短編 #0526の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
僕の趣味は読書。 などと言うと、無趣味と同じじゃないかと、鼻で笑う人もいるだろう。読書 は、映画鑑賞や音楽鑑賞と並んで、趣味に入らない趣味という色合いが強い。 誰もがそこそこ本を読むし、映画を観る、音楽を聴くからだろう。 だけど、僕の場合、趣味と聞かれて読書と答えるのは、当然だと思っている。 僕は一日の内、仕事としてやるべきをやるために使う時間以外は、ほとんど 全て、読書に費やしている。食事中や入浴中、大小の用足しのときも、本を手 放さずにいる。 かつては眠るときにさえ、睡眠学習を応用して、カセットブックを耳で『読 んで』いるが、こちらの方はさすがに頭に残ることは少ないようだ。よって、 今はやめている。 慣れてきたものの、『ながら』の読書は、どうもいけない。やはり、読書は 落ち着いた環境でするに越したことはない。 だから、フローリングでうつ伏せになり、本を開くひとときを、僕は一番好 む。好むけれども、そんな本好きの僕でも、人間である。本だけにかじりつい てはおられない。口が寂しくなる。 という訳で、手近には必ず、ポテトチップのビッグサイズを一袋に、三五〇 ミリリットルの缶コーヒーを一本、置いておく。コーヒーの方は先になくなっ てしまうこともあるが、ポテトチップを平らげると同時に、僕は小説一冊を読 み終えている。こんな読書が最高である。食べながら、飲みながら。この程度 の『ながら』は必要なのだろう。 断っておくと、飲み物はコーヒーに限る。いくらポテトチップとの組み合わ せとは言え、コーラ等の炭酸飲料はいけない。げっぷが来ると、本に集中でき なくなる質なのだ、僕は。 ポテトチップは油で手が汚れるから、読書には不向きだと思われる向きもあ るだろう。僕も一頃、そう思っていた。 けれども、長時間、読書をしようと思えば、最も適した手軽な食べ物はポテ トチップである、少なくとも僕の場合。手が汚れるのは、濡らした布巾でも用 意しておけば事足りる。 一方、利点は、味の面で飽きが来ないのだ。あればあるだけ食べられる、そ んな感じ。他の菓子類だとこうはいかないようなのだ。くどいようだが、僕の 場合、である。 こんな理由で、僕は新書を買おうとレジへ持って行く前に、一つの心配をす る。 「家にポテトチップはあっただろうか? 缶コーヒーはあっただろうか?」 と。たいていはないのだ。コーヒーはインスタントを煎れるという手もある が、ポテトチップを作るのは、ちょっと面倒だろう。たとえ、買い置きのつも りで余分に買っても、つい読書が進んでしまい、二冊目、三冊目へ手を出すに つれ、ポテトチップも新しいのを開けることになるから、すぐになくなってし まう。 ないとなると、補充しなければならない。当然、最低でもポテトチップを買 えるだけのお金は、手元に残す必要が出てくる。 こういうとき、財布を覗くと、千円札が一枚だけなんてことがよくある。ポ テトチップの大袋一つが一九〇円として、本の代金に回せるのは八一〇円。こ こ数年、新書が値上がりしているから、これでは足りないことがあるのだ。そ ういうときが一番みじめだ。大げさかもしれないが、落ち込んでしまう。代用 として見合う文庫本でも見つかればいいのだが、そうでなければ新しい本を買 うに買えず、その日の帰宅後、家で何も読まず過ごすなんてできないので、仕 方なしに、すでに読んだ本を読み返すことになる。 一日で読める本の冊数は、どのくらいになるだろうか。きちんと数えたこと はないのだが、小説だけでなく、漫画や雑誌を含めると、十は下らないのでは ないだろうか。 今より若い頃、僕はずっと小説ばかり読んでいた。だけど、さすがにそれで はお金が足りないので、最近は小説は一日に一冊、新書を読むことを原則とし ている。それでも、新書の小説一冊を七百円として計算してみると、一ヶ月に 二万円以上を小説購入につぎ込んでいることになる。この他の漫画や雑誌を合 わせると、いったいどれだけになることやら、算出するのが恐ろしい。 そういう理由もあって、僕は好きな読書をいくらかセーブする必要に迫られ た。苦慮の末に、自宅で読む分については、一日一冊、新書版の小説をじっく りと読み込むこと。こうすることにした。なるべく時間をかけて読む。これが 案外、いい。何度かページを戻ることもあるから、自分の読み落としに気づく ことはもちろん、作者の工夫や伏線が見えてくることも、往々にしてある。 この頃になって、ようやく習慣づいてきたのか、こうしてじっくりと一冊の 本を読むのにかける時間と、ポテトチップ一袋を空にするペースとが重なって きた。無論、小説の出来不出来にも関わってくるのだが……。 出来の悪い小説を読まされたあとは、悪夢を見ることが、たまにある。それ も、いつも同じ夢なのだ。いささかコミカルな内容だが、決まって、ポテトチ ップの妖怪が登場する。 ポテトチップの妖怪とはどんな格好か。僕の想像力が貧困なのだろうか、三 メートルほどもある超巨大ポテトチップのパッケージに、ややつり上がった目 と、さけたような大きな口を配し、あとは細い手足を付けただけである。こい つが、襲ってくるのだ。 「食え。そんなに食いたきゃ、食わせてやる。もっと食え」 と、どこかの方言じみた口調でまくし立てながら、僕をいつまでも追いかけ る訳だ。その間、妖怪の頭からは、火山の噴火のように、ポテトチップが飛び 出し続けている。 こう書くと、ちっとも恐くない。