長編 #5411の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「……日か? 漢字の」 彼にとって思わぬ発見だったのだろう、桑田の表情が輝く。吉野は大きくう なずいてみせた。 「続けると」 喋りながらペンを取り、ホワイトボードに文字を書いていく。 「11日1:1となる」 「そうだな。だが、これに一体何の意味がある? 偶然さ。殺人事件には関係 ない」 「関係なくもないと思うぞ。偶然は偶然かもしれんがな。わしは好奇心から、 現場に行ってみたんだよ」 「好奇心? そんなたまか?」 「黙って聞いてくれ。オープンしたてのゼネラルスタジオパークに行ったとこ ろ、目に着いた物があった。カウントダウンのための電光掲示だ」 「ん? カウントダウンとは、何のことだ」 「ゼネラルスタジオパークのオープン初日までの時間を、電光掲示板で表して いたんだ。あと何日何時間何分だってことを。気付かなかったか?」 「言われてみれば、そういうのが置いてあった気がする。緑のボードに、赤い 光が点くようになっていた」 「そうだ。被害者の小城徹也は死の間際、その掲示板の光を見、タイルの上に 血文字で書き取ったんじゃないか、と考えてみたんだよ」 「……それが、十一日と一時間一分だったと言うのか」 「いや、一分は01と表すんだそうだ。だから、十一日と一時間十数分前だっ たんだろうな」 吉野はボードの片隅に小さめの字で、11日1:1×と書いた。 「ばらばらに散乱したタイルの中に、それらしき数字の書かかれた物はなかっ たか? それが見つかれば、被害者の襲われた時刻がはっきりする。極めて正 確にな」 「報告では、一枚、○(丸)のような血の痕が付着したタイルがあったそうだ。 無関係と見なしてしまっていたが、おまえの言う通りだとすると……」 あとは考えたくないのか、眉間にしわを作って首を振った桑田。大きな態度 で組まれていた足は、いつの間にか解かれていた。 「しかし何だって、小城はそんな物を書き遺すんだ? 犯人の名前を書くのが 普通だろうに」 「背後から襲われたんだろ? 被害者には、犯人が誰なのか分からなかったん じゃないかね。喉をやられたから、声を出すこともままならなかった。せめて 犯行時刻を警察に知らせたくて、時間を書き取った。こう考えれば筋が通る」 「……」 桑田は唇を何度か噛みしめ、立ち上がった。ボードに近付き、写真を手に取 る。縦にしたり横にしたりを繰り返すと、また頭を振った。 「数字に見えなくもない」 「これが時間だとしよう。とすると、小城が襲われたのは、先月二十日の午後 十時五十分から遡ること数分だ」 「そうなるな」 「三山平次のアリバイは、何時から何時までなら成立するんだい?」 「夜十時過ぎまで、知り合いと喫茶店で話し込んでいた。それは確かだ。問題 はその店から、ゼネラルスタジオパークへ行くのに要する時間が……車で飛ば しても一時間はかかるんだよ」 「それなら、アリバイ成立だ」 「……被害者が襲われてから、死亡するまでのタイムラグを考慮していなかっ た。こんなに重大なミスにつながるとは予想できなかった。失態だ」 自省してうなだれる桑田を、吉野は「今からでも間に合う」と叱咤した。 「ダイイングメッセージが時刻を示すという見方が当たっているかどうかも、 まだ分からんのだ。そこの見極めから、しっかりやろうじゃないか」 久しぶりに、強い雨が降っていた。眼前にある一戸建の青みがかった屋根も、 暗い雰囲気に見える。 桑田は吉野からの助言を聞き入れ、寺崎則子を自ら訪ねた。小城の葬儀以来、 何度か会ったが、三山を逮捕してからは今日が二回目だ。 「今日はお一人ですのね」 家庭を預かる主婦の寺崎は、すでに日常生活に戻ったことを誇示するかのよ うに、エプロン姿で現れた。 「ええ。ちょっとした事後確認のようなものですから、コンビを組む必要はな いんです」 実情は、今に至って別に犯人がいるかもしれない等と、指揮官として言える ものでない。故に単独行動となった。 夫と子供の不在を確認してから上がらせてもらい、応接間で話を聞いた。 「それで、弟の事件でまだ何か」 「よくあることなんですがね、事件が解決し、犯人が捕まったあとになって、 あれは違うと匿名の電話で言ってくる輩がいます。まあ、今度の件では被疑者 が粘っていますし、決定的な証拠も出て来ていない。それでこういう雑音を、 一つずつ潰していかねばなりません」 適度に偽りつつ、話の照準を目標に合わせる。 「どんな匿名電話があったんですか」 「大変申し上げにくいのですが、寺崎さんに関する噂のようなものでして」 「早く言ってください。気になります」 「弟さんとの折り合いが、うまくいってなかったという……」 顔色を窺いながら聞く桑田に、寺崎は存外、穏やかな調子で応じた。 「だからって、私が弟を殺すはずないじゃありませんか」 「……ということは、徹也さんとの折り合いの悪さは、お認めになる?」 「もとより隠していません。警察の皆さんが聞かれなかっただけですわ」 「こう言ってはなんですが、お通夜やご葬儀の場では……」 「当たり前でしょう」 これ以上話すのも馬鹿々々しい、そんな態度で目を伏せ、湯飲みを口に運ぶ 寺崎。すするのに音を立てるような真似はしなかった。 桑田は気を取り直し、話し掛ける。