短編 #0373の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
-- トルリトリア 不知間 貴志 私の為に用意されたビデオは、三本あった。 大学の研究室のテレビは、半分分解されてブラウン管がむき出し になっている。が、ビデオデッキはそれに似合わず、つい最近買っ たばかりで、とても新しいようだ。 窓のそとからは、陽射しと、テニスコートからのボールの音と、 いくつかの声援がはいりこんでくる。 最初のものは老人の顔のアップ。白髪がもしゃもしゃの男。しか も、録画状態からしてひどく悪く、雑音だらけで、ご丁寧に上下が 逆さまである。テープ自体もかなり痛んでいるらしく、最初はデッ キの中からパリパリと紙が燃えるような音がしていた。やがて止む。 「・・・自分について話したいと思う。 さいごに、思い出について。それが重要だろう」 ざらついた声で、いかにもB級映画に出てくる気ちがい博士風の 老人は語りだす。傾いていためがねを指でなおす。 「・・・」 それからしばらく私は待っていたが、だが、テレビの画面に写っ た老人は、目を見開いたり、閉じたりしているばかりで、ずっと黙っ ているばかり。時々うつむいて鼻を指先で掻いたりする。特に目だ。 目が濁ったような印象で、虚ろだ。 ヘッドの回転する音、テープのすべる音がする。テレビがたてる ”キィィィ”という、かすかな高い発振音が、意識し始めたときか らずっときこえ続けた。そこで、画面の下部にテロップ。 『被験者は,自ら催眠術にかかった状態にあります』 「ふうん・・・」TVの前の椅子の上で、それで私は少し興味を ひかれ、足を組みなおし座りなおす。金属パイプ製の椅子は、ぎい、 と軋む。 私はもう一本、タバコに火をつける。 ところが、そのうち老人は目を閉じて黙ったたまま、ぐらり、と 首をうなだれて、倒れこむように画面から消える。 そのうち急にびゅん、画面がゆれて、そこで誰かの手にカメラが つかまれたらしく、しかしそれでも録画は続いている。レンズが床 をむくと、うつぶせに倒れた老人の背中の白衣が、うすら寒く動か ない。 「熱い・・・炎だ」 最後に老人の声が、急にぽつりと入る。画面が暗転する。 * 次のものは、若い女の、ぽつんと立っている後ろ姿の全身像から はじまった。赤と黒のチェックのスカート。長いストレートの髪。 背はかなり高そう。 どこかの撮影用のスタジオで、ビデオには照明がオーバーぎみ。 なぜか工事現場にあるものに似た形と大きさの、意味ありげな円錐 形の小道具が、いくつも彼女のまわりに配置してある。 がさがさと、聞きなれた音がしている。それはコンビニの白いビ ニール袋がたてるものであり、彼女が右手でぐいとつかんで手にぶ らさげている。 袋は、小さく動いていた。中に生き物が入っているらしい。 「こいぬよ」 さて。次の瞬間は、とてもすばやくおとずれた。 彼女は腕を大きくふりあげて、ばたばたと暴れるビニール袋を床 に打ちつけた。ギャンッと、中身の鳴き声がした。白い袋が動かな くなり、内側からじわりと濡れて赤くなる。 彼女は袋を何回もうちつける。それがしばらく続く。だんだん激 しさを増す。 「まいったな、とまんないよ」 「なんか、いっちゃったかな、あれ」 「じゃあ、まあ、そろそろ彼女をとめましょうか」 「うん、だめだめ。俺、悪かったよ。失敗、失敗」 別の何人かの男の声だけがして、それから画面の両側から、黒い くたびれたTシャツとジーパン姿の男が、二人出てくる。 ひとりが彼女をうしろから手をまわして押さえつけているうちに、 もうひとりが、まだ彼女がふりまわそうとし続けている袋をとりあ げる。よせばいいのに、袋の口を広げて中をのぞきこみ、おおげさ に顔をゆがめ、ここで「うあ」と口をうごかして、少し笑う。それ からカメラの方向に歩いてきてレンズの前から消える。女は男の手 の中で不器用に体をよじり、逃げ出そうともがき続ける。 「これはちょっと。しかたがないなあ」 私はインスタントコーヒーをいれに、いったん席をたつ。 * 三番めのものは、暗い部屋で、熱帯魚の水槽をながめるひとりの 少年の映像だった。水槽の向こう側の、水を通してゆがんだ少年の 顔のさらに後ろに、白いパソコン。スイッチが入っている。 そこで場面が切りかわって、彼がパソコンむかっている。 パソコンの画面にもまた、背景に熱帯魚が泳いでいる。 いくつかウィンドウが開いていて、おのおのに、人物のスナップ 写真が表示してある。 どこかの学校のレンガの校舎の前から出てくる学生たち。 自動販売機にコインをいれる中年の女性(中肉中背)。 猫を、胸に重そうにかかえている男の子。 商店街の八百屋の主人。 その、どれも顔が無い。丁寧に写真がレタッチされて、顔がつる んと消されている。肌色のゆでたまごのように。 パソコンのマウスを彼がクリックする手のアップ。すると、くく くっと笑い声がする。どこかで聴いたことのあるアニメの声優の女 の子の声だ。しかし、彼本人の横顔は、あくまで無表情である。 「最終的には、僕自身の顔を消すつもりで、これは その、実験というか、シミュレーションなんだ」 パソコンにむかって座る彼の後ろ姿に、彼自身の自意識過剰な感 じのアフレコでナレーションがはいる。彼は何回も、マウスのクリッ クを機械的に繰り返す。くくくっ、くくくっ、と女の子の笑い声が はんこを押すような感覚で繰り返される。 少年は、また新らしいウィンドウを一つひらいて、今度は赤ん坊 の写真をいじくりはじめる。マウスカーソルの矢印が動いて、まず 右目がぺたぺたと平らに消された。 「ああっ、嫌だなあ、なんか」私は顔をしかめて、ぬるい湯でいれ た、にごった感じの不味いコーヒーをすする。それから自分がなん でこんな不味い飲み物を飲んでいるのか、理由を考える。 「つまりは、重要なのは虚ろな味」 * 最後のテープが終わって、画面がザーザーいいはじめると、私の 後ろから、ひそひそと会話する声がきこえる。老人と女と少年の声。 私がふりかえっても当然、このお話に対して妥当な結末を挿入す るための緩衝材となるべく、そこにはひっそりと誰もいない。古び たドアがあり、その横には汚れた”当番”と書いてある板がついて いて、何枚かのプラスチックの名フダが釘にかかっている。その、 どれも裏だった。 私は自分が一人であることを再度確認して、ビデオのスイッチを 切る。すなあらしの音をたてるテレビのスイッチをそのままにして 椅子から立ち上がり、着ている試薬でカラフルに汚れた白衣のポケッ トをごそごそとさぐり、二つ金具が絡んでいたダガーのイヤリング を取り出して、まず左耳に、そしてゆっくりと右耳に。ブラインド を閉め、部屋を薄暗くし、紫色のライトに光るアクリル水槽の魚た ちに、乾いたパンをすこしちぎって餌をあげた。指についたパン屑 を眺めてから、荒れている指を口につっこんでなめる。大きな水槽 のふちに、私はスローモーションで頬づえをつく。 目の前には、さっきからスイッチをいれて回しておいたビデオカ メラ。そのレンズにむかって、私は事前に何回も鏡で練習していた とおりに、にっこり微笑む。 「ハイ・・・みんな元気? 今年も私の部屋へ、ようこそ」 -- (trulli,thoria) 1994.11/21--'95.1
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「短編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE