長編 #5466の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
会っても何もしてあげられないことはわかっていた。でも、わたしは彼女がまだ生 きているという事実を確認したかった。 あれから二日しかたってなかったけど、無性に橘さんの顔が見たくなったのだ。 病院の近くの花屋でかすみ草の花束を買う。彼女がどんな花を好きかなんて、わた しはなんにも知らないんだ。そういう話もしてみたかったな。 重い足取りのまま階段を上る。そして角を曲がったところで、橘さんといる病室の ドアから誰かが出てくるのが見えた。 二人組の男女。年は30代くらいだろうか。彼女の両親にしては若すぎるし、顔は あまり似ていない。親戚なのかな? そのまま歩いていと、その二人組の男女は何かボソボソと話しながらわたしの横を 通り過ぎていく。 「……でないからね」 「やっぱり……あの子の相続の権利は……」 「……オレたちが……だからさ」 「あの子を……ってのはどう?」 「……さ。その手で……」 なんとなく嫌悪感。会話の内容はわからない。けど、橘さんを心配している素振り は感じられない。 いったい誰なんだろう。わたしには関係ないかもしれない。でも……。 病室の前に立つ。面会謝絶のプレートはそのまま。 わたしはノックをしようとして、後ろから声をかけらた。 「お見舞なら今はダメよ」 振り返ると看護婦さんが、わたしを睨んでいた。 「大切な友達なんです」 それは嘘かもしれない。橘さんはわたしの事なんか大切な友達とは思ってはいなか ったかも。わたしだって本当に大切な友達になれるかなんてわからなかったのに。 「そう。でも、彼女はまだ昏睡状態だからね」 看護婦さんは当たり前のようにそう言った。そんなの嘘だってことはわかっている。 「わかりました。また改めて出直します」 わたしは深くおじぎを病室を後にする。 必死で涙を堪えながら。 ◆石崎 藍 駅前の本屋に行く途中、制服を着たままの茜に出会った。そういえば、お見舞いに 行くとか行っていたな。あの子の部活の仲間が入院したという噂は聞いていた。 「今帰り?」 「うん」 表情は暗い。 情報によれば重傷というわけではないらしい。なのに、普段の明るい茜らしくない。 まあ、自殺じゃないかって噂も出ているくらいだから、何かあったのだろう。 「現場見たんだって?」 つい、いつもの口調でそう訊いてしまう。茜への配慮なんて今更不要、そんなこと はお互いわかっているはずだった。 「うん。でも、自殺なんかじゃないよ」 彼女は、私を見据えながら、強い口調でそう断定する。きっと噂を耳にしたのだろ う。 「茜がそう言うんだから、そうなんだろうね。ま、私には自殺か事故かなんて興味は ないから」 「……」 さらりと私がそう言い返して、いつも通りの情報交換程度の話で終わるはずだった。 あれ? 見舞いの帰りなはずなのに、茜の右手には花束がある。 病状が悪化したのだろうか。それなら、あの子の暗い表情も納得いく。 「ねぇ、お見舞いの帰りっていったよね。どうしたの? 面会謝絶で入れなかったと か」 そう言いかけて言葉が止まる。茜の様子がおかしい。 「うん。入れなかった。入らしてくれなかった。でも、たとえ彼女に会えたとしても 何もできないから」 「そんなに悪いの?」 「彼女……橘さんはケガで入院しているわけじゃない」 「どういうこと?」 「リスキーエンジェルって知ってる?」 「え?」 私の聞き間違いではないのなら、それは今流行りの麻薬の一種。予想外の言葉が茜 の口からこぼれる。 「橘さん……入院しているその子はそれが原因で……」 そこで言葉が途切れる。その後は言わなくても容易に想像がついた。あのクスリに 手を出した者の末路がどうなるかは聞くまでもない。 「わたしね……」 あの子の声は今にもかすれそう。肩はわずかに震え出している。 部活の仲間のその子とは親しかったわけじゃないんでしょ? 「茜?」 「わたしね、彼女とはそんなに親しくないから……彼女の身内とか、そういう人の方 が悲しいと思ったから、ずっと泣かないように我慢してたんだ」 先ほどまでの凛とした態度の彼女ではなかった。 「だけど……わたしだって悲しかった。橘さんとは少ししか関わりがなかったけど… …だけどわたし、嫌いじゃなかったんだ。もっと話ができたらいいなって思ってたん だ。なのに、あんな事になっちゃって……」 溢れ出る滴。まるで堰を切ったかのように、茜の瞳からぽろぽろと涙がこぼれ出た。 原因は、長時間涙を堪えていたためだろう。 「我慢するのはよくないよ。涙ってのは一種のストレス解消なんだから……」 慰めになるとも思えないが、目の前の泣いてる茜を見ていられず思わず言葉がこぼ れてしまう。 「人はどうして繋がりを求めようとするんだろうね? 繋がりが拒絶されることをど うして悲しく思うんだろうね?」 と、茜を泣きならそうこぼした。もちろん、私に答えを求めているわけでないこと はわかっている。 群を作るのはそれが人間の本能だから。そんなことを言ってもどうにもならないこ とはわかっていた。 「ごめん、変なとこで泣いちゃったりしてさ。やっぱ我慢してたのがいけなかったみ たい」 茜はハンカチを取り出して、涙を拭っていた。