短編 #0024の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
青空 〜 なりきり探偵 〜 鞘野一馬 今にも崩れてしまいそうなボロ階段を、軽やかに駆け上がっていく白 いスニーカー。 そのスニーカーは、階段と同じくらい朽ちているアパートの、二階の 端にある部屋の前で立ち止まった。 「先生! せんせーい、いるんでしょ? せんせーいっ」 森永真奈は、大声でそう言いながらドアをノックした。 そして、ノブをガチャガチャと回し……、開いてしまった。 「なんだ、開いてんじゃない」 遠慮なく入っていく。いきなり「男の独り暮らし」の臭いが鼻を突い た。 「たく、日曜日ごとに掃除してあげてるのに、すぐ元の臭いに戻っちゃ うんだから。先生! 不用心ですよ。寝てるんですか」 「起きているよ。ちょうど君の来るころだと、推理していたんだ」 奥の方から、妙に落ち着き払った声が聞こえてくる。 そして、真奈が師と仰ぐ探偵、鳴木(ナルキ) 勇助がその姿を現した。 茶系のコートに身を包み、頭にはベレー帽、おまけにハッカパイプを くわえている。 「まさに私の推理した時間どおりだよ、ワトソン君」 「誰がワトソンですか……」 真奈は、こめかみを親指と中指で挟んで首を降った。 「まったく、先生のシュミはよく分かりません。それにしても、よく集 めましたねえ」 部屋に散らかっているそれらを見て、真奈は呆れていた。 シャーロックホームズ大全集に始まり、TVドラマ化されたもののビ デオ、ついでにキャラクターを動物にしたアニメ版のホームズまで揃っ ている。 「エンゲル係数の低い貧乏人っているものね」 「常識をくつがえすのが名探偵というものだよ。ワトソン君」 「真奈です」 鳴木勇助は、テレビや映画を見ると、その主人公になりきってしまう 癖があった。 そのせいか、鳴木を知るものは、彼を「なりきり」と呼んでいた。 「はい、これでよし、と」 真奈は、散らかっていたビデオと本を片付け終わっていた。この本た ちも、鳴木が次のなりきり役を見つけるまでの命である。 「今日も徹底的に男臭さを消してあげますからね。鳴木探偵事務所の名 に恥じない雰囲気にしなくちゃ。探偵事務所は渋くなきゃいけないのよ。 渋くなきゃ。それがパターンなのよ。うん」 そういう真奈も、探偵小説の読み過ぎなのである。 真奈は、まず臭いの発生源の大部分を閉める台所から掃除を始めるこ とにした。服の袖をまくってカップめんの残骸をビニール袋に放り込ん でいく。 「どうやら、食生活までホームズにはなりきれなかったようですね」 思わず真奈は吹き出していた。 「痛いところを突くなあ。ワトソン君は」 「真奈です。……あ」 ドアのチャイムが鳴ったのだ。 「この時間に訪問者とは、私の推理によると、ドアの向こうに立ってい るのは、仕事の依頼者だな」 「先生! ちょっと待って」 応対に出ようとする鳴木よりも先に、真奈が玄関に飛んでいった。 「今先生が出たら、せっかくのお客が呆れて帰っちゃいますよ」 「もし浮気調査だったら、断ってくれたまえ」 鳴木は、雑用のような仕事を請け負う代わりに、浮気調査だけは絶対 にしないのだ。過去に相当悲惨な目にあったらしい。 「その必要はないと思いますよ」 のぞき窓から外の様子を見た真奈がそう言った。 「どうぞ」 真奈がドアを開けた。 事務所に入ってきたのは、まだ小学生にもなっていない女の子だった。 「君は、向かいのマンションの312号に住む真由美ちゃんだね?」 「うん!」 真由美は首を大きく縦に振った。 「先生、知ってるんですか? この子」 「なあに、ここのところ暇だったので、向かいのマンションの居住者を 暗記したんだ。ちょっとした推理だよ」 「それは、推理とは言わないと思うんですけど」 真奈は首をひねった。 「ところで、真由美ちゃん、だったわね。なにか調べてほしいことがあ るの?」 「うん。パパもママも分からない、って言うの。だから探偵のおじちゃ んに教えてもらおうと思って来たの」 「その前に、お兄さんもね、探偵はお仕事でやってるから、タダでは何 もしないんだよ」 「先生!」 真奈が、割り込んできた。 「こんな小さい子からお金をむしりとろうというつもりですか?」 「ちょっと言ってみただけだよ、ワトソン君」 「真奈です」 そんな二人の漫才をまったく気にかけることもなく、真由美は持って きた鞄の中から、人形を取り出して鳴木に見せた。 「これ、あげる」 「これって、なに?」 「みかげちゃん。ママが買ってくれたの」 鳴木はしばらく腕組みをした。 「よし、話を聞こう」 「ほんと!?」 「本当だとも。どんな悩みでも解決してあげよう」 鳴木はとびきりの優しい笑顔で、真由美に語りかけていた。 「何でも言っていいのよ」 真奈も自分ができる最高の笑顔で言った。 