短編 #0334の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
悪所 もう四十年以上も前の話だ。売春が公認されていた時代。私はある日、むしょう に女に抱かれたくなって、悪所に出かけた。公認されていた地区ではなく、いわゆ る青線と呼ばれていた場所だ。その通りには、何人ものパンパンが、うろつき、其 処此処に屯しては、男が通りかかるのを待っていた。年の瀬も押し詰まった頃だっ たので、女たちは皆、コートを着て襟を立て首を竦めて立っていた。 黒いコートを着た丸顔の女が近付いてきた。「お兄さん、遊んできなよ」。厚化 粧の顔は三十半ばに見える。実際には四十歳を越しているのだろう。「あんまり金、 持っていないんだ」と言うと、「幾ら持ってる」と探るような目で見上げてきた。 正直に答える。「だったら三十分。一回できるよ」。なけなしの札を二枚差し出す と、ひったくるようにして素早くポケットにしまい込んだ。 「こっちよ」と導かれて、連子窓の旧家に入る。「二階だよ」。軋む階段を上が る。真っ赤な裸電球がぶらさがっている四畳半、垢染みた煎餅布団、破れくさり辛 うじて本来の機能を保っている襖、勢い良く燃えている火鉢。少し暑い。座り込ん で、タバコをふかす。世界が赤い。赤い光は、明暗をくっきり際立たせる。世界が 赤い。赤く暗い四畳半の世界に、何処からか犬の遠吠えが棚引いてくる。 「脱ぎなよ」そう言ったとき、女は既に全裸で寝転んでいた。ふてぶてしいほど に肉付きの良い背中を晒して、腹這いになっている。ウエストなど、とうの昔にな くなったらしい身体の輪郭が、悲しいけれど優しい。女の背中は正直だ。顔は厚化 粧でごまかしても、弛んだ背中は正直に女の年齢が四十半ばだと語っていた。「脱 ぎなよ」。女は、もう一度言って見上げてきた。 促されるままに脱ぐと、「お兄さんの息子、大きいね」。当時、私は二十代半ば で、もう、自分を過大に感じる年頃ではなかった。自分のモノが大きいか、大きく ないかぐらいは解っている。「それに逞しいし」私は人並みの体格だが、貧乏暮ら しのせいで痩せていた。しかし、女の優しさが、それが商売用の優しさ、いや単な る口上だとは解っていたが、女の優しさが、嬉しかった。 女を抱き締めた。押し倒した。すると、「ちょっと、ちょっと、待ちなよ。慌て ないで」と女は身体を離していった。「サックを付けてあげるから。ほら、仰向け になって」。女が私の股間に顔を埋める。何処に隠し持っていたのか、まさかはじ めから口に含んでいたわけではあるまいが、私の「息子」をくわえ何度か強く吸っ たと思うと、膨らんだ私の「息子」にサックが被さっていた。 女は顔を上げて、「さあ、出来るよ」と仰向けになり、背中に枕を宛って股を突 き出してきた。肉体を重ねると、部屋が暑いせいで汗ばんでいるのか、女の膚が粘 り付いてきた。腰を動かす。「あっあっあっあんっあっいいっあんっいいっ」妙に リズミカルで明るい声だった。まるで小学生が官能小説を棒読みしているようだ。 割り切った声だった。身体を離す。 「なにか、気に障った?」女が心配そうな顔で訊いてくるので私は、「いや、別 に……。いや、あのまま続けたら三十分ももたないと思って」と取り繕った。女は 笑って「そうね、時間は、まだあるから」。本当は、はじめから女を抱きたいわけ ではなかったのだ。女に抱かれたかった。ただ膚を重ねていたかった。二本目のタ バコに火を点ける。頬に女の視線を感じる。背を向ける。 「時間だけど……」言いにくそうに女が声をかけてくる。「うん」私はワイシャ ツに袖を通し、ズボンを穿く。「お兄さん、何か心配事があるの」「別に」「解る のよ、私。お兄さん若いんだから、くよくよしちゃいけないよ」「ありがとうよ」 努めて素気なく言ったつもりだった。「ヤケになっちゃいけないよ。だから……」 「だから……」「もう、こんな所へ来ちゃいけない」「……」。 「私、昔、良い所に就職していたのよ。でも、飛び出しちゃって……。気が付い たら、此処にいたわ」「……」「お兄さん、若いんだから、若いんだから……」 「……」「もう来ちゃいけない」「そんなこと言われたら……来たくなるよ」「本 当に来たらいけないからね」怒った女の顔が、赤い光の中で不思議に輝いていた。 美しかった。このうえなく美しく、気高かった。 それから私は、悪所には行っていない。あの女は、まだ生きているだろうか。
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「短編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE