長編 #5464の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
夕色がゆったりとした速度で消え始めている。 薄暗い光と闇の交差する時間。 街灯がぽつりぽつりと灯り出す。 「日の落ちるのも早くなったなぁ。毎年この時期になるとしみじみ感じるよ」 美咲は鞄を持ったまま両手を斜め上にあげて伸びをする。 「あと2ヶ月で今年も終わりだよね」 「卒業までは半年弱はあるけど、その前にいろいろ大変だなぁ」 「進路修正とか考えてる?」 「うーん……ランク一つ落とせば余裕とは言われてるんだけどね」 「やっぱK高狙い?」 「ま、ね。茜はA高だったよね。そういや、あの子……石崎さんだっけ幼なじみの。 あの子もA高?」 「うんにゃ、藍はM高だよ。なんで?」 「そうだよね。幼なじみっても、中学までだもんね」 「どうしてそんな事訊くの?」 「最近、あんた口からよく石崎さんの話題がこぼれるから」 「そ、そうかなぁ」 「たしかに私もあの子の事知ってるよ。2年の時一緒のクラスだったし。でも……私、 石崎さんってあんまし好きじゃないんだよね」 藍がみんなから疎まれている事は承知していた。でも、美咲と違ってみんな、わた しの前では遠慮してその事に触れようとすらしない。 彼女は正直に自分の気持ちを言ったのだろう。だから、わたしも一息おいて自分の 考えを伝える事にした。 「藍といるとね、いろいろ考えさせられちゃうんだ。美咲の「好きじゃない」って感 情も理解できなくはないんだけどね。わたしの場合はさ、あの子の否定するものを、 きちんと検証したいっていう、なんていうか、答えは一つだけじゃないってことを教 えてあげたいっていう幼なじみなりのおせっかいがあるんだよね」 おせっかいってとこは、かなり自覚している。 「私だって毛嫌いしているわけじゃないから、茜の言いたいこともわかるよ。でも、 まったくの関わりのない人間だから言えるのかもしれないけど、あの子の無理してる ところが私には合わないんだよね」 「やっぱり美咲にもそう見える?」 「まあ、誰もが気付いてるわけじゃないよ。たぶん、私もそれなりに他人に感心があ るからあの子のそういうとこに気付いただけなんだと思う。彼女が無理してるなんて、 ほとんどの人は考えもしないって」 わたしは大きなため息をつく。 「だから、わたしは放っておけないかもしれないな。藍が無理しているのはとてつも なく自分の事が嫌いだから。たぶん……このままだと本当に『壊れてしまう』かもし れないから。今は、周りにそれを止める要素がたくさんあるんだけどさ」 いつもわたしの中にある小さな不安。それが日に日に大きくなってきているのを感 じている。今はまだ平気だけど……。 「茜はおせっかいかもしれないね。でも、冷たい言い方だけどさ、彼女が『それ』を 望んでいたら?」 「え?」 意表を突かれたその質問に、わたしは答えに戸惑った。一瞬、思考が停止する。 「どういう事?」 美咲はしばらくわたしの顔を見つめた後、ふいに目をそらした。 「……いや、考えすぎかもしれない。気にしなくていいよ」 その言葉に、わたしはそれ以上考えなくてよくなった安堵感と、思考を停止してし まった事への不安感の両方を同時に抱いていた。矛盾した感情が、心の中ででぶつか っている。 気まずい雰囲気のまま、わたしたちは家路を歩いていく。沈黙した空気がとても痛 い。 しばらくそのまま歩いていく。そして、ちょうど大通りへと出た時、その事件 は起こった。 女子高生らしき集団が、反対側の歩道を指さして大騒ぎしている。 −「きゃー! 何、あの子」 −「アタマ、マジおかしいじゃん?」 −「あんなかっこで寒くないのかな?」 −「どっかの番組じゃないの?」 −「AVとか?」 −「でも、どう見てもチューガクセイじゃん」 何事だろうとその方角を見ると、大きめのコートを着た女の子がおぼつかない足取 りで歩いていた。よく見ると、その下には何も着ていない。コートの前から胸がはだ けて見えている。 唖然としたままその子の顔を見たところで、思わず目を疑いたくなる。 街灯の光に照らしだされたその素顔に、わたしは見覚えがあった。 「橘さん……」 「知ってる子?」 わたしのつぶやきを聞き漏らさなかったのか、それまで沈黙を守っていた美咲がぼ そりと耳元で聞いてくる。 「うん、部の仲間。でも、なんで橘さんが……」 わたしが呆然としていると、美咲が冷静な口調でこう言っていきた。 「あの子、なんか変だよ。表情も普通じゃない」 たしかに、歩き方はふらふら、顔色は青白く、それでいて恍惚の表情を浮かべてい る。 「橘さん!」 わたしの叫び声になんの反応も示さない。聞こえないのだろうか? そう思って駆 け出そうとする。 「待って!」 腕をつかんで美咲はわたしを制止させる。落ち着けということなのだろうか? 「部の仲間なんだよ。見てらんないよ!」 わたしはつかまれた腕をふりほどこうとした。 「ほら、ケーサツが保護しに来たよ。私らが行っても事情はなんも知らないんでしょ? あの様子じゃ、茜だって事も判断つかないよ彼女」 美咲は、彼女の後ろから追いかけてくる警察官を指さす。確かにここは専門の人に 任せた方がいいのかもしれない。 「でも……」 なんとかしてあげたかった。たとえ、わたしに何の力がなかったとしても。 だけどそれは、思い上がりというものなのだろうか? わたしは橘さんとの関わりなどほとんどないに近い。親しい友人というわけでもな いし、ましてや彼女の身内でもない。 だから今、わたしが何かをしようとしても、それは余計な事にしかならないのかも しれない。 くらくらと目眩がする。人は人との繋がりを大切にしようと願う。それは、大切な 事だと教えられ、わたしは今までそう信じていたのだ。それは間違っていないはず。 「でもさ、わたしにとっては」 美咲に自分の気持ちをきちんと説明しようと、彼女から目を離した瞬間だった。 どすんと、何かがぶつかる鈍い音が聞こえてくる。 「あ!」 美咲が短い悲鳴を上げる。振り返って見ると、彼女の姿が視界から消えている。 車道へ飛び出した彼女を車が跳ねたらしい。ワゴン車が止まっており、中から慌て た様子の運転手が出てくるところだった。 わたしは駆け出す。彼女は……橘さんは大丈夫なの? 不安が全身を駆けめぐる。 最初に目に映ったのは血だらけのコート、そこでふいに体が抑えつけられた。 警察官の一人が、わたしの左腕を掴んでいる。野次馬を寄せ付けないようにとのこ とだろうか? 「キミ、ちょっと待ちなさい!」 「その子、同じ部活の仲間なんです」 わたしは彼女の安否が知りたかっただけ。その事を懸命に主張した。 病院の待合い室でしばらく待っていると背広を着た三十代後半くらいの男の人がや ってきた。 「きみたちはあの子の友達だそうだね」 わたしは誰なんだろうかと、男の人の顔をまじまじと見た。 「失礼、私は**県警の高瀬というものだ」 そう言って警察手帳を見せてくれる。 「刑事さんなの? でも、どうして? ただの交通事故じゃ」 隣に座ってわたしに付き添ってくれていた美咲が驚いたように声をあげる。 でも、わたしはなんとなくわかっていたんだ。あの時の彼女の様子は尋常ではなか った。 「あの子の身元を知りたいんだ。名前と住所、できれば学校名とかクラスとか担任の 先生を教えてもらえるとありがたいんだけどな」 思っていたより優しげな口調ではあった。どうも刑事というと怖いイメージの方が 強い。でも、そんなことより、橘さんはどうなったの? 「彼女、大丈夫なんですか? 大ケガとかしたんじゃないんですか?」 