長編 #5484の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
心の中でみっともないくらい、存在するはずもないお姉ちゃんに泣きついている。 なにやってるんだろう? わたしはもう、一人きり。 違う、わたしはとうの昔に一人きりだったんだ。 だから、これからもずっと一人きりで生きていく。 お姉ちゃんはもう何も答えてくれないから。 でも、わたしは何か大切な事を忘れているはず。それがなんであるかが思いつかな い。 たぶん、それを思いつかない限り、わたしはずっとこのまま泣き続けてしまうのだ ろう。 なんだか疲れた。 ココロもカラダもすべてが重く感じられる。 ゆっくりとわたしは瞼を閉じた。 やりきれない感情を抱きながらわたしは眠りに落ちていく。 ** 気がつくと、見慣れた天井があった。 ここはわたしのベッドの上? 今までのことは全部夢だったの? だったらわたしは何も悩む必要はない。今まで通り、再び仮面を被って生きていけ ばいいのだから。 がちゃりと部屋のドアが空く。 「起きた?」 起きあがってそちらを向くと、そこには穏やかな表情をしたお母さんがいた。 「うん。わたし制服のまま寝ちゃったんだね」 そう言って自分の着ている服を見る。すす汚れた痕、カラダのあちこちに擦り傷が あって、酷い箇所にはガーゼがあてられていた。 僅かな痛みとともに蘇る記憶。 それは、今までの事がすべて現実であったことを示している。 「あんたをおぶってここまで連れてくるの大変だったんだからね」 お母さんの穏やかな表情は維持されている。 「そうなんだ……ありがとう」 なんだかわけがわからない複雑な表情を浮かべながらお礼を言うと、お母さんはゆ っくり近づいてきてわたしの頭にぽんと手を置いた。温かい手のヌクモリ。 「あんた成長したよね」 「え?」 「重くなったし」 「やだお母さん」 そんな、年頃の娘にむかって体重の話なんて……。 「なに膨れっ面してるのよ。あんたをおぶったのなんて7、8年ぶりなんだから当た り前じゃない。それにあんたはあれ以来きちんと自分の足で歩いてきたものね」 それは違う。わたしはお姉ちゃんの幻影を求めながら生きてきたんだ。一緒だと思 い込んでいたからこそ、わたしは自分の足で歩いてこれたんだ。 わたしが黙り込んでいると、お母さんはくしゃくしゃっと頭を撫でる。 「さっきね。藍ちゃんから電話あったわよ。あんたにあのことを言ったからって、教 えてくれた」 そういえばお母さんもわたしを騙していたんだよね。 「ひどいよね」 自然とそんな言葉がこぼれる。もう、涙はこぼれない。 「嘘をついたのは悪いと思ったわ。でも、さくらはあんたの支えでもあったから…… それであんたが元気になれるならそれはそれでしょうがないと思ったんだよ母さんは」 優しく見つめるその瞳を見て、わたしははっとする。 そうだね、わたしが生きてこれたのはそのせいなんだから。ふと、わたしは言わな ければいけないことをようやく思いつく。 「お母さん」 声がかすれる。今までは意地をはって生きてきたから、言葉に出すのは少しだけつ らい。でも、わたしは言わなければいけない。 「なぁに?」 お母さんはまるでわたしが何を言おうとしているのかわかるかのように微笑んだ。 その顔を見て声がつまる。 言わなければいけない。言ってしまったらわたしは何もかも認めなくてはいけない けど。 「ごめん……ね」 ようやく言葉がこぼれる。 「あんた、謝るようなことでもしたの?」 「違う……違うの……」 涙はもう涸れてしまった。この感情は悲しみであって、悲しみでもない。 そっと見上げる。 わたしが忘れていた大切なこと。 「わたしはお母さんにお礼を言わなければいけないの。そう。わたしが生きてこれた のはお姉ちゃんのおかげじゃない。お母さんのおかげなんだよね」 「……茜」 「ありがとう。本当にありがとう、お母さん」 「どうしたの? 急にそんなこと言って」 「……うん。わたしは今まですごく罰当たりな事をしてきたんだって気付いたの。知 らなかったからってそれは許されることじゃないよね。だから、遅くなったけど『あ りがとう』なの」 「まあ、あんたが素直に感謝してくれるのなら、わたしはその気持ちをありがたくい ただいておくわ」 「うん」 「でもね、感謝しているからって母さんの為に生きていくような考え方はやめてね」 「え?」 「あんたは誰の為でもない、自分の為に生きていってほしいの。それが母さんの願い であり幸せでもあるの」 「どうして?」 