短編 #0092の修正
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あれは私が三才ぐらいの夏でしたから、昭和三七年ごろだと思います。物心付く 前の断片的な記憶と言うものは、誰にでも二つ三つあるものですが、この夏の記憶 もそういったものです。でも成人してから祖母に確認したので、幼児期の思い込み といったものではありません。 場所は奈良の猿沢池、あの小さな時計台のあるあたりの柳の下です。何かの祭り だったようで、夜店の提灯の明るさがカラーで思い浮かびます。私はネルのシャツ の祖父と浴衣姿の祖母に手を引かれて、春日野の蒸し返すような人いきれと草いき れの中を歩いていたように思います。ゴム風船のヨーヨーを売る露店の前だったか と思いますが、背の異様に高い男達に取り囲まれたのです。見た事もないような服 を着た人達でした。祖母は「アメリカの兵隊さんや」と言いました。昭和三七年で すから、まさか進駐軍はもういないと思うのですが、何だかその若い外人さん達は 微笑みながら私の頭を撫で、いろいろ話し掛けてくれていたらしいのです。最後に 私に軟球のボールを手渡してくれました。 孫と兵隊さんとのやりとりを黙って見ていた祖父は、その時こう言いました。 「サンキュー・ベリー・マッチや。サンキュー・ベリー・マッチて言うんやで」 その恐ろしく関西訛りの英語は今でも覚えています。なにせ私が初めて覚えた英 語ですから。私が祖父の口真似を懸命にすると、ワンテンポ置いてから相手方に通 じて随分とウケたようです。 今思い起こしてみれば祖父は戦前には職業軍人でした。将校(中尉)だったよう で、今私の手元にシンガポール陥落の時の記念写真があります。大勢の兵隊さんが 直立不動で並ぶ中、最前列中央の椅子に胸を張って写っている祖父の姿があります。 計算して見ると今の私とほぼ同い年です。連合軍の兵士を殲滅することを職業に選 んだ祖父の勇姿です。 十七年前まではアメリカ兵を見たら銃を向けて引き金を引いていたわけで、十七 年という歳月を私のもつ時間と引き比べると、三四才の私と十七才の私との差にな るわけです。こう言う風に考えて見ると、高校生の私と今の私は当然不連続な部分 もありますが、それでも連続する部分の方がずっとずっと大きいのです。 私は今でも夜店のそばを通りかかったりすると、若い碧眼の兵隊さん達にひけを とらないほど背の高かった祖父が教えてくれた英語を思い出します。でもその時の 祖父の表情がどうだったか、思い浮かべようとしてもどうしても思い出さないので す。 「サンキュー・ベリー・マッチや。サンキュー・ベリー・マッチて言うんやで」 くり えいた .
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