短編 #0285の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
疲れすぎて眠れない夜、風が吠え渡り、鈍く輝く雲が空を覆っていた。私が無理 にでも寝ようと、グラスのジンをあおったとき、横殴りの雨に混じって微かなノッ クの音が聞こえた。ワケもなく、私は恐怖した。 この土地では、一つの昔話が語り継がれている。嵐の晩、白装束の遍路が村を訪 れた。女だった。村人は女遍路から、金品を奪おうとした。女遍路を強姦し輪姦し、 殺した。そこまでは計画通りだった。しかし、目を離した隙に、女の屍体は消えた。 着衣も持ち物も、身に着けていたときと全く同様の形で残されていた。まるで蛇が 脱皮したようだった。以後、嵐の晩になると、きまって誰かが変死した。皆一様に、 締め殺されていた。頚に胸に腹に、不気味な鱗の痕が残っていた。噂が広がった。 女遍路に化けた蛇神に危害を加えたために、祟りが起こったのだと。村人は祠を建 てた。女の持ち物をご神体に、蛇神を祀った。祟りは鎮まった。 私は鼻で嗤ってみた。何処にでもある異人物語に過ぎない。通行の安全を保障す るため道徳的観点から捏造したか、単に祠の由来を尤もらしくするために創作され た、出来の悪い怪談だ。或いは、村の勢力争いで起きた殺人を糊塗するために、則 ち殺人ではなく一種の事故として処理するために、作り上げられた偽の供述かもし れない。どちらにせよ、まともに受け取る話ではない。 私がグズグズするうち、再び微かなノックの音が聞こえた。私は自分の勇気を証 明するべく立ち上がり、ドアを開けた。白いTシャツに白いパンツの、若い女が立 っていた。全身がビショ濡れで、短い髪が惨めに額に貼り付いていた。透き通るよ うな肌は蒼褪めたように白い。 「あの……、車が故障してしまって」 「車が。それはお困りでしょう。さあ、中に入って」 「ありがとうございます。あの……、もしかして、もうお寝みだったのでは」 「いや、ちょうど目が冴えて眠れなかったのです。あぁ、風邪をひくとイケナい。 まずシャワーでも浴びてください。着替えは用意しておきますから」 「そんな……」 「遠慮しないで。あ、あぁ、覗いたりはしませんよ。安心してください」 必要以上に優しい対応をしたのは、私が人格者だからでも、卑しい下心を膨らま せたのでもない。単に、ノックの音に恐怖した自分への埋め合わせだった。ただ、 シャワーの音を聞くうち、あの白く張りのある肌に弾けているのであろう、水の音 を聞くうち、多少の劣情を催したことは告白せねばならない。私は豆を挽き、コー ヒーの支度をすることで、気を紛らわせた。 ダブついた男物のYシャツが彼女の鼻筋の通った、凛とした顔立ちに似合ってい た。男装の麗人は深く頭を下げた。上げた時にはニッコリと、それが恩人に対する 愛想以上のものだと誤解するには私は劫を経すぎていたが、非常に魅力的な笑顔を 見せた。私はカップに注いだコーヒーに視線を投げて、彼女にすすめた。彼女は一 口啜って、下ろしたカップを暫く見つめていた。 「あの……、奥さんは」 「え? 私は一人で暮らしていますが」 気まずい沈黙が少しの間、続いた。彼女が、振り払うように明るく、 「お寂しいでしょう。こんな野原の一軒家で一人だなんて」 「いや、慣れましたから」 「こんな所で何をしてらっしゃるのですか」 「研究です」 「研究?」 「えぇ、私は大学で生物を研究しています。此処には珍しい蛇がいるのです。そ の自然な生態を観察しています。講義のないときは、この小屋で寝泊まりして います」 「へぇ、科学者なんですか」 「観察は科学ではありませんよ。私は観察者です」 「……あ、この蛇ですか。何という名前ですか」 「あぁ、こいつですか。これは此処で発見した新種で、ボナルレギーナと言います」 「ボナルレギーナ?」 「善なる女王。汚穢とは最も無縁な存在。地元では清姫と呼ばれていました。こ の土地にしか生息しない蛇です。毒もあり、大型で力が強いので、人を殺すこ とがあります。こいつは、人間に慣れていて大人しいのですが」 「あの……、学名とかじゃなくって、名前は?」 「あ、あぁ、伸子と言います」そう言ったとき、年甲斐もなく私は少し照れた。 「まあ、私も伸子っていうんですよ」彼女が屈託なさそうに言ったとき、瞳に走 った青白い煌めきを、私は見逃さなかった。背筋が凍った。似ているのだ。彼女と 蛇の伸子が。勿論、人間と蛇の顔立ちが似ている筈はない。しかし、似ているのだ。 薄っすらと汗ばんだ彼女の肌から、爬虫類特有の生臭い臭いが立ち上ってくるよう だった。 驚く私に彼女は、首を右に小さく傾げ不思議そうな表情になる。水槽の中で白蛇 が、スックと擡げた鎌首を、少し右に傾ける。両者の動きは完全にシンクロし、四 つの瞳が私を見つめる。私は慌てて立ち上がる。彼女が、白蛇が、私を見上げる。 「何か食べ物を持ってきます。碌なものはありませんが」 「ありがとう」彼女はニッコリと笑う。白蛇も笑う。そういえば、そろそろ蛇の 伸子にも餌をやる時期だ。いや、別に急ぐこともないだろう。私は彼女に有り合わ せの食料を差し出した。 「まぁ、美味しそう。そういえば、蛇の伸子さんも、おなかを空かせてるみたい。 ねぇ、その檻に入っているのが餌なんでしょ。見せて下さらない。蛇が餌を食べる ところ」 「え、しかし……、食欲をソソる見せ物じゃありませんよ」結局、私は彼女の甘 えた声に負け、小動物を伸子の水槽に入れた。 小動物は、側面のガラスを懸命に引っ掻いている。カリカリと小さな、せわしな い音が聞こえる。伸子は何を思ったのか、いきなり、もどかしげにYシャツを脱ぎ 捨てた。小振りな乳房が揺れる。伸子はユックリとソファの上を滑るように私に近 付いてくる。汗の浮いた白い肌がヌメやかに輝く。伸子が一際高く鎌首を擡げ、長 い身をクネらせ、小動物に近付く。透き通るような白い鱗が、ヌメやかにギラつく。 伸子のまっすぐな視線に私は動くことが出来ない。哀れな小動物は伸子の視線に射 竦められ、震えている。伸子が私にニジり寄る。伸子が小動物に滑り寄り襲いかか る。伸子が舌舐めずりしながら、私にのしかかってくる。 (お粗末さま)
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「短編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE