短編 #0056の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「密室」 悠歩 「俺達、死んじまうのかなあ」 「かもね………」 明雄の呟きに私は素っ気なく答える。 「お前……冷たいなあ。ふつう、ここで何か励ましの言葉の一つも返すもんだろう」 不服そうな明雄の抗議。 「何言ってんのよ。参っているのは、私も一緒。それにこういう場合、男が女を励ま すものじゃないの?」 「あーあ、早まったなあ。なんでこんな薄情な女と一緒になっちまったんだろう」 ふてくされた明雄は、スボンが濡れるのも構わずに海水のしみ出した床に腰を下ろ す。ふん、何よ。私だってあんた見たいに女々しい奴と結婚した事を後悔してるんだ からね。 いい加減疲れてきて、私も腰を下ろしたいんだけど濡れるのはいや。せめてあれが 下にあったら、座ることが出来たのになあ。 私は恨めし気に、天井に張りついたベッドを見つめた。 その横に灯るスタンドの弱々しい光だけが、いま私たちのいる空間の全てを支えて いるよう。私が立っている床……本来なら天井である部分のライトは、侵入してきた 海水のせいでショートしてしまった。 私と明雄は大恋愛の末、ついに結ばれた。みんなからも祝福され、私たちの未来は 希望に輝いていた……様に見えた。 そして新婚旅行の船の旅。その第一夜。 何が有ったのかは、分からない。別に海が荒れてた訳ではない。ベッドでまどろん でいた私たちを、突然激しい衝撃が襲った。 何が何だか分からないうちに、気が付くと天井と床が反対になっていて、ドアの隙 間から、少しずつ海水滲み込んでいた。 ドアを開けて外に出て見ようとしたのだけれど、そのドアは私と明雄の二人掛かり でも、びくとも動かない。力一杯叩いて助けを呼んでみても、誰も来てくれなかった。 だぶん船が他の船と衝突するか、座礁してひっくりかえってしまった。他の人達は 先に脱出してしまったか、死んでしまったか。それが私たちの出した結果だった。 海水の侵入が心なしか早くなって来たみたい。もう私の膝の近くまでに水位が達し て来ている。さすがに明雄も立ち上がっている。 「おい、見ろよ」 明雄が顎で窓のほうを示す。丸い、小さな窓で波がゆらゆらと、揺れていた。 「て事は、この部屋は水面より下にあるって事だ」 どうりで、海水の侵入が早くなって来ている訳だ。そう言えば、何だか息苦しい。 このままでは窒息死してしまうかも。でも、この調子では溺れ死ぬ方が先みたい……。 それまで、何処かまだ遠くの出来事の様に思えていた死が、突然私のなかで現実味 を帯び始める。すると今まで虚ろだった“死の恐怖”が私を支配し始めた。 「私………死にたくないよお」 まるで小さな子どものように声を上げて、涙や鼻水が流れるのも構わないで泣いた。 しばらく驚いたように見ていた明雄は、そんな私を力強く抱き締めた。 「放して、明雄なんか大っ嫌いなんだから。放して、放してよ」 私は明雄の腕のなかで暴れた。二度三度と、明雄の顔を引っ掻いた。それでも明雄 は、私を抱き締める力を緩めようとはしない。 「放さないよ。だって放しちゃったら、喧嘩したままで最期を迎えることになっちゃ うだろ。俺、お前と喧嘩したまま死んじまうなんて……嫌だから」 その明雄の言葉に私は抵抗を止め、明雄の鼓動に耳を傾けた。 水は既に私たちの腰を越えていた。 「ねえ、明雄は死ぬのが怖くないの?」 「怖いよ、物凄く。本当は泣き叫びたいくらいにさ」 言われて初めて、明雄の体が小さく震えていることに私は気付いた。 「だけど、最期までお前の前では格好つけたくて……おかしいだろ? やせ我慢なん かして」 「ううん、そんな事無い。格好いい、格好いいよ、明雄」 「そ、そうか。良かった」 何を思ったのか、明雄は私を抱き締めていた腕を放し、ドアのところまで進んで行っ た。 「明雄……?」 「『ポセイドン・アドベンチャー』って映画、知ってるか?」 「いいえ、知らないわ」 「やっぱり、船が転覆して沈没する映画なんだけど。その中に、神に祈らない神父だ か牧師が出てくるんだ」 「?」 「生きるための努力は自分でする、だから祈らない」 「どうしたのよ、明雄」 「これからドアをぶち破ってみる。無駄かも知れないけど、最期の最期まで努力して みる。お前を生かすために」 「無理よそんな、さっき二人でさんざんやって、駄目だったじゃない」 でも明雄は私の言葉には耳を貸さずに、ドアを蹴り始めた。水の抵抗にあって、思 うように力が入らないのを知ると、今度は体当たりを始めた。 ガアン、ガアンと体当たりする音が部屋にこだまする。 「無理よ、たとえ開いたって、水が一遍に流れて来るわ」 「でも、生きる可能性はある」 そう言って明雄は体当たりを続ける。 何度も何度も当たって、シャツの上からでも明雄の肩が腫れてきたのが分かった。 それでも体当たりする力を緩めようとはしない。 私は見ていて堪らなくなった。無駄な努力でもいい、私も明雄と一緒に生きるため にがんばって見たくなった。 「お前……」 明雄の横に並んで、私も一緒にドアへ体当たりを始めた。 頑丈なドアにそれは全く無駄な事に思えた。水は肩の所まで来ていて、その抵抗は 強く、疲れる割には体当たりに力が入らない。 「ねえ……もう止めよう。最期のときは二人で手を握って……」 私がそう言い掛けたとき、無駄だと思われた努力が実を結んだ。 ドアが開いて外の水が一気に流れ込んで……来ると思われたが、意外なことに部屋 の水位は外の水位と一致していたらしく、これ以上の水が流れて来る事は無かった。 海水の満ちた船の中を、私たちは出口を求めて走ると言うよりは泳ぐようにして進 んで行った。幸いな事に私たちの部屋からそれ程遠くない所に、大きな穴が開いてい た。これが沈没の原因かしら。 そこから転覆した船の船底に上がると、いつの間に登っていたのか眩しい太陽が私 たちを出迎えてくれた。 「助かった……、助かったのよ、明雄……」 私と明雄は力一杯、互い体を抱き合った。 (終)
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