長編 #5412の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「ええ部屋やん」 三山は藤木の呼び出しに、喜んで応じ、出かけて行った。そこはホテルの一 室、五階の窓からの眺めはさしてよくないが、広々として使い勝手がよさそう な部屋だった。 「俺にわざわざ宿泊手続きさせるから、何かいなとおもたけど、女でも呼ぶん かいな? いやいや、下品ですまん。しかし、前に呼んでもろたあのマンショ ンは、出てしもたんかいな。出所祝いしてもろたあそこ。あれもええとこやっ たのに」 室内を見回してから、ベッドの縁に腰を下ろし、まだ見回す三山。 藤木は黒の革手袋を外さぬまま、コップを取り上げ、ウィスキー瓶を鞄から 取り出した。 「あれは一週間単位の契約でね。君のために活動するのは、一週間で充分だと 思っていたのだが、延長して、予定外の出費だった」 「金なら出世払いで堪忍してや。前やった分で、精一杯なんや」 「承知している。金のために動いた訳ではない」 「せやな。ほんま、友達甲斐のあるやっちゃ。昔からそうやった」 三山が掛け布団の上をばんばん叩く。藤木は薄笑いを浮かべて、ソファに静 かに座った。 「それよりも出所というのは間違いだ。釈放だよ」 「ああ、せやったせやった。どうしてもまちごうてまう」 恥じるでもなく、頭に手を回して笑う三山。笑い声が収まらぬ内に、続けた。 「こうして日常っちゅうもんに戻れたんも、藤木のおかげや。藤木が刑事に言 うて、ひっくり返してくれたんやろ?」 「まあな。君の事件を担当する刑事のところまで行くかどうかだけが気掛かり だったが、うまく届いたらしい。ダイイングメッセージの効力さえ消せば、釈 放になると踏んでいた。もちろん、君の精神力も大いに関係あるが」 「精神力かあ、確かに辛かったで。初めての経験やったけど、あないに辛いも んとは知らんかった。釈放されるまでの長いこと、長いこと。そいで、今日は 何の用や? 今日も釈放祝いしてくれるんかいな、なーんて虫のええこと考え て来たんやけど、こんな上品なホテルやと、どんちゃん騒ぎもできひんな」 再三再四部屋中に視線を巡らせる三山に、藤木は立ち上がって、悠然とした 物腰で告げた。 「騒ぐのは無理だし、酒も今日は一杯だけで慎もう」 そして用意したグラスにウィスキーを注ぎ、三山に手渡す。三山は受け取る と、まずは一口、呷った。 「うまいねえ。高い酒を買えて、うらやましいわ」 「一杯だけだから、味わって飲んでくれよ。今日は、今後のことをきっちりし ておこうと思って、来てもらったんだ」 「ああ、秘密の相談いうやつか。それやったら、分かる。こういうホテルでや る方が、人に聞かれにくいやろな。チャックインかて、おまえ自身は関わり合 いとうないはずや」 「最初に確かめておきたいんだが……本当に君がやったんだな?」 真剣な口ぶりに転じた藤木に対し、三山は露骨に嫌な顔になった。 「何だよ〜、今さら。そんなこと、言わせるんか」 「単なる確認さ」 「しょうもないことさすんやな。ああ、俺が小城徹也を殺した。そのあとおま えに来てもろて、色んな面倒を頼んだんや」 「凶器の始末と警察にしょっ引かれたときの援護射撃、だったよな」 「そうそう。藤木、おまえはようやってくれた。なんぼ感謝してもしきれんく らいや」 コップをサイドボードに置くと、両膝に手を載せ、三山は頭を垂れた。藤木 は「そんなことは、もういい」とつぶやき、再びソファに収まる。 「当然、私の存在を警察で喋りはしなかったな」 「もちろんや。警察どころか、誰にも喋っとらん。男の約束や」 「結構。いや、別に喋ってもらってもかまわないんだが、面倒事は小さく抑え たいんでね」 「何のことや? ああ、もしもばれたとき、ややこしなるいうことか? 