「まあ、怪我自体は大したことないって医者は言ってたよ」 「だったら会わせてください」 「それは……ちょっと」 困ったような顔になる刑事さん。 「本当に彼女かどうか確認したいんです。まわりも暗かったし、もしかしたら別人か もしれない」 わたしはそれを願っていた。でも、あれが彼女に間違いないというコトも同時に確 信もしていた。そして、それ以上考えることを意識的に停止させていることもわかっ ていた。 「しょうがない。ついてきなさい」 刑事さんに連れられて、わたしと美咲は待合い室を後にする。 三階まで階段で上がり、右へと曲がると奥の突き当たりの部屋だそうだ。 ドアの前で立ち止まる。ここは個室で、プレートには面会謝絶の文字が見える。 「会話ができる状態じゃないから覚悟しておいたほうがいいよ」 まるでわたしをなだめるかのように、刑事さんは呟いた。 ドアを開く。 真っ白い病室。 ベッドの上で女の子が寝ている。そう、橘さんに間違いないだろう。 わたしは近づく。近づいて話しかけようとして、言葉につまる。 眠ってはいない。瞼は開いている。けど……。 彼女の瞳はわたしを認識していない。口は半開きのままよだれをたらしている。 「橘さん」 彼女は何も答えない。宙に浮いたままの視線を、たまにゆらゆらと動かすだけ。 「橘さん」 言葉は聞こえているはずだ。でも、その言葉が伝わらない。 「橘さん」 わたしは必死に彼女の名前を呼んだ。お願い、なんでもいいから話して。 いつものようにわたしのことからかったっていいんだよ。 大笑いしたって許してあげるんだから……。 「橘さん……」 街灯に照らされたあの姿を見かけたときからわかってはいたんだ。ただ認めたくな かったから……。 なんでこんなに悲しいんだろう。死んでしまったわけじゃないのに。 でも、言葉すら通じない彼女の心に、わたしはもう触れることができない。 わたしは悲しく悲しくしょうがなくて、彼女の名前を呼び続けた。 病室から出ると刑事さんに彼女の名前と学校名とクラスと担任の先生の名前、そし てアドレス帳に控えてあった住所を伝えた。 わたしは何が起こったのかを知りたかった。いったいいつになったら橘さんとまと もに会話ができるようになるかを知りたかった。だから、その事を刑事さんに問いた だした。 最初、部外秘だからと説明してくれなかった刑事さんだが、わたしの瞳からぼろぼ ろとこぼれる涙を見てようやく重い口を開いてくれる。 「きみには知る権利があるのかもしれないね。だけど、これは絶対に誰にも話しては いけないよ」 最初にそう念を押された。 「わかりました」 「彼女は……」 「はい」 さすがに刑事さんの口調も重い。 「薬物による末期症状らしい。ここまでくるともう快復の見込みもないということだ」 刑事さんは複雑な表情でわたしから目をそらす。 「本当に手立てはないんですか?」 そんな簡単に納得なんかできない。わたしは刑事さんの顔をまっすぐ見つめる。 「Aタイプの薬物というのが致命的らしい。前頭用がやられているそうだ。僕は医者 じゃないから専門的な事はわからないが」 刑事さんは淡々と説明してくれた。 「つまり言葉を司る機能がマヒしていると?」 断片的に覚えていた情報がとっさにこぼれる。 「きみは脳の構造に詳しいようだね。まあ、そういうことらしいな。まったく、せっ かく情報をつかんでも肝心のガイシャが喋れないのでは……おっと、こんなことを言 うのは不謹慎だったね。つい職業柄の愚痴が出てしまう」 刑事さんの愚痴も優しげなフォローも、私にはなんの意味をもたらさない。 そう、彼女と再び笑い合うことは、今の医学では困難だという事実がわかっただけ だ。 そしてそれは、絶望を意味する。 **
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