長編 #5415の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
手振りを交えて答える純子。心中では、相羽の意味深な言い様に、全く別の ことを考えていた。 (相羽君、本当に好みが変わってないとしたら……) 一年と数ヶ月前の出来事を、否応なしに思い出してしまう。 相羽からの告白。あれも、変わらずにいるのだろうか。 純子は吐息して、首をかすかに振った。話題を戻そう。 「ねえ、相羽君。さっきの話なんだけれど」 「さっきって?」 「エリオットさんのところに一緒に行こうかっていう話」 「ああ、そっちね」 「あなたがエリオットさんからお誘いを受けたのって、かなり前だったよね? どうして今頃になって、私を誘うのかなぁ」 「それは……エリオット先生から、君にまた会いたいという話を聞いたので、 最近だったからで」 語尾に向かって、声量が小さくなっていく。相羽は料理を口へ、次から次へ と放り込んだ。 「本当に?」 うん、とくぐもった声で応じて首肯する相羽。しばらく口を動かし、中の物 を飲み込んでからやっと答える。 「冬休みに入っていたから、言いそびれてしまって」 「ふーん。でも、急すぎる。電話で言ってくれてもよかったのに」 「……何だか、避けられているような気がしたから」 「そ、そんなこと、ないわよ」 不満そうな眼の相羽に、純子は冷や汗を覚えつつも首を振る。 本当のところを説明するのは難しいし、第一、今日は会いたくてたまらなか ったのだから、どうしたって矛盾を来すのは目に見えていた。よって、このま ま通すしかない。 「気のせいよ、気のせい」 「そうかなあ」 「いいじゃない、もう。こうして伝えられたんだから」 「遅いと言ったのは、そっち――」 「御飯が美味しくなくなるわよ!」 クリスマスの朝、純子は町田、富井、井口の三人と会うことにした。 (みんなに無理をさせてなければいいんだけど……) 突然の申し出だったにも関わらず、昼過ぎ辺りまで付き合ってほしいと頼ん だら、三人とも快く応じてくれた。ありがたくも嬉しいのだが、ひょっとした ら皆の予定を変更させてしまったかもしれないと思うと、気が引ける。 待ち合わせ場所は駅。集まってから特に何をすると決めているわけではなく、 ただ、話がしたいとだけ伝えていた。 「あれっ?」 駅の前まで来て、思わず叫び、腕時計を見て時刻を確認した。それでも足り ず、駅入口の大きな時計と見比べる。 (時間、合ってるわよね?) かなり早く到着したつもりだったのに、駅の待合い室には、町田も富井も井 口も来ていたのだ。三人はベンチに腰掛けて話し込んでおり、まだ純子の到着 に気付いていないようだ。 (芙美はともかく、郁江や久仁香が約束より早く着いているなんて、どうした んだろ? 珍しいこともあるもんだわ……なんて思っちゃ、悪いよね。折角来 てもらったんだもの) カーディガンの襟元にちょっと手をやり、帽子を押さえると、駆け足で向か った。純子から声を発する前に、町田が気が付く。 「おはよ、純!」 元気よく言って、真っ直ぐ伸ばした手を振る。続いて富井と井口が腰を浮か して、顔を覗かせると、相次いで「おっはよう!」と挨拶してきた。 純子は駅に飛び込むと、早口で尋ねた。 「ごめんね、みんなどのくらい待った?」 「いいっていいって」 三人の声が重なる。そして町田、井口、富井の順番で一言ずつ。 「私達が早すぎただけなんだから」 「そうそう、一人じゃなかったし」 「待つ身のつらさが、初めて分かったよぉ」 富井は首をすくめて、大げさに震えてみせた。思わず笑みがこぼれる。場が ますます和んだところで、町田が皆を見回して言う。 「それじゃ、とりあえず、街に出ますか。ちょうど電車も来るみたいだし」 彼女が目線で示した先の電光掲示板には、次の電車があと三分で入ってくる 旨が書いてあった。 