心配 せんでええて。俺は絶対、喋らへんから」 「事情が変わったんだよ」 藤木の口調が、不意に冷たいものに転じた。 三山は気付いたが、その意味をすぐには理解できないでいた。 「三山。君は近く、再逮捕される運命だ」 「……何やて?」 コップに伸ばし掛けていた手が止まる。酔い始めを邪魔され、真顔になった 深山はベッドを離れた。 「どういうこっちゃ、それは」 「小城徹也が書いたダイイングメッセージは、最初から『三山平次』と書こう としていたに違いない。それをどうにかこじつけて、カウントダウンの数字だ という解釈をひねり出し、警察にそれを信じ込ませることで、君を釈放させた」 「おさらいなんかせんでええ。事情が変わったとは、どういうことか、聞いと るんや」 「君の提供した情報にミスがあったんだ。言わば、自業自得なのだから、文句 を言わないでくれたまえ」 「お、思わせぶりは、やめてもらおか」 三山は不安をあからさまに出し、ついには震えを来す。藤木は荷物をまとめ ながら、話を続けた。 「小城徹也に、カウントダウンの文字が読み取れたはずがないと分かった。も はや手遅れだ。引き返すことができない。あとは」 ソファからすっくと立つ藤木。逆に、三山はくずおれた。 「君に死んでもらうしかない。殺人者の自殺として。凶器の刃物をここに置い て行くから、遺書がなくても、警察が勝手に推測してくれる。それじゃ、短い 付き合いだったが、完全犯罪の夢を見させてもらい、感謝している」 「新鮮な感じがするね」 注文を取り終えたウェイトレスが去ると、佐藤寛美は薄茶色のサングラスの 位置を直し、つぶやいた。 「どういう意味」 聞き返した西林美沙は、目を伏せがちにしたまま、おしぼりを袋から取り出 した。指先だけを拭き、お冷やのグラスに手を伸ばす。 店の奥の四人掛けのテーブルを二人で占め、向き合う形で座っている。他に も客は二人組が二、一人が二と点在するが、いたって静かな雰囲気だ。 「こうして喫茶店で向き合って、お茶を飲むなんて、いつ以来? 誘われたと き、どういう風の吹き回し?と思った。逆に恥ずかしいくらい」 「冷静に話を進めるためには、こういう場所がいいと思ったのよ」 「あなたの男の話だったね」 佐藤はつまらなさそうに頬杖をついた。西林は関心を掴もうと、いきなり核 心を突く問い掛けをした。 「寛美がやったんじゃないでしょうね」 「何故、私が」 頬杖を解き、サングラス越しに見返してくる佐藤。 「あの日の晩、寛美の方から急にキャンセルしたじゃない。滅多にないことだ から、印象に残っている」 「あなたと会うのをキャンセルして、一人を殺害し、もう一人の男に罪を押し つけた? そんな馬鹿な真似、するはずないじゃない。うまく行っていたのに。 それに、あの男二人を排除するよりも、私にはあなたと会う時間の方が何百倍 何千倍も貴重で、価値がある」 「そこまで言うのなら、二十日の夜、寛美は何をしていたのか、教えて」 西林は思い切って聞いた。下手をすると、二人の仲をおしまいにしかねない 質問なのだ。 「お互いの普段の生活には立ち入らない、詮索しない約束だったはず」 案の定、佐藤は付き合いを始めた当初の約束を持ち出した。 「敢えて聞いているの。人が死んでいるのよ。重大事よ」 必死に語り掛ける西林は、ウェイトレスの接近を察し、口をつぐんだ。二人 の前にそれぞれ飲み物が置かれる。伝票を置いてウェイトレスが消えても、し ばし静寂を保つ。 機会を見計らって、再び口を開いた。 「寛美は興味ないかもしれないけれど、私は付き合ってた人なのよ。全くの無 関心ではいられないし、誰がやったのか、気になる」 「かわいそうに」 慰める口調の佐藤。表情にも、慈愛の色を浮かべていた。ミルクも砂糖も落 とさず、コーヒーを口に運んだ。満足げな笑みを見せ、それから改めて西林に 話し掛ける。 