短編 #0114の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
晴れた正午、私と彼は川のほとりの公園へ行きました。平日の川辺は私たち以 外に誰もいません。私は彼のとなりですやすやと眠ってしまいました。ふかい 深い眠り、夢さえ見ずに。32時間も眠っていなかったからね。 まだ日の高い白い眩しい空に目を細めて起きる私に“あんまり君が気持ちよさ そうに眠っているからちょっといたずらしちゃったんだ”と彼がほほ笑みます。 「やあねえ、何なの?」 私が聞くと、彼はバツが悪そうにこちらを上目使いにのぞきこみます。その表 情があんまり可愛いものだから、私は思わず笑ってしまいます。彼は凝り性な のです。初めて会った頃、彼はサーファーで真っ黒に焼けた肌に蛍光色のプリ ントのTシャツが素敵でした。次に会った時には安全ピンで入れ墨をするのに 凝っていて、私の手の甲に赤いバラを彫りたがっていました。でも昨日会った ときはマリモを飼育するのに熱中していたのです。今日は白いギターを背負っ ています。私はどんな突然な話にも驚いたりしません。彼は安心して話しはじ めます。 「あのさあ、僕の話、聞いてくれる? 恐竜の脳とかってその身の大きさを考 えるとホントに小さかっただろ? 一般的に頭の良さが脳の大きさに比例する ことはないけど、文豪ツルゲネーフの脳は2010gあったっていうし、大き いに越したことはないって、僕は思ってるんだ」 その話は私も何かの本で読んだような気がします。でも他の本では人間が一生 のうちに使えるのは脳の50パーセント程度だという話も読んだことあるよう な気がしますが、ちょっと唐突ですね。私は川の向こうに少し目をやって、小 さく苦笑しました。 「でね。僕が着眼したのはさ、脳が頭蓋骨の中に収まってるからその大きさに しか成長できないってこと。もったいないよね、もっと大きな容れ物で脳を収 めることが出来たら、素晴らしく発達するのに。で、僕は考えついたのさ。腹 の中でいいようにうねってる小腸大腸と、頭蓋骨の中で狭苦しく収まっている 脳を入れ替えることを」 その時はじめて気付いたのです。そういえば彼は背中にしょったギターの他に 大きな革の鞄をもっていました。今はそれがぱっくりと口をあけたままで、メ スやら空の点滴やら血のついた白衣がいいかげんに突っ込んであります。私は くらりとして、思わずおなかを抱えました。心なしか体が痛むような感じがし ます。彼はにこにこと笑います。そしてぴっと背を伸ばして誇らしげに言いま した。 「びっくりした? なんと、今君のそのおなかの中には脳が入ってるんでーす。 ねっねっ、気がつかなかったでしょ?」 私は狼狽したのを悟られないようにミスユニバースのように歯をむきだして笑っ てみせるのです。 私は一応義務教育を受けているし、いろんな本も読んでいるので、この身の皮 1枚下には血とか肉とか生々しいものがあることも、理科室にあったコッケイ な人体模型のように心臓や腸といった臓器が自分の体にあることも知識として 知ってはいました。でも彼の言うような大手術が、こんな場所で出来るものな のでしょうか? 彼が“した”と言うのだからきっと出来たのでしょう。私は 専門家ではないのでなんとも言えません。 「いやー大変だったけど、お陰様で大成功。脳の状態は極めて良好。口から食 べた物は喉から胃、十二指腸、そこからうねってる部分をのばして一度逆上っ て小腸、(頭部の)大腸、あと足りない部分は人工の物で補って排泄まで完璧」 「ななな、何も問題はないのかしら?」 「うーん・・・ぜん動運動が多少今までより悪くなるかもしれない・・・でも その程度のことさ、ノープロブレム。大丈夫だよ、科学的消化には何ら影響な いんだから。脳は確実に発達するしさ、じゃんじゃんいろいろなこと覚えられ るよ。いいことばっかしじゃん? 」 私はつい涙ぐんで大きな声を出してしまいます。「簡単に言わないでよ!! シャムの双子児を切り分けるんだって、あれだけ技術があって難航するのに、 そんなシロートが人のカラダ弄って、異常が出ないワケないでしょーー?!」 彼はケロリと笑いました。「・・・・でもさあーほらあ、現実にそうやって全 然問題なく泣いたり喋ったりしてるじゃん。何の心配があるってゆうの?」 私が口を噤むと彼のうんちくは始まり、何時間も続くのです。彼の上気した顔 は、少年のようでとても素敵です。彼がしあわせだと私もうれしい。となりで 彼の言葉は私の理解を越えて、呪文のように耳の中で響くばかりですが、私は コクリとうなずいているのです。ほんとうに賢くなるのでしょうか。変な気持 ちです。一瞬私の脳裏に、大きなおなかを抱えて歩く私と、それをそっとかば う彼の、でこぼことした影が横切るのを感じました。その姿はまるで初めての 子供に期待を膨らませる夫婦のようです、いえ違います。私のおなかの中身は どんどん発達して大きくなっている脳なのです。 小さい頃には永い間、あの人体模型のように心臓や腸といった臓器が自分の体 にあるとはとても思えず、もしかして自分はサイボーグではないかと考えてい ました。見たこともなかった私の臓器も、やはり他の人と同じように体内に収 まっていたというのに。そして、そうと知らされた今、私の体のなかは他の人 とはまったく違った配置になっているというのです。でもほんとうはどうだっ ていいんです。もともと見たこともなかったものなのです。テレビを見るのは 好きだけれど、その構造になんか興味はないのです。それと同じこと。それで も動揺しているのでしょうか、震えが止まりません。 彼の長い永い話は終わり、気がつくと川の向こうの工場から6時を知らせるサ イレンが鳴り響いてきます。大きな夕日が私の視界いっぱいに広がります。彼 は背中にしょっていたギターをそっと構えます。そしてPaul Davidsonの“Mid night riders”をうたいはじめるのでした。逆光になっているので表情が読み 取れません。 おしまい
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