クリスマスの朝だからか、それとも冬休みに入ったからか、車両はどれも空 いていて、楽に座れた。そうして他愛のないお喋りを重ねて電車に揺られるこ と十数分、終点で降りる。 地下街に出ると、さすがに人で溢れていた。この混雑では、手を振って真っ 直ぐに歩いていられる時間は、十秒に達しないだろう。 でも、今日の純子達にとっては、これでも何の支障もない。予定を立ててい ないという余裕のおかげで、忙しない気分になることもなく、ゆっくりとウィ ンドウショッピングを楽しめる。 一つだけ残念だったのは、最後の売り時とばかり、クリスマス商戦に力を入 れる店が多くて、騒々しかったことくらい。それとて、閑古鳥が鳴いているよ りはずっといい。 こんな中を歩いていると、話題は必然的に、昨日の出来事やもらったクリス マスプレゼントについてになる。 「何もらったぁ?」 富井の問い掛けには、まず井口が答えて、次に純子がどう答えようか考えて いると、町田が達観したように遠くを見つめながら、 「この歳になると、何をもらったかよりも、誰にもらったかの方が気になり始 めるわね」 なんて言う。 純子は昨夜の出来事を思い起こし、心理的に避けたい気持ちが働いた。 「小中学生の頃はお互い、交換しあったよね」 昔話に持って行こうとする。反応よく答えたのは、井口。 「そうねえ。クリスマス会みたいなことやって……。あ、思い出した!」 急な大声に、他の三人が振り返って井口の顔を見る。 「白沼さん家のパーティ、凄かったよね」 「私ゃ知らん」 即答するのは町田。何故知らないかって、彼女はそのとき、白沼家のクリス マスパーティに行かなかったから。 「ほんと、凄かったんだよぉ。大きなケーキがあって」 「いきなり思い浮かぶ記憶が、食べ物の話かい。郁らしいわ」 「何よー、あれを見たら、誰だって印象に残るわよー。ねえ、純ちゃん、久仁 ちゃん?」 むくれる富井をなだめようと、純子も井口も、うんうんとうなずいた。 それを見て、「ほらあ」と勝ち誇る富井。対照的に、町田はお手上げのポー ズをした。 「思い出話も結構だけれど、私は今の方が関心あるな。昨日のイブ、純はどう してたの? どっかに行ってたんでしょ?」 「え、どうして分かるの?」 虚を突かれた格好だ。純子はストレートに聞き返した。 「いや、別に大したことじゃあ……。昨日もらった電話が、随分遅い時間だっ たからね。家にいたのなら、もっと早い時間に掛けてくるんじゃないかなって」 「すごーい」 富井が感嘆とともに拍手した。 「私も同じ頃に電話もらったのに、そんなことはまるで考えなかったよ」 「名推理と誉めてやってください。――で、純? 当たった?」 「う、うん。当たり。びっくりしちゃった、ははは」 間延びした返事をしながら、頭の中で整理をつける。 (元々、今日はみんなに、相羽君に対する私の想いをはっきり言うつもりで、 集まってもらったんだから。これは、いいきっかけかもしれない) 純子は軽く唇を噛みしめると、前後を見通した。適当な店が何軒かある。 「ね。割と歩いたし、どこかで休憩しよ?」 一も二もなく賛同を得た。 年末ならではのざわざわした空気に満ちた店内で、純子達はちょうど中程の テーブルに就いた。注文を済ませると、純子は自ら今日のメインテーマを取り 上げた。 「昨日は、仕事の関係で、あちこち動き回っていたの」 「へえー! クリスマスイブも仕事とは、もしかして物凄い売れっ子? 知ら ない内に、どんどん忙しくなってるねえ」 町田が感心いっぱいの表情で、ぐっと身を乗り出す。テーブルがかたかたと 音を立てた。 「それで、どんな仕――」 「待って、話したいのはそのことじゃないの」 揺れの残るテーブルの縁をしっかり掴み、純子は明るい口調で言った。これ からの話の中身を思い、堅苦しくならないように努める。 それでも、出足の切れ味は鈍かった。 