長編 #5416の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「早く告白しなさいよ、絶対OKもらえるに違いないんだからねっ」 別れ際に、町田達からそんな言葉をもらって(押しつけられて?)、純子は 帰途に就いた。 「今日、告白したい」 家までの道すがら、何度かそうつぶやいてみた。しかし、まだ気持ちが固ま らない。言葉を変えてみる。 「今日、告白する!」 前進できた。 これから一度家に戻ったあと、相羽に会いに行く……のであればいいのだが、 残念ながらそうではない。 相羽と顔を合わせるのは確かなのだけれど、主目的ではない。アルビン=エ リオット宅に招かれて行くのだ。 どんな格好をしていけばいいのかについては、昨日の内に、相羽から聞いて おいたので、心配ない。フォーマルでなくカジュアルで大丈夫と言うから、そ の点は気も楽だ。 それよりもまず差し当たっての大問題は、言葉。エリオットは日本の大学に 教えに来るくらいだから、片言程度は日本語を話せるのでいいとして、他にも 大勢来る外国の人達の中には話せない人も多いはず。コミュニケーションをう まく取れるか、自信がなかった。 (相羽君は、『僕が通訳するから』と言ってくれたけれど、ずっと引っ付きっ 放しというわけにもいかないだろうから……) 家に帰り着き、お昼御飯を食べている間も、そのことを考えていた。 問題はもう一つある。話題に着いていけるかどうか。エリオットとその知り 合いとなると、きっと、音楽の話題が多いに違いない。それも、クラシックだ ろう。純子も全く聴かないわけではないが、教養としてはほとんど皆無。今さ ら付け焼き刃もみっともないので、こちらの方はあきらめの境地である。 「連日のパーティだなんて、すっかり芸能人ね」 皿を下げてくれた母が、半ば冷やかすような口ぶりで言う。純子は黙って、 うなだれる風に首肯した。 「あら、元気ないわね? お疲れかしら。そりゃ疲れるわよね」 「ううん、疲れるのはいいんだけど、気が重いというか」 目の前にできたスペースに、上半身だけ倒れ込み、腕を伸ばす。息苦しいの で頭を横に向けると、母親が呆れ顔をしていた。 「行儀が悪い」 「やっぱり、しんどいよ〜」 「だったら、部屋できちんとベッドに入って、ひと休みしたら」 「そこまでするほどでも」 本心を言えば、本格的に寝入ってしまって、起きてみたら目が腫れぼったく なっていた!なんて事態を避けたいから。まさか寝坊はしないとしても、目を 赤くしてのお招きは、嫌だ。 「そう言えば、クリスマスプレゼントは用意したの? クリスマスの本場の人 でしょ? こういうのって、気を遣わないといけないんじゃないの」 クリスマスの本場という表現に、思わず吹き出し、「やだあ」とつぶやく。 それからようやく返答を。 「プレゼントは、歌でいいんですって。相羽君がそう言ってた」 「はあー、音楽の専門家の人に、あなたの歌がねえ」 そういう言い方をされると、不安になって来るではないか。純子は食卓を離 れて、しばらくその場をぐるぐる歩き回った。 「やっぱり、何か持って行こうかな」 立ち止まり、母の方を見ながら言う。 「それなら、早くしないと」 「途中で、ケーキを買っていくというのじゃ、だめかしら」 「全体で何名来られるか分からないんでしょう? よほど大きな物を買わない といけないんじゃなくて?」 「そっか。案外、難しいわ」 純子がこの土壇場になって、新たな問題に頭を悩ませている頃。 * * 相羽は昨日できなかった分、武道で一汗かいて、練習納めをした。その帰り しな、家まであと百メートルほどの地点、歩道上でのことだった。 同じ年頃の女の子が、ややうつむきがちに、前方から所在なげに歩いてくる。 焦げ茶色の生地にパッチワークを施したような柄のコートをまとい、ポケット に両手を入れている。足のブーツは黒。わずかに覗いた太股の白い肌が、逆に、 やけに寒そうに見えた。 その姿に記憶を手繰り、気付いた相羽が声を掛ける。 「天童さん、だよね?」 落胆した様子だった天童和美が、はっとしたように顔を起こした。 「……相羽君! よかったぁ、会えて!」 表情が明るくなる。距離を縮めると、目の前で立ち止まった。 「やっぱり、天童さんだ。久しぶり」 スポーツバッグを肩に掛け直し、笑顔で応じる相羽。懐かしさを覚えながら、 思い出す。 「中二のときの夏休みだっけ、前に会ったのは」 「ええ。去年は受験で、時間を取れなかったから、二年ぶりになっちゃった」 天童が舌を覗かせると、白い息が広がった。 「それにしても、よく私だって、気付いてくれたねえ。二年前から、随分成長 したつもりなのに」 言いながら、髪をいじる天童。彼女は髪型を変えていた。以前は、と言うよ りも、小学生のときからずっとお下げ髪だったのが、今は前髪を眉の辺りで切 り揃え、後ろは肩を隠す程度までストレートに伸ばしている。 「そりゃ、分かるよ。友達なんだから」 「何でもそれなのよね、相羽君て」 天童が唐突に不満そうにこぼす。相羽は肩をすくめた。またバッグがずれそ うになったが、今度は直さず、先に応える。 「転校が多いと、友達を絶対に忘れないようになる」 「そうね……そういうものかもね。だけど、小六になって転校したあとは、全 然学校を替わってないみたいじゃない。