真由美は、すーっと息を吸い込むと「悩み」を語った。 「お空って、どうして青いの?」 「私、なんで空が青いのか、なんて真剣に考えたことありませんでした」 結論は明日、ということにして、一旦真由美を家に帰してから、真奈 が溜息交じりに言った。 「まいったよ。こういったものは子供電話相談室に頼むものだろ?」 「でも引き受けちゃったんだから」 「もちろん、調べるよ。たく、最近の親はこんな質問にも答えられない のかね」 「先生も答えられませんでしたよね」 「つくづく自分の学力のなさに嫌気がしたよ。ワトソン君」 「真奈です!」 まだ鳴木はホームズ気分らしい。 「先生、図書室で調べてきました」 高校からの帰りに、真奈は鳴木の事務所で道草を食っていた。 「私も、久しぶりに図書館へ行ったよ。要するに、地球の大気の層が、 青い光を反射するからだろ? だから、黄空、緑空にはならずに、青空 となるわけだ」 「そう……ですね」 鳴木は、ふう、と息を吐いた。 「ワトソン君」 「真奈ですけど」 「確かに、それは間違ってはいない。しかし問題はここだ。はたしてそ の説明で真由美君が納得するかどうか……」 「多分、全然分かってはくれないでしょうね」 「まともに説明しようとすれば、宇宙から地球、そして大気圏のこと、 光が七色でできていること、その性質、ときりがない。小学校にも行っ ていない少女に、数年分の知識を詰め込まなければならない」 「そんな大袈裟な……」 「大袈裟ではない。子供の質問に対する大人の答えがいい加減だと、そ の子の将来に悪い影響を与えかねないんだ」 「困りましたねー」 「……困った」 真由美と約束した時間が近づいていた。 そして、指定した時間に真由美はやってきた。 なかなかよい心掛けでは、ある。ちょっとくらい遅れてくれたほうが よかったのだが。 「真由美ちゃん、なぜ空が青いのか、ということだったね」 「うん」 ソファにちょこんと座った真由美が元気に答える。 鳴木の目がしばらく空中をさまよった。 そして、一言、鳴木が言った。 「それは、空がもし一日中赤や緑や黄色だったら、気持ち悪いからだよ」 「先生! なんですか、それは」 真奈は腰から力が抜けるような感覚を覚えた。 「これで分かったかな?」 「うん、分かった」 鳴木の出した確認の質問に、真由美は目を輝かせて返事をした。 「ええーっ」 真奈は、この世の何もかもが信じられないような気がした。 「おじさんとの約束だから」 真由美は、鞄の中から人形の「みかげちゃん」を出して、テーブルの 上に置いた。 「どうも、ありがとう。真由美……ちゃん?」 涙で目が潤んでいる真由美の顔を見て、鳴木は言葉を失った。 「みかげちゃんとともみちゃは双子なの」 真由美は、鞄の中からもう一体の人形を取り出した。なるほどそっく りだ。ただ、みかげちゃんはストレートロングで、ともみちゃんはショ ートヘアになっている。それが唯一の区別点だった。 「二人は一緒にいないとだめなの。いつも一緒じゃないとだめなの」 「まいったな……」 鳴木は頭を掻いた。 「お兄さんはね、この前動物園に行ってね」 突然、何の脈絡もない話題を、鳴木は出してきた。違う話題で逃げる 気かしら、と真奈は思った。 「そこでね、とても大きな動物を見たんだよ。耳がとっても大きくてね、 鼻が凄く長くて、物をつかんだり、水浴びしたりするんだ。でも、お兄 さんはその動物がなんていうのか忘れてしまってね。そうだ、真由美ち ゃんは知ってるかな、その動物の名前」 「知ってる」 「何ていう名前?」 「ぞうさん!」 鳴木は優しい笑顔を真由美に投げ掛けた。 「そうだ! 思い出した。そう象さんだよ。ありがとう真由美ちゃん。 お礼に、そうだ、これをあげる」 大袈裟な振り付きでそう言った鳴木が差し出したものは、人形の「み かげちゃん」だった。 「先生……」 真奈は、鳴木に向かって、単なる好意以上の視線を送っていた。 「おじさん、ありがとう!」 文字通り飛び上がって、真由美は喜んだ。 真由美が帰った後、鳴木はベレー帽をとり、コートを脱いだ。 「先生、もうホームズ気取りはやめですか?」 「子供の質問にまともな答えを返せず、苦し紛れでごまかすような人間 は、ホームズにはなれないと分かったんだよ。私はホームズ失格だ」 真奈は、ほっとした。これでもう「ワトソン君」なんて呼ばれなくて すむ! 鳴木は、熱しやすく冷めやすい性格だった。 そのおかげで、事務所にはホームズ関係の書籍、ビデオなどが残って しまったが。 さらにそれから三日後、また真由美が事務所を訪れた。 「どうやったら、赤ちゃんはできるの?」 ……探偵、鳴木勇助の苦悩は続く。 おわり 鞘野一馬
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