この子は強い子だから、いつも自分 で立ち直っていく。私にはないものを持っている。 そんな彼女に私は聞き返したかった。 茜はそんなに強くなれるのに……どうして他人との繋がりを求めるの? 次の日、めずらしく校内で茜に会うことがなかった。体調を崩して休んだのかな、 と思いつつも、テスト前の大事な時に休むような子でないことに気付く。 用事があって帰るのが遅くなるが、それでも茜と出会うことがなかった。 なんとなく、退屈さ感じていた。 そんな気分の憂鬱な時に限って、会いたくないヤツに会ってしまうのだ。 「石崎、今帰りか?」 脳天気な声で、クラスメイトの幾田が私を呼び止める。 「そうだけど」 無視するのも疲れるので適当に相手をすることにした。敵意は感じられない。私が 多少我慢すれば済む問題だ。 「テスト勉強は、はかどってる?」 まさか、一緒に帰るつもりじゃないだろうか? 「あんたに答える義務はないけど」 「答えたくないならいいよ。でも、訊くぐらいはいいだろ?」 私が校門へと歩き出すと、彼も私の歩調に合わせて足を踏み出す。 「どうでもいいけど、まさか私と一緒に帰るつもり?」 とうとう我慢できずに口にしてしまう。 「いいじゃん。どうせ、方向は一緒なんだからさ。効率いいと思うけど」 「効率ってねぇ……あんた、一つ間違えばストーカーだよ」 「別に石崎の後を無意味につけ回した覚えはないんだけどなぁ。それより、最近この 辺に変質者が出没するって先生が注意してたじゃん。ま、ボディーガードがわりだと 思ってくれればいいって」 なんだかムカツク。こんなヤツ、あきれてしまえばいいだけなのに、感情が妙に高 ぶってくる。 でも、今は怒りに無駄な労力を使うのも馬鹿らしい。そう思い、なんとか平静を保 とうとする。 そういえば、無理矢理とはいえ男の子と一緒に帰るなんて久しぶりかもしれない。 あれは、まだ橋本誠司とつきあっていた頃だったかな。 ** 「橋本クンはなんで待っててくれるの?」 かなり長くなりそうな用事で遅くなった時でも、彼は律儀に昇降口で待っていてく れた。だから、私は不思議に思って聞いてみたものだった。 「それは、石崎さんと一緒に帰りたいからだよ」 彼はにっこりと笑ってそう言った。 「どうして?」 私は会うたびに彼の事を質問攻めにしていたかもしれない。私の好奇心は彼へでは なく、彼の行動に向いていたからだろう。 「僕は石崎さんの事をもっと知りたいからさ。それが理由だけど、それじゃ納得いか ない?」 彼の興味が私に向いていることは知っていた。私だってそうだから。だけど、それ は私と彼では微妙に違っていたのだ。それは最初からわかっているはずだった。 始まりは、1年生の初夏の頃だ。 中学に入ってすぐ、私と橋本誠司は前期のクラス委員に指名された。ようは、雑用 係に選ばれたようなもの。何か行事ごとがある度に事務処理係として、時に教師に、 時に生徒たちにこき使われるだけだった。 だから私はその仕返しにと、徹底的にクラスのみんなを管理してやった。 ホームルームの会議で無駄な時間をとられるのを嫌った私は、みんなの意見が出な いのをいいことにほとんど強制的に物事を決めていった。 もちろん、文句を言う奴には「他に代替案がないなら黙っていてください」と制止 し、代替案があっても、その案がどれだけ有効なのかを説明させ、論外ならその場で 却下した。 おかげでクラスのほとんど全員に嫌われた私は、後期のクラス委員に選ばれなくて すむことになったのだ。 クラスを強制的にまとめた手腕は、教師たちには受けがよかったらしく、いたく気 に入られてしまったことはケガの功名ともいえるだろうか。 だが、気に入られたのは教師たちだけではなかった。同じクラス委員に選ばれた橋 本誠司もなぜかそんな私に興味を持ったようだったのだ。 そう、告白されたのは、梅雨のまだ明けてない7月の初め。。 クラス委員の仕事で遅くなった私たちは、二人で校門へ向かって歩いていた。 「家まで送っていくよ」 彼とは家が同じ方角ではなかったので、一緒に遅くなってもいつもは校門の所で別 れていた。ところが、その日に限っては橋本誠司はそう言い出したのだ。 「なんで?」 もちろん私はそう訊いた。 「石崎さんともっと話がしたいから」 彼はある意味正直な人間だったのかもしれない。私みたいな奴に興味を持つことは おいといても、それが彼の素直な気持ちだったのだろう。 「なんで私なんかと?」 それでも私は彼の行動に好奇心を持ち続けた。 「きみを好きになったからかな」 照れたような笑みを浮かべながら彼は言ってたっけ。 「それってつきあってほしいって事?」 変な言い回しは嫌いなので、私は直接そう聞いた。 「そういう事かな」 肯定され、私の中に疑問が生まれた。なぜ、私みたいな人間に好意を持つのだろう。 答えが知りたかった私は、思わず返事をしてしまう。 「いいよ」 まるで契約だ。彼はそう思ってなかったかもしれないが、私には少なくともそう思 えた。お互いの利益が一致した上での口頭による契約だと。 この時はまだ、私自身の考えも甘く、それによって生じるリスクまでは計算しきれ ていなかった。
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