短編 #0045の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「きれいな青空ね」 たった一言、これだけのことで、今まで楽しく談笑していた彼は、黙ってし まった。私は、彼の描いた絵を見て感想を述べただけなのに。 「……どうしたの?」 声が届いているのかいないのか、彼は自分の絵をにらんだかと思うと、背中 を私に向けた。 「帰ってくれないか」 「え?」 「悪いけど、帰ってくれ。一人になりたい」 彼の背中が恐くなった私は、その言葉に従うことにした。 だけれども分からない。私は声楽科の学生で、彼は美術科。だから、彼が私 に突っ込んだ感想を期待していたとは思えない。ありきたりの感想かもしれな いが、本当に彼の絵は、田舎の風景を描き出した、見事な青空の絵だと思った。 そもそも、これまでなら、どんな感想でも、彼は嬉しそうに聞いてくれていた。 それが何故……? 「転科したって、どうしてなの?」 彼の噂を聞いて、私は彼をつかまえずにはいられなかった。 「……ああ。ちゃんと伝えてなかったな。どうやら認めてもらえそうで、来月 からは君と同じ声楽科だよ。よろしく」 彼は虚ろな響きを持った声で言った。 「そんなことじゃなくて、どうして転科したの? ひょっとして、この間、私 が言った感想が原因?」 気になっているのは、そのこともあった。私の一言が原因で、彼が転科した のだとしたら、不安でたまらない。 「いや……。ん、難しいな。原因と言えば原因だけど、直接的なのは、自分自 身にあるから」 それから弱く笑って、左手で髪をかきあげる彼。私は、彼の左手が包帯に巻 かれているのに気付いた。 「それ、どうしたの? 怪我?」 「どうしたのどうしたのって、質問ばかりだな」 うるさそうにする彼。 「心配だから聞いてるの! 最近、おかしいし」 「……いいじゃないか。生まれ変わったつもりでいるんだ。そうそう、酒もや めることにした。喜んでくれるか?」 何のつもりか分からないけど、彼はニコニコして言った。明白な作り笑い。 これはただ事じゃないと思った。彼は成人しない内から大のお酒好きで、い くら貧乏していても、アルコールだけは手に入れようと努めていたのに。 「一年間、絵の勉強を続けてきたのに、今になって」 「もういいじゃないか。君と同じ学科にいたくなった。そう考えたら、君だっ て嬉しいだろ?」 「ばか!」 私は手を上げようとしたが、あっさりと止められてしまう。 「絵についてなら、あれだけ自信満々だったのに、やめる訳を聞かせて」 「言いたくない」 しばらく、にらみ合う格好になる。 「……そうだ。あれ、あの絵のことは言わないでくれよ」 「あの絵?」 「この前、見せたヤツさ。特に、美術の連中のいるところじゃ、禁句だ」 「そんなこと言うなんて、あの絵って、いったい何だったのよ?」 「……今は」 何かを絞り出すかのように、彼は言った。 「言えない。区切りが着いてからにしたいんだ」 その調子を感じ取って、私は引き下がることにした。 「もうすぐだから、待ってて」 彼の部屋。夕食ができあがるまでに風呂に入っていた彼が、出たようだった。 日が長くなって、外はまだ明るい。 「何、食わせてくれんの?」 彼はあれ以来、子供っぽくなったところがあると思う。具体的には言いにく いが、言葉の端々に表れているような気がする。 「チンジャオ」 「ああ、牛肉とピーマンの炒め物。あれだけはうまい」 からかうような口ぶり。 チンジャオロースーと言っても、本物の作り方とは多分、全然違うだろう。 私のオリジナルだが、彼は喜んで食べてくれる。 ただ、いつもは普通のピーマンを使うのだが、どうしたことか、今日は店に なく、仕方なしに赤いピーマンを入れた。 「はい。お待たせ」 湯気の出ている自称チンジャオを、皿に盛ってテーブルに運ぶ。狭い部屋だ から、すぐ近く。 「うまそう。腹減ってるから、何でもうまいかもしれないけどな」 「無理に食べなくてもいいのよ」 私が意地悪っぽさを出して言うと、彼は慌てたように口に料理を運んだ。 「うん、うまいなあ! 特に、このピーマンの苦みが、いかにも緑の野菜って 感じで」 彼の口調に思わず笑いを誘われた私だったけれど、ふとあることに気付いて しまった。まさか……。 「……何て言ったの? 緑の野菜って……?」 「!」 振り向いた先にあった彼の顔は、蒼白だった。 「それ、赤いピーマンなのよ……」 彼は黙ったままだったが、それで全てが分かった。 彼は赤緑色盲になってしまった……。あの青空の絵は、青空なんかじゃなく、 赤い空だったのだ。夕焼け。 夕焼けを描いたつもりの彼にとって、私の「きれいな青空ね」という一言は、 何が何だか分からなかっただろう。いや、あのとき、何も聞き返さなかったと いうことは、薄々気付いていたのかもしれない、目の異常に。 「色盲なのね……。でも、色盲って先天性だと思っていたけど」 「……酒だよ。俺、馬鹿だった。酒好きで、金のないとき、メチルアルコール の酒に手を出してしまった。それで目がやられたらしい。失明は免れたけど、 代わりに絵描きにとっちゃ致命的、色感がおかしくなった……」 そうだったの……。だから、お酒をやめたって言ったのね。 「あれから、確認するために、俺は手を傷つけた。血と街路樹を見比べて、気 が狂いそうになったよ。このまま、手首を切って死のうかと思ったくらいだ。 だが、何とか思いとどまった。おまえの顔が思い浮かんだから」 もう、何も言わなくていい。いいから。あ、涙が出てくる……。 何気なく見た外の景色は、涙のせいか、『青い夕焼け』だった。 −終−
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