違う?」 「そうだね。小学校から中学、中学から高校になったくらいで」 冗談に、天童は「あはは」と楽しげに笑った。相羽もつられて笑顔になり、 尋ねる。 「ところで、天童さんは、旅行? 冬休みを利用して」 「まあ、冬休みの旅行には違いないんだけど……」 「この辺りの名所って、何だろ。前みたいに、家族の人も一緒?」 「ええ。一人旅はおろか、友達同士でも行かせてくれなくて」 「それは仕方ないよ。ああ、それよりも、天童さんはこっちに、いつまでいら れるのかな?」 「明後日までよ」 答えてから、逡巡する仕種を見せた天童。目線を下げ、次の言葉を迷う様子 が窺われた。しばらく待つが、会話の空白が続く。 やむを得ず、相羽が次の台詞を言おうとした瞬間、ほんのわずかに早く、天 童が口を開いた。 「そう言えば、昨日、クリスマスイブだったわね」 「うん?」 「何をしていたのか、教えてほしいなあ」 甘えた声になり、ポケットから両手を出す天童。相羽に身体を近付けようと、 否、すり寄せようとする。 相羽は、スポーツバッグを右肩から左肩にかけ直す動作に紛らわせて、数歩 下がった。そして笑顔に努めて、答えた。 「敢えて言うほど、特別でないと思うよ。人並みに、クリスマスパーティに出 て、食事したくらいで」 「ふうん。パーティって、どこの誰の?」 横を向き、何気ない調子で尋ねるが、天童の目はしっかり、相羽を捉えてい た。関心を隠そうとして隠しきれない、そんな感じだ。 「母さんの仕事の関係の人。僕は、よく知らないんだ」 「そうなの」 ほっと息をつくのが、外見からでも容易に分かる。そうして向き直った天童 の唇は、きれいな弓なりになって笑んでいた。 「さっきの話に戻るけど、私の旅行の目的はね」 弾んだ物腰になって、天童は両手を胸の前で組み合わせる。 「相羽君に会いに来たんだよ」 「……まさか。事前の連絡もなしに。もしも留守だったら、どうする気だった んだよ?」 「そのときはそのとき。三日も余裕があるんだから、一日くらい会えるかなっ て、信じてた。そうしたら、一日目で会えたんだから、嬉しくなっちゃって」 「ひょっとして、さっきまで僕の家に行ってて、その帰りだとか」 「もちろん、そうに決まってるわ」 天童は両手を口の前に運び、息で温める。 「お留守だったみたいね。それでもしばらく待っていたら、寒くて寒くて我慢 できなくなって、今日は出直そうって、引き返していたところだったのよ。そ こへ声を掛けてくれたのが、相羽君。凄い偶然よね」 「偶然には違いないけど、凄いとは思わないよ」 苦笑して、話題を曖昧にしようとした。しかし、自分に会いに来たと明言し た上、目の前で寒そうにする天童を、このまま別れて返すことは、相羽にはで きなかった。 「今日はこれから用事があって、じきに出かけなくちゃいけないんだけど、そ れまでの間でよかったら、寄って行く?」 「ええ、喜んで!」 軽く飛び跳ねて、はしゃぐ天童。相羽は懐中時計で時刻を確かめてから、自 宅マンションに向かって歩き始めた。 天童は歩く間も無駄にせず、お喋りをする。 「相羽君のお母さんは、今日もお仕事?」 「うん。昨日の方が、まだ挨拶周りだけだったから、楽だろうな。今日は、ど こかで撮影に立ち会っているはずだよ。昼過ぎから崩れると天気予報が言って いたから、ちょっと気掛かりだったけど、どうにか保つかな」 天を見上げ、雲間から覗く太陽に目を細める相羽。天童もつられたように、 同じポーズをした。 「あ、じゃあ、お昼御飯は、どうするの?」 「適当に作って、食べるつもり……あ、そうか。天童さんは、お昼、まだ?」 「実は、そうなのよ。帰りがけに、どこかのファーストフードに入ろうと思っ ていたのだけれど」 「家に行っても二人分こしらえられるかどうか、確証ないな……。それに時間 がもったいない。先に、どこかで食べていく?」 「うーん、相羽君の料理の腕前、見てみたい気がするんだけれど、確かに時間 がなさそうね。出掛けるのって、何時頃なのかしら」 「二時から三時の間には、出かけるつもりだよ。遅れるわけにいかないんだ。 初めて行く場所だから、余裕を見ておかないとね」 相羽の言い方が気に掛かったか、天童は早足で前に回り、質問をぶつけた。 「そう、大事な用なのね。えっと、言いたくなかったら別にいいんだけれど、 よかったら教えて。どんな用事なのか」 「……今、ピアノを習っててさ」 「ピアノ? そういえば、相羽君て、音楽室のピアノをたまに触ってたわよね」 どこに「そういえば」と呼べるほどのつながりがあるのか、理解しがたい文 脈だったが、相羽はそのまま続けた。 「その先生のご招待を受けて、ご自宅にお邪魔するんだよ。遅れるわけにいか ないって意味、分かるだろ?」 「ええ、もちろん分かる。それじゃ、仕方ないわ。料理の腕を見せてもらうの はまた今度にして、今日は……お弁当を買って、相羽君の家で食べたいな」 「いいよ。そうしよう」 相羽も焦りを覚え、すぐ承知した。立ち話したおかげで、時間を浪費したこ とに気が付いたからだ。まだ余裕があるとはいえ、精神的にちょっと焦る。 「お弁当屋なら、さっきの角を曲がらないと」 きびすを返し、急ぎ足になった。 * * ――つづく
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