「私……しばらくの間、相羽君と会ってなかった」 彼女らのいるテーブルの周囲だけ、空気がちょっと揺らいだかもしれない。 純子はややうつむき、富井や井口や町田の顔を見ることなく、言葉をつなぐ。 「前に、みんなと仲直りできたときから、ほとんど会ったり話したりしてなか った。その、これまでのことを考えたら、何だか、顔を合わせにくくて」 「気にしなくていいのに」 富井が小さな声でつぶやいた。それを町田が目配せして止めさせる。まだ純 子の話が続くのを、肌で感じ取ったのだろう。 純子は初めて顔を起こし、皆を見た。富井も井口も、そして町田も、その目 は笑っていなかった。怒っているわけでもない。困ったような、悲しそうな表 情を浮かべている。 それがかえって純子を勇気づける。奮い立たせる。いつまでも心配かけてい られない。 「でも、その間中ずっと、どこか寂しかったみたい。昨日なんか、特にその気 持ちがひどくて、知らない内に何度かつぶやいちゃった。それでも我慢できな かったから、とうとう電話してみた」 純子の告白に、他の三人は、ここでようやく安堵した。ほっとしてついた息 の音が、わずかながら聞こえたほど。 「と言っても、相羽君のお母さんの携帯電話に掛けたんだけどね」 「な、何でまた」 たまらず、井口が疑問を差し挟む。 純子は「自宅に掛けたら留守だったのよ」と、苦笑混じりに答えた。 「それでね、おばさまに電話したら、きっと相羽君も一緒にいるに違いないと、 信じて掛けた。だって、クリスマスイブなんだから」 「それで首尾は?」 待ちかねたように、町田が聞く。そんな急かす自分を照れるかのように、グ ラスを口に運ぶ。混雑のおかげか、注文した物は、まだできあがっていないよ うだ。話を中断しなくていいのは、幸いだ。 「うん。相羽君が電話に出た」 「ふうん、やっぱり一緒にいたんだ」 「それで、短い間だったけれど話をして……電話を切ったあと、私、のどの渇 きが収まったような感じがした。相羽君と話せて、新しく元気が出た」 友達三人の表情が、曇り後晴れになった。それを見て、今度は純子の方が心 底安堵する番を迎える。相羽にまつわる話を笑顔だけでできるようになったの は、いつ以来だろうか。 純子は気持ち、深呼吸をして、また続けた。 「そのあとで、相羽君と会えたの」 「へえー!」 町田は単に感心するだけだが、富井と井口の反応は、さすがに少し異なる。 「いいなあ、やっぱりうらやましいっ」 「クリスマスイブに、好きな人と一緒にいられるなんて」 それから手を取り合って、慰め合う仕種を見せる。 「こーら。二人とも、小芝居やってないで」 町田が丸めたおしぼりで、テーブル表面をぺたぺた叩く。富井、井口のコン ビは舌を覗かせ、ちゃんと座り直した。 そんな折り、うまいタイミングで、注文した品が届けられる。四人の前にそ れぞれ並べられたところで、再開。先陣を切るのは、町田。 「会えたって言うのは、偶然なの?」 「ううん。以前、相羽君のピアノが聞きたいって私が言ってたのが、仕事でつ ながりのある人に伝わったらしくて、その人が密かに呼んでくれて」 「ははあ。周りも応援してくれてる感じじゃない?」 「そ、そうかな」 赤面し、膝の上で両手のひらをこすり合わせる純子。自然と、下を向いてし まう。だが、町田の次の言葉で、すぐに顔を起こした。 「そうだよ。私達だって応援してるんだからね」 「芙美?」 瞼をぱっちり開けて、まじまじと見つめる。町田は微笑とともに肩をすくめ、 両隣に目をやった。つられて純子も、視線を動かす。 富井がすかさず言った。 「私もおんなじだよ!」 井口も言った。 「頑張ってよ、純子!」 みんなの気持ちが伝わってくる……。 「あ、ありがとう……」 言って、よかった。心の底からそう思えた。 ――つづく
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