「男のことで、そんなに心を痛めていたなんて。私には理解できなかった。ご めんなさいね」 「べ、別に分かってくれとは言わない。ただ……」 「安心させてほしい?」 「そうよ。今のままじゃ、日増しに不安が高まって、おかしくなりそう」 「希望に応えてあげたいけれど、何をしていたかを話すつもりはない。約束を 破る特例を作りたくないから」 佐藤の頑なな物言いに、西林は沈黙した。約束を盾にされては、無理強いで きない。 そこへ、西林にとって意外なことに、佐藤が流暢に続ける。 「実は先日、刑事が私のところへ訪ねてきた」 「刑事が来たの?」 西林は藤木の顔を思い浮かべた。あの調査員から情報が流れたに違いない。 「ええ。でも、心配無用。私が犯人でないことは、立証できたから」 「どうやって? アリバイを、私には言えなくて、警察には話したの?」 言いがかりに過ぎないと分かっていても、むくれ顔になるのを自覚する西林。 だが、佐藤は相変わらず穏やかな態度のまま。 「そうじゃなくて、私は車が運転できないから。覚えておく必要もないと思っ たから、はっきり記憶してないんだけれど、現場へ行くのには、犯人と被害者 が車に同乗してきて、帰りは犯人が一人で車に乗って帰ったと考えるのが妥当 らしい。私には当てはまらない」 「それなら私も考えたわ。だからこそ安心していたのに、最近の週刊誌や新聞 じゃあ、三山さんが犯人じゃないような雲行きになってたから……。運転でき ないってことだけで、警察が見逃してくれたの? タクシーがあるわよ」 「それを言い出したら、理屈の上では、ヒッチハイクや自転車でだって、行き 来可能。恐らく返り血をたっぷり浴びたはずの犯人が、そんな移動手段を執る とは考えにくいけれどさ」 「絶対にないとは言い切れない。それに、小城さんは背後から襲われて喉なん かを切られたと言うから、犯人は返り血を浴びなかったのかも」 「私には犯行不能である証拠が、もう一つある」 悪戯げに笑う佐藤に、西林は先回りして言った。 「三山さんの下の名前を、知らないって言うんでしょう?」 「何だ、分かってるじゃない。上の名前さえ、どんな漢字を書くか知らなかっ たほどなんだから」 「それだけじゃ不足のはずよ。別の読み方が見つかった、だからこそ三山さん への疑いが和らいだって、報道されていたわ」 そうして、カウントダウンの数字だとする説を伝える。 佐藤はしかし、全てを聞く前に、声を立てて笑い出した。 「私もそれは警察から教えられた。その上で、証明されたんだから、最後まで よく聞くこと」 「わ、分かったわ……」 「数字説を採るなら、それを書いたのは被害者自身と考えるのが普通。けれど も、被害者には書けなかったことが判明したそうじゃない」 「そんなの、私は聞いてないわ」 「あなたは容疑者じゃないからかしら。とにかくね、被害者には掲示板の光を 見て、書き付けることなんてできなかった。何故って、被害者は赤緑色盲だっ たから」 「色盲……?」 予想外の話を突然聞かされ、西林は口をぽかんと開けた。 「この症状を持つ人は、赤と緑が混在しているとひどく見分けにくいんですっ て。つまり、緑色をしたボードに灯る赤い光を、被害者が明白に識別して血文 字で書き残せたはずがない」 「じゃ、じゃあ……犯人が書いたんじゃあ」 「犯人は何を期待して、カウントダウンの数字なんかを偽造して書く訳? あ れはやっぱり、三山何とかという男の名前を表している。それで決まり」 西林は今、自分はきっと惚けた顔をしているだろうなと思った。 「結局は、三山さんが犯人だったのかしら……」 西林らが三山の死を知るのは、今夜のニュースによってである。 ――終
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