だけど、夢の中では、異様に恐い。 で、最終的に、僕はポテトチップに埋もれ、油の臭いをかぎながら、いつま でも苦しむ……と、目が覚めるのだ。 我ながら妙な夢を見る。だけど、これは、面白くない小説を書く作家が、一 番悪いのだ! と、力説したい。 翌日から三連休となっていた。僕はいちいち本を買いに行くのが面倒だった ので、帰宅途中のいつもの書店で、じっくりと品定めした末に、四日分の本を 買い込んだ。 あまりにもじっくりと品定めしたせいで、ポテトチップのことを忘れていた のが失敗だった。自宅近くのコンビニエンスストアに行って買えたのは、たっ たの一袋。これでは結局、明日の朝にでも買い出しに行かなくてはならない。 全く、とんだどじだ。 そうは思うものの、何冊もの小説を手に、家に帰り着いたときは、何とも言 えぬ幸福感に浸れた。さあ、三日と数時間、読書三昧できるんだと思うと、顔 がほころんでしまう。ところが……。 最悪だった。一冊目に選んだのは、『ドランケンキュライン』というタイト ルの小説で、帯にはコミカルホラーと謳ってあった。題名からおおよそ想像が 付くだろうけど、内容は、ドラキュラとフランケンシュタインを合体させて新 たな化け物を作り、それが発端となって、次々とトラブルが……という話。 さほど期待してはいなかったものの、ここまでひどいとは思わなかった。フ ランケンシュタインのモンスター自体がすでに科学を無視した合成人間なのに、 そのフランケンシュタインとドラキュラを合体させるために、この作者ときた ら、DNAがどうとかこうとか、聞きかじりに違いない科学を持ち出して、説 明しようとしているのだ。遊ぶなら、もっと徹底しろって言いたい。 初っぱなからそんな駄作にぶつかってしまったもんだから、僕の読書欲は満 たされるどころか、前よりも一層、いい本に飢えた状態に。 「くそ」 一人っきりの部屋で一人ごち、僕は胸に溜まったむしゃくしゃを押さえつけ ながら、別の新書を手に取った。一日に二冊を読むことは本来ならしたくない のだが、これではどうしようもない。精神衛生上、悪すぎて、寝付けそうにな い。 今度の書名は『黄金郷殺人事件』。『黄金郷』という単語には、エルドラド とルビが振られている。シリーズ探偵物で、やや軽めだが面白い事件を描いて くれるので、まずまず期待しつつ、いつものペースで読み始めた。 だが、期待は裏切られた。なるほど、途中までは面白かった。物語の世界に 引き込まれた。しかし、解決の段になって、探偵の語る推理にどうにも納得で きないのである。自分が読み違えたのかと、何度か読み返してみたものの、疑 問は解消されなかった。推理小説を読み終わって、これほど腹立たしいことは ない。 僕はこの本を床に叩きつけると、三冊目に手を伸ばした。一瞬、そんなに一 度に読んでしまってどうするという心の声が聞こえたが、そんなものはすぐに 霧散した。とにかく今は、読書欲を満たさねばならない。 三冊目に手にしたのは、『ダブル・クロス・カウンター』。やはり推理小説 である。こいつで、さっきの駄作の忌々しい後味を吹き飛ばしてくれる。幸い、 今度の小説は評判がいい。ハードボイルドタッチでありながら、最後に本格物 と呼びたくなるようなどんでん返しがあるらしい。どんでん返しの存在を明か されたことを不快に感じないでもないが、あまりに有名になってしまっている ので、いたしかたあるまい。 期待は大きかった。そして、その大きさに比例して、面白く読んでいた。そ れなのに、どうしてこうなるのだろう。文章もうまいし、途中までは、物語と して引き込まれた。だが、最後のどんでん返しは、完全に肩すかしを食らわさ れた。ラストのオチはこうなるんじゃないかと、初期の段階での僕の勘が、も のの見事に的中してしまったのである。この程度のオチでは、どんでん返しと は言えないだろうな、もっと凄いカタストロフィがあるのだろうと信じ込んで いただけに、その反動は大きかった。 僕はいらいらを押し込めようと、本を投げつけようとした。しかし、思い止 まり、本を手放すと、机の引き出しに閉まってあるファイルを引っぱり出した。 そして、新聞の切り抜きを一枚取り外した。『ダブル・クロス・カウンター』 の書評の切り抜きである。僕はこの紙切れを、くしゃくしゃの粉々に破ってや った。こいつがどんでん返しについて書くから、僕はよけいな想像を働かせて しまった。結果、この本を面白く読めなかったのだ。 僕は息を切らし加減にしながら、次の本を物色しようと、きびすを返した。 そのとき、ふっと、自分の指先に目が行く。 つるつると言うかぎとぎとと言うか、とにかく、暑苦しく光っている。油で 汚れているのだ。 (そうか、ポテトチップの……。さすがに三冊も立て続けに読むと、手の汚れ 方もひどくなる……。え?) 僕は不意に、妙なことに気が付いた。 (三冊も読んだのに、まだなくならないのか? いつもなら、一冊で一袋、平 らげてしまうのに……) さっきまで腰を落ち着けていたクッションの方を見やる。かたわらに、ポテ トチップの袋があった。開け口は、こちらからは見えない。 そちらへ小走りに行き、ポテトチップの残り具合を確かめようと、僕はその 袋を手に取った。 (−−馬鹿な) ポテトチップは、たった今、開封したばかりのように、袋いっぱいに詰まっ ていた。 また、夢に見そうだ。 いや、それよりも、この現実をどう解釈すれば……。 −−終
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