長編 #5485の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
次の日、本当は先生にも学校を休んでもいいと言われたのだが、特にやることもな いのでそのまま登校した。両手が使えないのが不自由であるものの、別に特にノート をとらなければならない授業もなかったので、それはそれで不都合はなかった。 放課後再び屋上へとあがる。昨日はぼんやりと見ているだけだったが、あらためて ここに来ると再びナツカシイ感想を抱いてしまう。 「虫かごみたい」 呟いてから背後の人の気配に気づいた。 「せっかくの風景が台無しだね」 振り返ると、茜はニコニコと笑っていた。そして「本当だったら、屋上って人気の スポットなのにね」と付け加えた。 「まだいたんだ」 「うん。まだいたんだよ」 「茜はこの場所、好きじゃないんでしょ」 「コレさえなければね」 彼女は憎たらしそうに金網を両手で掴む。 「でもさ」 そう言って、茜は金網に顔を近づけた。 「こうやって顔を近づければ金網なんてぜんぜん気になんないんだよね」 遠くのものに焦点を合わせれば、近くにあるものの焦点はぼやけてしまう。カメラ のピントと同じ。 人は元来そういう性質の生き物だ。遙か遠くを見据えて生きていくために、自分と すれすれの位置にある不具合は、ぼやかしてしまう方がよい。 近くの物ばかりに焦点を合わせていたら、人は前へは進めない。 そんな茜を見て私は無性に羨ましくなる。 私はきっと、このまま人間の不具合ばかり見つめて生きていかなければならない。 だから、この穏やかな時間だけは少しだけ思考を停止させてもらおう。 ソレガココチヨイトイウコト? それから二人で久しぶりにとりとめのない話をして、一緒に下校することになった。 「ねぇ、どうして私に干渉する気になったの?」 昨日から思っていた疑問。茜は私を見限ったのではないのか? あの時だって放っておけば良かったんだ。私は茜に酷いことをしたんだから。 「あれ? 昨日の朝、挨拶しなかったの根に持っているんだ」 彼女がわずかに笑みを浮かべる。 「そういうことじゃなくて」 「じゃあ、どういうこと?」 茜はからかうような口調でそう言って、歩く速度をあげた。 彼女の背中を見て思う。昨日、彼女は私の手を引いて歩いていた。昔の茜は誰かに 手を引かれて歩いているような子だった。 人はこんなにも変わるものだ。例えそれが嘘から始まった事であろうと、人は確実 に成長していく。 ふと、茜が言葉をこぼす。それはまるで、私が何を考えていたのかわかっているか のようだった。 「わたしね。藍とは友達になりたいってずっと思ってたの。さくらお姉ちゃんと遊ぶ 藍には嫉妬してたけど、でも本当は一緒に遊びたくしょうがなかったんだと思う。わ たし初めは藍の事嫌いだったけどね、でも話しているうちにどんどん好きになってい った。それは多分、嘘じゃないと思うから」 「茜は嫌いなものでも好きになれるの?」 「うん。だって、唯一大好きだったお姉ちゃんを抜かせば、昔のわたしは嫌いなもの しかなかったんだよ」 「でもそれは羨ましい性格かもしれない」 「うふふ」 茜が含み笑いをする。 「なに?」 「藍にうらやましいなんて言われるのは初めてかも」 「初めてなのかな? わたしはずっと羨ましいと思っていたよ」 「嘘? だって、藍は文句ばっかり言ってたじゃない」 「……」 文句ではない。私の思考が勝手に空しさを生み出しているだけだから。 「ま、いっか。あの石崎藍ちゃんにうらやましがられるなんて、こんな自慢できるこ となんて他にないからね」 「勝手に自慢してください」 私にしてはめずらしく冗談まじりでそう答えた。 もしかしたら私のココロに残っているわずかな人としての感覚が、このとりとめの ない時間を心地よいと思っているからなのかもしれない。 夕闇がどっぷりと浸食をしてくる。 「すいません。ちょいと道を尋ねたいんですが」 ちょっとくたびれた中年の男が声をかけてきた。頬にいくつかの傷はあるものの、 まるで顔中が笑顔といった感じのとても人のよさそうな表情をしていた。 わたしは無愛想でいたが、茜が愛想良く対応する。こういうことは彼女の方が得意 だ。 茜が丁寧に道順を教えると、 「ありがとうお嬢ちゃん」 そう言って中年の男はお辞儀をして去っていく。 茜はそんな彼を優しげに見送っていた。 そして、男が角を曲がり、姿が見えなくなったところで茜はぽつりと言う。 「……がした」 風に吹かれて声がよく聞き取れなかった。 「なに?」 「あの人……」 「あの人がどうしたって?」 私の急かすようなその言葉に、あの子は一瞬間をおいて答える。 「リスキーエンジェルの香りがしたよ」 そこにはもう優しげな表情は消えていた。 了
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