短編 #0488の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
あまりに暑いものだから、涼みに出た。小川に沿って歩いていくと盆踊りの音が 聞こえた。笑いさざめく声に惹かれ、歩いていく。十二年ぶりに帰ってきた村は、 あのときと同じく、暑い。暫く行くと、寺の門前に出る。夜店が並んでいた。一陣 の風が涼しく過ぎる。軽やかな風鈴の音がする。ガラスで作った江戸風鈴を売って いた。 「一つください」「ほい、一千万円っ」。元気の良いオヤジが威勢良く突き出す 風鈴を受け取り、指にぶらさげて歩く。歩く度に風鈴はチリチリと鳴った。軽やか な音は、そのうちに一つの律に従い、意識を空白に誘いだす。空白となった意識に、 過去が滑り込んでくる。 ● 「嫌っ、止めてっ」弥生は固く閉じた眼を背け、絞り出すように叫んだ。止めよ うはなかった。いきり立ったモノを押し付けた弥生の下腹は激しく波打ち、首筋に 淡く汗が滲んでいた。牝の匂いがした。「嫌っ、止めて、和男兄ちゃんっ」弥生の 声ではなく、何処か遠くの、無関係な声にしか聞こえなかった。脳裏には映像だけ があった。押し倒したとき、弥生の指に絡めていた江戸風鈴が、砕けて落ちた。 その日から数日、気まずい時を過ごし、私は街に去った。もう、帰ることはない と思っていた。帰ることは、出来なかった。幼いときから私を兄のように慕い、信 じた弥生を、私は最悪の方法で裏切ったのだ。 ● いつのまにか私は、あのときの茂みに立っていた。チリンと背後で風鈴の音がし た。振り返ると、一人の女性が、揃いの浴衣を着た少女を連れて、立っていた。弥 生だった。「山本……さん?」躊躇いがちに弥生は云うと、少女に何か囁いた。少 女は何処かへ走り去った。私を初めて、私の記憶の中では初めて、苗字で呼んだ弥 生が近付いてきた。 「娘さんかい、可愛いね」眼を背けて云う私を、ジッと見つめながら弥生は、 「十二歳になりますわ」。何の感情もない、しかし妙になま暖かい、夜風のような、 声だった。動けない。 「結婚なさったと聞いたわ」「あぁ、五年前にね」「お子さんは?」「いない」 「そぉ……。私も結婚したわ。あれからすぐに」「あぁ」「祭りの日には、此処に 来るの。貴方が来るような気がして」「……」「決して貴方は来ないだろうと思っ ていたけれど」「……」「まさか、本当に来るなんて」。ただ、事実のみを語る淡 い声、怒りも憎しみも、哀しみすら感じられない。空虚、もしくは、闇、それは、 絶対なる波動。その声は、私の脳髄を締め付ける。息苦しくなる。 二人きりで、目も合わさず、立っていると、明るい風鈴の音が近付いてきた。 「じゃぁ」弥生は、軽く頭を下げて背中を見せた。風鈴を手にした少女が姿を見せ た。真っ白い綿菓子を頬張る顔は、あの日の弥生に、少し似ていた。明るい笑顔、 弥生に寄り添う。弥生は優しく母の顔で微笑み、少女を連れて去っていった。 ● 私は独り残された。二人の姿は見えなくなる。ガラスの砕ける音。風鈴を握りつ ぶした左手から、ドス黒い血が溢れ出している。鈍い痛みが、脈を打って腕を伝っ てくる。手に刺さった大きな破片を右手で抜き取る。血に塗れた破片を月にかざす。 大きな、真っ赤な月だ。 首筋に、ガラスを当てる。勢いを付けて、深く抉る。噴き出していく。強い衝撃 に、よろめいてしまう。噴き出していく。脳髄を締め付けていた圧力が、薄らいで いく。薄らいでいく。解放された私は、ウットリと眼を閉じる。弥生が微笑んでい るのが見える。何もかもが闇に溶けていく。 了 ................あとがき.................. どぉもぉ、出張帰りの久作ですぅ。パソコンを暫くイヂッてなかったもんで、なん か書きたくなりましてね。ま、一種の存在証明っす。私にしては珍しく爽やかな純 愛路線を目指したんですがぁ……。
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