短編 #0299の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
私は名古屋に住んでいながら、一度も奈良へ行ったことがなかった。小学校の修学 旅行は戦争直後で実施されなかったし、その後も出かける機会がなかった。 今年は卒業35年というので、東京時代の同級会を奈良で行うことになり、8月 21〜22日に行ってきた。以下その様子を簡単に記す。 私は妻と末娘の3人で、名古屋駅から、かれこれ50年ぶりで関西線に乗った、関 西線についても思い出があるが、それはさておき、列車は急行「かすが」と言って、 かなり古びた車両で、1両目が指定席・2両目が自由席とたったの2両、それもがら 空きである。私たちの席は、その先頭すなわち1番のA・B・Cだった。 江戸時代の昔は、この路線が東海道であり、現在東海道線が走っている名古屋〜京 都間は中山道だったのだが、今では関西線の方が寂れている。 私は寂れている方が好きだし、妻や子供も途中の景色を楽しく眺めながら、約2時 間半で終点の奈良駅に着いた。 夕方同級生と待ち合わせる近鉄奈良駅や、名高い寺々までは、JR奈良駅から少し 離れているようで、地理不案内の私たちは心配したが、駅前から循環バスに乗れば、 どこへもすぐ行けた。 最初に東大寺大仏殿を見物した。 全盲の私に、大仏を見ることはできなかったが、その回りを一周し、台座の花弁と 同じ大きさに作った銅板模型や、特大の花瓶などに触れることができた。 明治時代に大仏殿を建て替えた時の柱の一部が置いてあり、それは直径1メートル 以上、樹齢何千年という杉の木であった。現在の大仏殿の柱は、太さこそ同じでも、 鉄骨の表面に木材が張り付けてあるだけなので、おそらく、木の柱より長持ちしない だろうと考えられる。 ところで、私は毎年大晦日に、ラジオの除夜の鐘を聞くことにしているが、有名な 全国の寺々の晩鐘の中でも、東大寺の鐘の音は最高である。あの重厚な響きは何百年 の歴史を語ってくれる。 その釣り鐘のミニチュアが、みやげ物売り場にあった。直径やく10センチ・高さ 15センチほどの金属製で、手に取ってみると重みがある。私はしばし迷って、その 釣り鐘を3500円で買った。 時間が無さそうだったので、春日大社はまたの機会に見物することにし、近鉄奈良 駅に向かう途中、興福寺、猿沢の池、そして商店街をゆっくり歩いて帰った。 興福寺の五重塔には登れないので、宝物殿に入ると、国宝や重要文化財の仏像が並 んでいて、うっかり写真を撮ろうとしたら、場内スピーカーで注意されてしまった。 撮影くらいしてもよさそうに思うが、中には国宝の写真で金儲けする不心得者がいる のであろうか? 猿沢の池は格別のこともなかったが、夜はライトアップされてきれいだそうだ。 奈良の町は鹿で有名だが、こんなに沢山放し飼いになっているとは思わなかった。 たいそう人なつこくて、煎餅を買って与えると、四方から何頭もやって来て、頭や背 中をなでることができる。 妻と娘はその後、薬師寺を見て、16時31分の急行「かすが」で帰宅した。 後で聞いたところによると、発射時刻スレスレだったそうである。 私はその夜、猿沢荘という旅館に宿泊し、久々に同級生達と深夜まで語り合った。 話はつきず、既に退職して悠々自適の生活を送っている者や、学校の重職に着いて いる者など、誰も私より立派な人生を過ごしているようで、羨ましく感じた。但し、 何人かは健康を害したり、家族が病気だったりして、その点私は幸せだった。 翌日は、商店街で手みやげの奈良漬けを買い、喫茶店でコーヒーを飲んでから、ま たの日を約して皆と分れた。 私は11時に、パソコン通信で知り合ったTさんと会い、彼の案内で、畝傍御陵と いう町にある福祉センターへ行った。 Tさんは全盲の青年で、盲導犬を連れている。コンピューターが私よりはるかにで きるので、バッチファイルの組み方を教えてもらうのが目的である。 福祉センターの設備は素晴らしく近代的で、例えば、特別のステッキを使って、館 内の床に敷設された磁気装置を杖の先でたどりながら歩けるようになっている。杖先 が磁気装置のライン上を辿っている間は、杖の手元に振動が伝わって来るが、磁気の ラインを外れると振動が消えるので、その信号を手で感じながら、真っ直ぐに歩くこ とができる。点字ブロックも敷設してあるので、足の感覚と手の感覚の両方を使って、 安全かつ正確に移動する仕組みである。廊下の分岐点に来ると、天井のスピーカーが、 「分岐点です。」と教えてくれ、さらにその位置のやや右・左・正面からそれぞれ、 「階段は、こちらです。」とか、「視覚障害者研修室は、こちらです。」とか、「男 子トイレは、こちらです。」というように知らせてくれる。中途失明者で、まだ一人 歩きに慣れていない人、あるいは初めてこの会館を訪れる盲人にとっては、大変都合 がよいと思う。 図書閲覧室に入り、視覚障害者とボランティアのグループ活動を紹介してもらい、 その一角のテーブルで弁当を頂いた後、TさんからBATファイルの書き方を教わっ たり、グループの皆さんと懇談したり、有意義な一時を過ごすことができた。 夕方4時頃センターを出て、近鉄八木駅で特急電車に乗り換え、皆に見送ってもら って、名古屋に向かった。 そして、この夏休み、私にとって最後の行事が終ったのである。 OAK
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