのころからか、祖母は理由あっておはぎを作らなくなった。 (祖母は、今も健在だが) 今では、きれいにパックされた菓子屋のおはぎが、家の仏壇に並ぶようになった。 祖母は、おはぎの作り方を今でも覚えているだろうか。男の子を連れた老女は、お はぎを作ったことがあるだろうか。僕はもう、祖母のおはぎを口にすることはないの だろうか。 ・・・結局電池は替えないまま、朝昼兼用のパンを買って、僕はそのまま百貨店を出た。 昼、公園で。 止まった時計を持ったまま、公園のベンチに腰を下ろした。昼時はどこも混雑して いる。こんな所で食事をするのもたまにはいいだろう。ここは、都会の中に残された 小さな公園だった。こんな公園は僕の家の近くにもあり、僕が小学生だったころは、 よくその公園で遊んだ。「六時までに帰ってきなさいよ」などといわれた日には、よ く自分の腕時計を止めたり、遅らせたりした。まるで、遊び時間を長くするおまじな いをするかのように。 思えば、昔はよく時計が止まった。それは、自ら止めていたせいでもあり、僕の時 計がゼンマイ式だったせいでもある。当時使っていた時計は、もちろん止まった まま、机の引き出しの中にしまってある。ゼンマイを巻けばまだ動くが、時を刻む仕 事は他に任せて、当時の時間を指したままになっている。時計の中で、時間は止まっ ている。 最近僕は、現在(いま)というものを考えたことがあるだろうか。止まった時計を 見ていると、自然とそう思えてきた。僕は少し先の未来を見続けながら、現在を一瞬 のうちに過去へ追いやっている。僕の中の時間は動き続けている。止まった時計は、 未来へ進むのを拒むかのように、子供のころのおまじないのように、現在を指してい る。時を刻まない。僕は、止まった時計に習って、小さな公園の中で、現在を考えて みた。 ・・・・・・しばらくして、近くの時計屋で、時計の電池を入れ替えた。 夕方、梅田駅にて、 用事を済ませた僕は、今エスカレーターに乗って地下へ降りている。 人の流れに 従っている。 エスカレーターの上で、人の流れの中で、僕はずっと時計のことを考えていた。最 近、太陽電池やら発電するやらで、止まらない時計が増えてきている。そういう時計 は現在を指すことはなく、ずっと時間を刻み続けるのだろう。いや、唯一現在を指す ことがあるとすれば、それは故障したとき、つまり動けなくなったときだけ。そんな ときにしか現在を指さない時計は、現代的なのか、近未来的なのか。いずれにして も、僕にはそういう時計が、少し悲しげに見える。僕はシンプルでいいから止まる時 計でいたい。僕のまわりの、今地下街を歩き続けている人たちは、どんな時計を使っ ているのだろうか。 五時を過ぎると、やはり背広姿が多くなる。 僕も何年かすると、背広姿になる。それまでに、背広姿になるまでに、僕の時計 は、あとどれくらい止まってくれるのだろうか。
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