吉野からの指摘で事件をひっくり返され、 自信を失いそうになっている。毅然とせねばと己に言い聞かせた。 「寺崎さん、先月二十日の午後九時から翌日の午前一時まで、どこでどうして おられたのか、話していただけますね」 「自宅にいたと思います」 「それを証明する方は? ご家族の場合、証言としては弱くなりますが、一応、 伺います」 「おりません。一人でした」 桑田は訝って、疑問の目を向けた。 「主人は出張で仙台へ、息子は部の合宿に行っていましたから」 「電話が掛かってきたり、近所の人が訪ねてきたり等、ありませんでしたか」 「電話は留守番機能にしていました。あの日は朝からずっと、頭が痛かったも のですから。もしかしたら、弟の身に降り懸かる不幸を感じ取っていたのかも しれません……」 「お車は? 車庫になかったようですが、旦那さんがお使いですか」 「通勤に使用しています。でも、刑事さん。弟が殺された日は、車はありまし たわよ。朝、駅まで私が送って、戻って来たんですから」 先回りする寺崎。見れば、自虐的な笑みを浮かべていた。あるいは、桑田ら 警察の人間に対する嫌悪感の表れかもしれない。彼女が犯人でないとすれば、 の話だが。 桑田は聞き流しかけて、一つ、疑問点を見つけた。それをすぐにぶつけるこ とはせず、別の質問をする。 「そろそろ話してくれませんか。弟さんとは、どんな風だったか」 「姉の私が言うのも何ですけれど、徹也は若い頃から口がうまくて、外見もな かなかです。寄ってくる女性にも、不自由していない様子でした。ところが仕 事に就いて落ち着き始めたと思ったら、あんな女に入れ込むなんて」 「あんな女とは、西林美沙さんのことですか。随分と手厳しい言い回しですが、 どうしてまたそんな」 「今でこそ住宅販売の案内を職としているようですけど、昔はコンパニオンや レースクイーンといった、芸能人もどきのことをやっていたんです。そういう つまらない女に入れあげるなんて、徹也らしくないからやめさせたかった。そ れだけのことですわ」 寺崎は刺々しい口調で一気に喋った。一部の職業に就く女性に対し、生理的 な嫌悪感があるようだ。毛嫌いする訳を問い質そうかと考えた桑田だが、相手 の様子を見る内に、その思いはなくなった。 「それが理由で、弟さんと衝突していたんですね」 「ええ。ですが、これが動機にはならないでしょう? 万一、私が殺すとした ら……刑事さんにはお分かりですわね、言わずとも」 「聞かなかったことにしましょう。答えられない。それよりも、あなたはどう やって、西林さんの過去を知ったのです?」 「興信所の探偵を雇い、調べさせました」 きっぱり言い放つこの女性を、桑田は思わずじろじろ見返した。極普通の主 婦に見えるが、ブラザーコンプレックスの持ち主なのかもしれない。 「費用が相当掛かったと思いますが、そこまでして調べる必要があると考えた んですか」 「当然です。弟の結婚相手が誰になるかは、徹也自身だけでなく、小城の家名 に関わる問題ですから」 これはまた旧来的な考え方を持っている……桑田は困惑した。これは、ブラ ザーコンプレックスをカムフラージュするための方便なのか? もし真に小城 家を第一に考えるのなら、“突然変異”の弟の存在の抹殺を考えたとしても、 不思議はないのではないか。 桑田は小さくかぶりを振った。余計な想像を払拭して、目の前にいる女性は 小城徹也を殺害する動機を持つ人間である、とだけ認識する。 「ところで寺崎さん、あなた先ほど、二十日の朝はご主人を駅まで車で送り届 けたと仰いましたね」 「はい。主人だけでなく、息子も送りました」 「ご主人や息子さんは、あなたのことを大事にしておられますか」 「? え、ええ、まあそうだと思いますが。それが何か」 怪訝そうに眉をひそめる寺崎に、桑田は大した話ではないことを装って、軽 い調子で続けた。 「それは不思議ですな。朝早くからひどい頭痛に悩まされていたあなたに、運 転手を務めさせるなんて」 「えっと。それは」 相変わらず眉をひそめたままの寺崎。だが、今のそれは、弱ったという思い がさせたのであろう。 その表情の微妙な変化を、桑田は見逃さない。嘘をついている、と直感した。 夫や息子を送ったのは真実であろうから、恐らく、頭痛に悩まされていたとの 話が偽りに違いない。 「寺崎さん、困りますよ。嘘をついてもらっちゃあ」 一気に畳み掛ける戦法に出た。考える暇を与えてはいけない。 「主婦として、ご主人の留守の間、家を守らなければいけないという奥さんの 考えは立派です。それ故に、つい、嘘を言ってしまいましたね。なあに、誰に でも羽を伸ばしたくなることはあります。恥じることはない」 うつむき、咳一つこぼさない寺崎。もう少しだ。 「当夜、車がどうなっていたかくらい、目撃証言を集めればすぐに判明します よ。隠し通せるものじゃない」 「……」 寺崎が考え込む仕種を見せた。桑田は追い込むのをやめて、逃げ道を作って やることにした。 「ねえ、奥さん。私は殺人事件の捜査で来ているのであって、奥さんの日常生 活の楽しみに踏み込んで、どうこう言うつもりは皆無です。出かけた理由は、 事件には関係ない。そうでしょう?」 「……もちろんですわ」 静かに答えると、寺崎はその日の晩の行動を話し始めた。 ――続く
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