「あんたも自分の子供を持つようになればわかるわ」 お母さんは、もう一度わたしの頭をくしゃくしゃっと撫でると、優しい笑みをわた しの心に残してそのまま部屋を出ていった。 ◆石崎 藍 廊下で茜とすれ違う。あの子はまっすぐと前を見て歩いていく。挨拶は交わさない。 無事に帰還できた私達は、ほんの少し前の日常とは違う日常を歩み始めていた。 特に茜は失うものが多すぎたのだろう。でも、人間は忘却さえ糧にしてしまう生き 物だ。つらすぎる過去は記憶から消し去ってしまった方がいい。そうやって人間は前 へと進んで行くんだ。せめて茜だけはそうやって前を向いていて欲しい。 私には、同じ道は歩めないから。 「よっ! 石崎」 ノーテンキな声が背後から聞こえてくる。いちいち反応するのも面倒だ。 「大変だったな、腕大丈夫か?」 「大丈夫だったら包帯巻いて手首固定してるわけないでしょ」 いちいち反応するのは面倒だが、あいつに一方的に喋らすのも癪に触る。 そういえば、わたしにもまだこういう感情が残っていたのか。 「それは失礼。でも、ま、無事にあそこから帰ってこれただけでもよしとしないとな」 「まったく、下手すりゃあんたは殺されてたかもしれないってのに……」 「ま、結果オーライって事で」 どこまでも楽観的な人間だ。でも、そんな彼が私は少しだけ羨ましかったりする。 そう……あの寺脇偲の時とはまったく違う感覚だった。 「あんな目にあってノーテンキでいられるなんて、羨ましい性格だこと」 私は軽く受け流す。本心を込めながら。 「よく言われるよ」 本当に羨ましい性格だ。 わたしはその言葉に何も反応せずに歩き出す。 放課後、私は学校の屋上からずっと空を眺めていた。青い空はやがて血のような真 っ赤なタ焼けとなり、校舎からは下校放送が静かに流れていく。 階段を下りて昇降口へと向かった。旧校舎へ続く渡り廊下に出ると、外気の冷たい 風が頬を刺す。 今日はまぶしいくらいの快晴であったのに、気温はかなり低かった。 風で舞った後ろ髪を押さえながら、横を向くと視界に見慣れた人物が映る。 名前を呼ぼうとして、それがすでに意味をなさないことに気づいた。 もうあの日常には戻れないのだから。 私はそのまま通り過ぎようとした。 「藍先輩」 ふいに、ぽんと肩を叩かれて名前を呼ばれる。 何事かと振り向いて彼の手に光るナイフが目に入る。そしてそれがまるでスローモ ーションのようにゆっくりと振り下ろされた。 とっさに刃が向けられた頭部をかばうように、左手が反応する。 手のひらが熱い。 生暖かいものがどくどくと私の手のひらからこぼれていく。 赤い体液。 身体の中からすべて血が抜き取られたかのように、全身が冷たく感じられる。 飛び散った赤。 後頭部がしびれた感じ。耳鳴りが止まらない。 生暖かい雫が唇にかかる。鉄の味。 ―「キャー」 女生徒らしき悲鳴が聞こえてくる。 彼は構わずにもう一度ナイフを大きく振り上げる。 キケン。 彼の表情は夕闇でよくミエナイ。ワラッテイルノカ? ナイテイルノカ? ソンナ コトハドウデモイイ。 ハイジョシナクテハ。 視界が靄に包まれていき、意識を保てそうにない。そこで私はブラックアウト……。 「藍!」 聞き慣れた声。記憶を読み込むのに、不思議な感覚を覚える。コレハ、ナツカシイ トイウコト? ココチヨイトイウコト? 全身に血の気が戻っていく。と同時に私の意識も再び浮上する。 反射的に右肘を前へと繰り出す。目標は彼の顔面。 鈍い感触。勢いにまかせてそのまま振りかぶり今度は逆に肘を返して、再び打撃。 彼はナイフから手を放しそのまま崩れ落ちる。 「藍! 大丈夫なの?」 真っ青になった茜が駆け寄ってくる。と同時に何人か生徒と教師が集まってくる。 「石崎。ほれ、手をかせ」 気づくと副担任の井上先生がポケットから取り出したハンカチで、私の手をぐるぐ ると巻いて止血をしていた。 「先生。わたしこの子を保健室に連れてきます」 「ああ、任せた。場合によっては救急車を呼んでもらった方がいいぞ」 「はい」 茜と先生のやりとりをぼんやりと聞いていると、急に手を引っ張られた。 「藍。痛くない?」 痛みはあまり感じない。ココロの機能と共にマヒしている。 「平気だよ、これくらい」 「ならいいけど」 茜の顔に少しだけ血の気がもどったように感じた。 保健室につくと保険医の先生に消毒してもらい、救急車を待つことになった。 傷がかなり深いので縫うことになりそうだということだ。 私にとっては何もかもどうでもいいことであった。
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