短編 #0422の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
海鳥達よ、天に向かい緩やかに舞い、螺旋の気流に戯れの時を重ねて、蒼い風に 翼を滑らせる。細波の数ほどもある輝きは眩く反射して、その一点に虚像の真実を 囁く波の香りに光の声を聞いたなら、いち羽の海鳥は鋭い眼差しで、深く海に向か い突き刺さる為の急降下を始める。 白い砂浜に寄せる優しい波と、岩に砕ける儚い波と、何れもがうねりの憂き夢に 廻瀾の瞬間を繰り返す度に海原は何処までも無限に思えて止まない。されば、私は 此の孤島の様にちっぽけな独りぼっちなのであったろうか… 否、其処には片時も 絶える事のない大自然の中の緑と、賑やかな海鳥達が群がるように集って居たので は無かったか… むしろ、群を離れた、いち羽の海鳥を見つめる孤島では無く、紛 れも無く、いち羽の海鳥で在ったのだと考える方が無理のない流れを魅せてくれは 仕舞か… やがて溺れ死んだ鳥の躯は望まなくとも、再び此の孤島へと、波に運ば れ打ち上げられて来は仕舞か… 或いは望んだ所で海の底深く腐れて消えるものな のかも知れない。総ての中で与えられた多くのものの中より、唯ひとつのものを求 めた瞬間、いよいよもって、私は他に比べ得ぬ独りぽっちで在ったのでは無かった だろうか。 叔父が脳梗塞で突然倒れた。 検査の最中、二度にわたり相当の発作を起こしたらしく、緊急入院を余儀なくされ た。当然、親類縁者の端くれであるわが家にもその連絡は入って来た。『もう一度 発作が起きれば、危ないらしい』… いわゆる危篤に近い意味あいの連絡を受けて 駆けつけた周りの気遣いを余所に当の本人は落ちついたものだった。左手の三本の 指に不自由を訴える以外、発作が起こるまで、絶えず苛んでいた頭痛なども無くな り、至って安楽な様にくつろいで居ると云う。ほっとする代わりに、私はつい先程 エレベーターで出逢った、昔の恋人の事が気にかかり、言い得ぬ興奮が私の中でわ き上がって来るのを押さえきれなかった。 「どうしたの?」 エレベーターのドアが開き、目の前に突然現れた彼女は、つい昨日、『また明日 ね』と云って手を振って分かれたばかりの恋人のように何の驚きも見せず問いかけ てきた。 「どうしたんだ? 職員専用じゃ無いぞ」 私は、今朝まで同じベッドの中に居た恋人に語りかけるように問い返した。 「今日は非番よ…」 確かに… 白衣を着ていない。 エレベーターのドアが閉まり、二人っきりの密室は、ゆっくりと奈落の底に滑り落 ちるような目眩の中で動き始めた。 「叔父が入院して居るんだ」 不自然に目の前に立っている彼女を見おろすように、ぼそっと答えたが… 彼女 は黙って私の胸のあたりをじっと見つめて居るだけでなにも答えなかった。 このまま、突然抱きしめても何の不思議もない様な雰囲気の中で、突然、四年の 歳月が逆流を始める。不謹慎にも女としての彼女を思い出して仕舞うのは何故だろ う… 噎せ返るような気まずさを救うように、エレベーターのドアが開いた。同時 に彼女が顔を上げる。私は、エレベーターから降りるためにその彼女の両肩に手を かけ、くるりと向きを変えてやり、背中を押すように歩き出す… 其処には、あの 日のままの廊下が薄暗い非常灯に照らされて続いていた。 叔父の部屋の前で彼女と別れて、叔父を見舞い、私がその部屋を出たのは小一時 間も後の事だったろうか… 彼女はエレベーターホールに居た。偶然だと考える事 にしなくては… 私を待って居た等と云う事は在り得ない事だと思わなくては… やりきれない感情がこみ上げる手助けをして仕舞いそうだ。 遠くから見ても美人だと分かる、はっきりとした顔立ちの彼女の大きな瞳は、そ の距離からも、私を見続けて居る事が分かる。目を反らす事無く静かに歩み寄る私 に、目を反らす事無く、彼女も近づいてくる… このまま、すれ違う様に、私達は 何事も無かった様に、今日と云う現実に返らなくてはならないのだと、お互いが心 で呟きながら… すれ違いざまに振り返ると、彼女の背中越しに続く廊下の突き当たりの角の病室 のドアが今し方開いた所だった。慌ただしく移送用ベッドが運び出されて来る。 ベッドの上には明日を約束されない私が横たわり、幾本もの透明な管が無機質に絡 まる腕を力づける様に彼女の白い手が握りしめている。ベッドは彼女を突き抜け、 私の目の前を通り抜け、反対側の手術室の扉へと吸い込まれて消えた。扉の外には 独り、インターンの彼女が取り残されて、大きな瞳からは、それ以上に大きな涙を こぼして居た… 静かに、今すれ違った彼女の方を振り向いたが、其処にはもう何もあの日の風景 は無い。振り返ったところで、彼女が居よう筈もないのだが… 今日は、彼女の命 日だったと思い出すくらいの事は許されるのかも知れない。 偕老同穴など夢にも知らぬ内から、共に寄り添うことのみが安らぎなどと云う気 弱な生き様をあざ笑うほど私は強くはない筈だが… 遥かな時空の彼方に在ろうと も、生涯心の何処かで寄り添い続ける幻影を捨て去ることなど出来ぬので在ろうと 思うから、何の躊躇いも持たずに、私は彼女の瞳を見つめ、さようならと云えた様 な気がしてならない。 全くお前でないものと、お前と、全く私でないものと、私と、多くの総てが残し た真実と虚像は、おそらく此の海岸に残されるGuanoの様に、他に真意を望まぬも のになるためにも永遠の眠りを約束されるのであろう。 聖 紫
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